新聞社と強盗 - 下
「あんた、左利きだろ。メリーさん」
『何故、ソレヲ』
「簡単な話だ。アンタの落としたメモ帳、ページのすべての文字が、左から右へインクで擦れていた。右利きならここまではならないだろう」
だから、リュクレーヌは遺留品を見たときに「お手柄」と言ったのか!
『マサカ、利キ手ヲ確カメルタメニ』
「その通り。アンタが誰かに憑依するとしたら自分より気に入られている新聞社の人間だってことは分かっていた。けど、誰かは特定できなかった」
「だからあんな銀行強盗みたいな真似をして両手を上げさせたの!?」
「そうだよ。だから左手がインクで真っ黒な人物──左利きになっている奴を捜したんだよ」
なるほど、中身がメリーさんなら、左利きであると踏んだのか。
「で、でもリュクレーヌ、あのボウタイの人が本当に左利きだったら」
「それはない。だとしたら、彼はメリーさんのデスクの隣へ配置されているべきだ。左利きが二人も居れば、隣にした方が肘が当たらないからな」
リュクレーヌはそう言うと、床に落ちたナイフを拾い上げた。さっきまで男が持っていたものだ。
「それにほら、さっきアンタが握っていたナイフもこの通り真っ黒だ。メリーさん、アンタみたいにな!」
リュクレーヌが啖呵を切るように言うと、マスカは再び呻きだした。
『ユ許サナイ……アト少シデ記事ガ書ケタノニイイイイイイッ!』
マスカは奇声のように言葉を吐いて、鋭い爪がずらりと並んだ腕を振り下ろした。
「ひえっ!」
まずい、当たってしまう! と頭を抱えてしゃがむと、リュクレーヌが杖で、攻撃を防いだ。
「ここは俺が食い止める」
「でも!」
「フラン! お前はとにかく銃を撃ち込め! その銃でしか魂は解放できない」
そうだ、リュクレーヌはアマラじゃない。マスカの暴走を止められるのは、僕しかいない。
「……わかった!」
『ソウダ! アノ編集長! オレノ事ヲ嫌ッテイルカラ、俺ノ記事ヲ、ビリビリニシタ!』
「新聞記事を破られたのか?」
『アア。貴様モ、ドウセ、アンナ子供ダマシノ都市伝説、信ジテイナインダロ!』
「信じている、と言ったら?」
リュクレーヌは杖一本で応戦しながらメリーさんの相手をする。
僕は一心不乱に弾丸を撃ち込んだ。何発も、何発も。
……あれ、おかしいな。今朝のマスカは一撃で仕留められたのに。
「リュクレーヌ! 銃、全然効いていないよ!」
杖一本でマスカと互角に応戦しているリュクレーヌに叫んだ。
「そんなバカな! マスカなら……あ」
リュクレーヌは何かに気づいたようだった。
「何! なんなの!」
僕が訊くと、マスカがニヤリと笑い、話し始めた。
『気ヅイタナ、俺ハ、完全ニ乖離シテイナイ』
「なるほどな。一ヶ月経っていないから完全に乖離していない、無理矢理乖離されたまでって訳か」
リュクレーヌは納得したように話しながら戦う。
「ど、どういう事?」
「つまり、乖離がうまく起こっていなくて中途半端な状態なんだよ。だから、核も出てきていないだろ?」
たしかに、このマスカ、核である仮面がどこにも見当たらない。
「どうすればいいんだよ!」
「本来のメリーさんの心を取り戻すんだ。すると肉体と魂の差が大きく開いて完全に乖離が起きる。そうなれば普通のマスカと同じように核が剥き出しになって撃つだけで倒せるだろう」
心、か。彼らは心を病んでマスカという間違った道を歩んだ。
いや、歩まされたんだよな、ファントムに。
でも、間違った道は、質すことが出来るはずだ。病み切った心も癒せるはず。
彼の心を癒すことさえできれば、道は開ける!
「やってみる!」
「出来るのか?」
「メリーさんを救えるのは僕しかいないんでしょ?」
僕が笑うと、リュクレーヌは「任せたぞ」と言った。
僕は、メリーさんの耳元へと近づいた。
「メリーさん、自我があるなら、聞こえているね」
『ナンダ、貴様。ガキジャナイカ』
この際子供扱いの事は気にしない。それよりも、メリーさんの心だ。
「貴方は、折角の記事を没にされた」
それにしても、思っていたよりも深刻だな。
『ソウダ、アノ編集長、オレノ事ヲ嫌ッテイタカラナ』
「だから、他の編集者のマスカになって記事を採用してもらおうとした……って事?」
『アア、アノ記事モオレデハナク、コイツガ書イタトナレバ、採用サレタダロウ……オレハ嫌ワレテイタカラナ』
彼の味方は誰も居なかったのか。
『ドウセオマエモ、オマエモオオオッ!』
マスカは両手で僕を叩き潰そうとした。
──まずい。かくなる上は
「辛かったね」
僕は、悲しい声で言う。
『ナ、に……』
マスカの両手がピタリと止まる。
「僕、君の気持ちが分かるんだ」
『オ前ニなにガ……わかルんダ!』
拳が振るわれる。動揺しているのか? 少し動きが鈍い。これなら、避けられる!
「僕も、同じだったんだ!」
『同、ジ……?』
マスカは怯んだ。
「あの都市伝説は、僕の事なんだ。僕がみんなに本当のことを伝えたくて流した。でも、誰も信じてくれなかったんだ」
『なん、デ……』
「僕が子供だったから……かな。その時は大人になったらみんな僕の事を信じてくれると思っていた」
『ソウダ……オマエモ、マスカニナレバヨカッタンダ!』
再び拳が僕に向かう。僕は避けて正面へと回った。
「いや、そんな事は無かったよ。大人になってもあの話は誰も信じてはくれなかった」
都市伝説として残っても、まともに取り合う人間は居なかった。まるで、オオカミ少年だった。
「でもね、メリーさん。あなたは信じてくれた。都市伝説と言われていた物語を新聞記事にして伝えようとしてくれた」
『それは……オレ、も、信ジタから』
僕は、マスカに近づき、真っ直ぐと狼の目を見た。
「嬉しかったよ。あなたに信じてもらえて。僕は僕のままでいいんだって思えた」
『俺……俺は、信じてモラえタ? マスカにならなくテモ』
「うん……だから、貴方も、貴方のままでよかったんだよ」
転生なんて、必要が無かった。僕だって、この人の記事を信じるつもりだったから。
マスカ──いや、メリーさんは『あ、ああ……』とうめき声を出しながら蹲る。
爪だらけの両手で頭を抱えた。
『あ、あああああっ! 俺は、なんてことを、してしまったんだ』
「ごめんね。気づいてあげられなくて……」
あ。メリーさんの左手から、何かむくむくとせり出ている。
これってもしかして──
「仮面……だ」
メリーさんは気づかないまま泣きわめいていた。
『ううぅ、ごめんなさい。俺は、俺はあっ!』
もう、反省はしている。かわいそうだけど、こうするしかないんだ。
メリーさんを、救う為には。
「フラン! 今だ!」
今しか、ない!
「貴方の心がファントムのものになる前に」
今度こそ、照準をしっかりと仮面に合わせる。
「おやすみ、メリーさん」
銃声が響く。弾丸は、仮面を貫き、マスカは破壊された。
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