新聞社と強盗 - 上

 僕は息を切らしながら必死で走った。


「……リュクレーヌ……足、速い」


「着いたぞ」


 リュクレーヌは涼しく言う。僕は、肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げた。


 目の前には見慣れない二階建ての建物があった。何かの会社、みたいだけど。


「ここは?」


「ネオン新聞社。メリーさんの職場だよ。どうやらまだ営業中のようだな。遅くまでご苦労な事だ」


 リュクレーヌは階段を上がりながら説明した。


 そのまま二階にある新聞社の扉を蹴破り、そして──


「動くな! 全員手をあげろ!」


 デスクの上に紙とインクとペンが並ぶ新聞社の、従業員たちに銃をつきつけた。


「なにやって……むが」


 リュクレーヌは手で僕の口を塞ぎ、拘束した。


 まるで銀行強盗じゃないか。悪用しないっていったのに! 僕は銃を貸したことを激しく後悔した。


「お前ら全員動くなよ……こいつの命がどうなっても知らないぞ」


 スチームパンク銃は僕につきつけられる。持ち主、僕なんだけど!


「貴様、一体」


「警察に連絡はするな。一歩でも動けば全員殺す」


 リュクレーヌは冷徹な声で言い放つ。


「ひいっ」


 あーあ。新聞社の人達、怯えながら両手上げてるじゃん。


「あ……」


 と、思ったとたん、リュクレーヌは銃を下ろし、僕に返した。


 そして、僕の口元を抑えていた手をひらひらと振る。


「テッテレー! ドッキリ大成功ー!」


「なっ……どういう事だ!」


「ドッキリ?」


 新聞社の皆は口々に言う。


 どういう事だ、か。心中お察しします。


「実はですね。私、マスカ専門の探偵なんです」


「はあ、探偵さんが何の用です?」


「先ほど、メリーさんが何者かに殺害されました」


 リュクレーヌは空席となったメリーさんのデスクを眺めた。


「彼はファントムと仮面の契約をした。彼の魂はマスカになってしまいました」


 リュクレーヌが演説口調で言うと、新聞社の人達は訝しげな表情でひそひそ話を始めた。


「ファントム? あの都市伝説の」


「たしか、メリーの奴が記事書いていたよな」


「あんなの誰が信じるんだよ」


 ああ、またこの言われよう。


 流石に、腹が立ったのか、リュクレーヌの表情が無になる。


「……誰がマスカかもう分かってるんだよ」


 低い声で呟かれる。


 それを聞いて、新聞社の人達はひそひそ話をピタリとやめた。


「マスカは、貴方ですね」


 人差し指が、メリーさんの席の向かいに座っていたボウタイの男へとつきつけられた。


 他の人たちは男を見て、またもやざわついた。


 マスカ疑いの男は顔を真っ赤にしてデスクを叩いた。


「言いがかりだ!」


「言いがかりじゃありませんよ? ちゃんと証拠だってある」


 リュクレーヌは飄々と言いのける。男は怒りながらリュクレーヌへつかつかと近づいた。



「証拠? そんなもの、どこに……」


 待って、男の左手にナイフが握られている!


 刃の先には、リュクレーヌが──


「あるんですかっ!」


男はリュクレーヌに刃を向けた。


「リュクレーヌ!」


 僕は、咄嗟に銃を構えて、引き金を引いていた。


 照準など、合わせている暇など無かった。だから、だろうか。弾丸は、見事に男の胸を貫いた。また、やっ

てしまった! 本当はナイフを狙ったのに!


「う……ウウウ……」


 撃たれた男は、倒れこむ。暫く呻きながら暴れていた。


「あの、ごめんなさ」


「待て! 近づくな」


 僕が男に寄ろうとするとリュクレーヌは制止した。


「全員、伏せろ!」


 リュクレーヌが叫ぶ。


 刹那、社屋を吹き飛ばすほどの大爆発が起きた。


「何……が起きて」


 僕は目を疑った。目の前には動物を模した巨大な化物がいた。犬の様な見た目に鋭い牙、全体的にグレーの色合いは……狼、だろうか。


「リュクレーヌ! 何あれ!?」


「決まってるだろ? マスカだよ」


 マスカ!? 動物の形をしたものなんて、聞いたことがないぞ。



「おそらく、強制的に乖離したマスカは本人をモチーフにしたデザインが強く出るんだろうな」


 強制的に乖離? もしかして


「僕が撃ったから乖離したって事!?」


「俺の推理が合っていたって事でもあるぞ……それよりも」


 リュクレーヌは新聞社の人達を一瞥した。


「うわあああっ! マスカだ!!」


「早く! 警察に通報だ!」


「アマラ軍だろ!」


 みんな、パニックになっている。泣きだす人たち、怒る人たち。もう、めちゃくちゃだ!


「リュクレーヌ! フラン!」


 名前が呼ばれる。こんな時に、誰? 


 そこには、白衣を纏った銀髪の人物──ブラーチさんがいた。


 眼鏡を外して髪を下ろしていたから一瞬わからなかった。


「ブラーチさん!」


「こいつらの事は任せろ、お前らはマスカをどうにかしろ」


「ありがとう! 助かった」


 リュクレーヌが礼を言う。


 一般人は無事、避難したようだ。


 さて、目の前には狼のマスカ。


 たしか、僕の銃は、マスカに効くんだよな。


『ウウウ……オ前ラ……ヨクモ』


 マスカは呻きながら喋る。あれ、喋って、いる?


「あのマスカ……」


 言葉を喋っているという事は。


「自我が、ある?」


「契約から一ヶ月経っていないからな。自我を持ったまま乖離したんだろう」


 リュクレーヌが落ち着いた様子で言う。


『貴様……』


 マスカはそんなリュクレーヌに対してご立腹だ。


『何故、オレガマスカダト分カッタ?』


「証拠があるって言っただろ? もう忘れたのかよ」


『証拠?』


 マスカは聞き返す。リュクレーヌはため息をついて、視線を落とした。


「左手だよ」


 低くつぶやかれる。


 左手? なんの事だ?

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