名探偵からの提案 - 下
「今から君に一つだけ質問をする。正直に答えてくれ」
「一つだけ?」
「ああ」とリュクレーヌは頷いた。
「君はルーナ探偵事務所の助手……いや、アマラとして、どう働きたい?」
内容は面接でありがちな自分の理想像を問うものだった。
どう、働きたい……か。つまり、どんなアマラでいたいか? ということだろうか。
アマラになった理由を考えたら、すぐに僕の本心にはたどり着いた。
だが、この本心を言っても良いものだろうか。
「あの、これ……本当に正直に答えていいんですか?」
「ああ、もちろん。むしろ正直に答えてくれ」
確認をするとリュクレーヌは優しく微笑む。
──この人なら、分かってくれるだろうか?
僕がどんなアマラになりたいのか。どんなアマラでいたいのか。
アマラとして、何がしたいのか。
「……マスカの心を救えるアマラでいたいです」
僕は、はっきりと言った。前を向いてリュクレーヌの瞳をじっと見つめる。
彼は、きょとんとした表情をしていた。
「マスカを、救う?」
おうむ返しをされる。やっぱり、おかしなことを言っていると思われているだろうか。
破壊対象のマスカを『救う』だなんて。
「マスカは、被害者なんです。心の闇を悪魔につけ込まれて、騙されて、兵器にされてしまった……僕の父も、その一人です」
「君のお父さんはマスカにされたのか?」
「はい。僕、見たんです。父が悪魔……ファントムと契約している所を」
僕の家族はマスカによって殺された。だが、そのマスカも父であり被害者だ。
ファントムという悪魔に付け込まれて魂を奪われてしまったんだ。
「なるほど……単にマスカをぶっ殺す、とかなら速攻不採用だったけど……興味深いな。続けて」
「続ける必要は、無いと思います」
僕はきっぱりと断った。
リュクレーヌは「どういうことだ?」と聞き返す。
「貴方が、街中で新聞社の人に話していた話……あれが、僕の家族のお話なんです」
そう、目の前の名探偵が新聞社のメリーさんに得意気に話していた都市伝説。
あれは事実だ。僕の体験した、現実だ。
リュクレーヌはしばらく考えるようにして顎を触り、俯く。
「…………」
黙り込んでしまった。
「………………」
いや、沈黙長すぎない!? 僕は耐えられず、「あのお……」と声をかけた。
するとリュクレーヌはようやく顔を上げて、僕の方をじっとみつめる。
「……俺、そんな話、してたっけ?」
僕は自分の過去を話した。
「いやー。まさか、都市伝説のご本人が登場するとは」
「僕もまさか、自分の過去を知ってる人がいるとは思わなかったです……」
──そもそも、なんでこの人は知っているんだ?
「それで、君は家族を殺されてお父さんのマスカに襲われそうになった」
僕が訊こうとすると、それよりも先にリュクレーヌが口を開く。
「あ、はい……そうです」
「すると、俺と瓜二つのお兄さんが助けてくれた。ところがそのお兄さんはファントムの人格を持つ二重人格者」
「ええ、まあ」
「そして、このスチームパンク銃を託して『今度僕に会った時は殺してくれ』と頼まれた、と」
「その通りです」
ファントムのお兄さんのことも僕が彼を撃った理由も、全て話した。
「なるほどねえ……」
リュクレーヌは考え込むように頬杖をついて自身のこめかみを指で叩いた。
と、思ったら突然「よし!」と大声を上げて立ち上がる。
「面接試験は以上だ」
えっ。終わっちゃったよ。面接。
すると、ブラーチさんも腰を上げた。そのまま玄関のドアの方へと向かう。
「では、私は失礼する。色々と調べたいこともあるからな」
「えっ、あっ、ちょっと!」
「おう、じゃあなー」
リュクレーヌは手を振った。ブラーチさんは帰ってしまった。
つまり、このゴーイングマイウェイ名探偵と二人きり……どうしよう。心の準備が出来ていない。
「さて、ここからは実技試験だ」
「じ、実技!?」
「これから君……ええと、名前なんていったけ」
そういえば名乗っていなかった。僕は自分の名前を教える。
「フランです。フラン・コンセルタ」
「俺はリュクレーヌ・モントディルーナ。よろしくな、フラン」
リュクレーヌはにっこりと笑いながら手を差し伸べる。
僕はゆっくりとその手を取った。
「はい、モントディルーナ……さん?」
「リュクレーヌでいいぞ。あと、敬語じゃなくていい。堅苦しいの嫌いなんだよね」
リュクレーヌは歯を見せながら頭を掻いた。
「さて、実技試験だけど……フランにはこれから重大な任務をしてもらう」
「重大任務……?」
ごくり、と僕は唾を飲みこむ。
アマラだから助手にしたいと言われたくらいだ。
早速、マスカの元に急行するのか? それとも、何か作戦を立てるのか。
少し緊張してきた。
「はい!」
リュクレーヌは僕に荷物のようなものを託した。
「え?」
重くない。畳まれた布のようだ。
布の塊を眺めながら僕は「これは……?」と呟いた。
布を広げる。その正体が明らかになった。
「……エプロンと掃除道具?」
「そう、部屋の掃除をしてほしいんだ」
「掃除? この部屋綺麗なのに……」
無駄に物がなく、シンプルな応接スペース。
片付いているこの部屋のどこを掃除するというのだろう?
「あぁ……こっち」
僕がきょろきょろと部屋を見まわすと、リュクレーヌは何かに気づいたように部屋の奥の方へ移動した。
扉が一つある。
「ここは?」
「見れば分かるよ」
ドアノブにリュクレーヌの手が掛けられる。
ギギギと軋んだ音を立てながら扉は開かれた。
僕の目に映ったのは、とにかく大量の物が集まった倉庫のような部屋だった。
今いる部屋とは対照的にもほどがある。古臭い臭いと埃っぽさに鼻と口を塞ぐ。
「!? なんっ……だこれ!?」
あまりの散らかりぶりに大声を出した。いや、この人数週間前まで牢屋に居たのに、ここまで散らかすことができたことを逆に感心する。
「ここは生活スペースなんだ」
「生活スペース!? 生活できるの!? ここで!?」
「綺麗なの、応接スペースだけなんだよなぁ」
当の本人はてへぺろ。とでも言いたそうに頭を掻きながら笑っている。
応接スペースとのギャップの大きさに僕は困惑した。しかも、そこが生活スペースといった、寝食をメインする部屋であったため、余計に。信じられない、と正直ちょっと引いた。
「それにしても散らかしすぎじゃない?」
「俺、見えるとこしか綺麗にしないから!」
「どや顔で言わないで!」
もしかして、応接スペースが綺麗だったのは要らないものを全部別の部屋にぶち込んでいたから?
僕が混乱しているとリュクレーヌは腰に手を当て、僕を指差して「と、言う事で」と切り出した。
「フラン、君に重大任務『生活スペースの掃除』を任命する!」
「僕が!?」
「俺はデスクにいるから、あとはよろしくー!」
「ちょっと!」
状況はますます混沌を極めていた。まさに、物でごちゃごちゃになった生活スペースのように。
僕はこの世の終わりの様なゴミ屋敷を二時間かけて片付けた。
正直、マスカとの戦闘よりも辛かったかもしれない。
「掃除、終わったよ」
「ありがとう」
デスクで本を読んでいるリュクレーヌに声をかけると、彼はにこりと笑って礼を言う。
「滅茶苦茶散らかっていて大変だっただろ?」
「うん。びっくりするくらい散らかっていたよ」
そんなにハッキリと言わなくてもいいじゃないかと思われるかもしれないが、本当に散らかっていた。それはもう。
「じゃあ、次は……今夜の晩御飯作って!」
おかしいな。僕はいつの間にか家政夫の試験を受けていたようだ。
「そんな顔しないでくれよ。聞くところによると、君は料理が得意なんだろ?」
「どうして、それを……」
リュクレーヌは「あっやべ」というような顔をしてコートを着てシルクハットを被る。
「よし! まずは買い出しだな! うち、食材何もないし」
そのまま逃げるように事務所の外へと繰り出した。
「あっ! ちょっと!」
僕は慌てて後に続く。
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