名探偵からの提案 - 上
「さて、俺の弁明は聞いてもらえたけど……どうする? 何か依頼ある?」
「ないです」
僕はぴしゃりと否定する。名探偵はがっくりと肩を落とした。
「そうだよなー。アマラ軍が僕に依頼なんてしないよな」
マスカ専用探偵、だったっけ。たしかにマスカの事案を扱う小さな探偵事務所にアマラ軍という大規模な組織が依頼をということはないだろう。よっぽど、この探偵が優秀でない限り。
それに、僕は──
「……もう、アマラ軍じゃありません」
「えっ」
「クビになったんです。貴方を撃ってしまったから」
「……ごめんな」
名探偵は心底申し訳なさそうに寂し気な声で言った。
──そんな、悪いのは僕の方なのに。
「うち、弁護士事務所じゃなくて探偵事務所だから、不当解雇の裁判とかはちょっと……」
「ちが――う!」
勘違いもいいところだ。というか、この人に心の中でツッコミを入れているとキリがないし、話が進まない。
すると、名探偵はチラシを見ながら「あっ! そうだ!」と大声で言った。
「君さあ、ここ、読んだ?」
「え?」
名探偵は「ここ、ここ」と二度告げ、チラシを指差しながら僕に見せる。
よく見ると、小さな文字で何かが書いてある。
「スタッフ、募集……」
「そっ! マスカ関係に詳しい人材が欲しくてさ!」
スタッフ? 人材? もしかしてこの探偵事務所の従業員って事?
「あっ、そうだ!助手とかどう?アマラの経験があるとなれば即戦力だな。」
「いや……その、僕」
「住み込みだから宿と三食の飯も付いてくる。まあ、お得!」
だから、話を聞いてくれ──って、待てよ。宿と三食の飯って今、言った?
「住み……込み?」
そうだ、僕は生活の全てを奪われて寒空を歩いていた。宿をとるお金はおろか、今夜の夕食代すら危うい。つまり、僕は餓死と凍死ルートまっしぐらの一文無しだ。
ところが、ここで働く事で住処と食事をゲットできるのなら、死亡フラグは折れる!
それなら手段は選んでいられない! いや、選べない!
「どうだ? 名探偵リュクレーヌ・モントディルーナの助手。興味ない?」
そう言って、リュクレーヌ……さんは手を差し伸べながら笑顔を見せた。
ああ、名探偵のリュクレーヌさん。さっきは撃ってしまってごめんなさい。
いまなら貴方が砂漠の中のオアシスのように神々しく見えます。
「やります!」
当たり前のように僕は首を縦に振った。
「じゃあとりあえず、事務所の中、入って」
リュクレーヌは僕を部屋へと案内した。
◆◆◆
依頼人を迎えるための部屋は家主とは対照的に落ち着いた雰囲気だった。
暖炉とアンティーク調の家具に囲まれ、全体的にこげ茶色を基調とした空間は重厚というべきだろうか。
「綺麗なお部屋ですね」
「まあ、新築だからな」
僕の目の前にはソファとローテーブルが並べられている。きっと、ここは依頼人用の来客スペースだろう。
奥の方にはデスクが見える。その後ろの本棚にはずらりと分厚い本がならんでいる。となるとここが彼の仕事場だろうか。
僕が、珍しいものをみるように部屋を見回していると、リュクレーヌが「どうぞ」と声を掛けた。
ソファに座れという事だ。僕は、来客スペースにあるえんじ色のソファに座る。長方形のローテーブルを挟む形で名探偵と向かい合った。
「さて、ここから先は採用試験だ」
「し、試験?」
ああ、そうか。雇わせてくださいと言ってすぐに雇ってもらえるほど甘くは無いよな。
ましてや、僕はこの人を撃っている。試験は厳しいものになると覚悟して、僕は唇をきゅっと噛んだ。
「ああ。そんなに難しく考えなくて良いぞ。軽く質問に答えるだけの面接と、一日共に過ごすという実技試験だけだから」
「は、はあ……」
本当だろうか。と思っていると、ブラーチさんが「おい」と声を出す。
「私はもう帰ってもいいか」
「まだ駄目。マスカについての専門知識とかはお前の方が詳しいだろ?」
「ブラーチさんはここの従業員じゃないんですか?」
「ああ、私は個人経営の病院があってな。普段はそこで暮らしている」
「そうそう。こうやってたまに遊びに来てくれるんだよ」
ということは、この探偵事務所はこの自称名探偵だけで構成されたものだったのか。
すると、ブラーチさんは表情を歪めながら小さくため息をついた。
「それに、こいつと共同生活なんて、絶対に無理だ」
「こらこら。これから一緒に暮らすかもしれない子の前で、そんなこと言うなよー」
リュクレーヌは頬を膨らませた。
「そういえば、まだ仕事内容を説明していなかったな」
「ええと……マスカ専門の探偵事務所って」
「そうそう! なんだ、知っていたのか」
あれだけ大声で街頭演説していれば嫌でも分かるよ。
「でもマスカの探偵っていったいどうやって……具体的な仕事内容って」
「マスカは普段、人間に紛れているだろ? ところが一ヶ月経つと、
「乖離?」
聞きなれない言葉を僕は返した。するとコーヒーをすすっていたブラーチさんが口を開く。
「死体に他者の魂が入る事で起きる莫大なエネルギーを伴う拒絶反応だ。乖離が起きたマスカは肉体を爆発させ、自我を失い破壊行動を繰り返す殺戮兵器になる。どのマスカも通常、ひと月で起こるものだ」
「あ……」
ひと月、という言葉に心当たりがある。僕のお父さんもファントムとの契約から一ヶ月で化け物になった。
「だから、俺は思ったんだ。乖離が起きる前にマスカを特定しておけば、街の被害も抑えられるんじゃないかってな。そのために探偵になったんだ」
「なるほど……あれ? でも貴方はとても強いんですよね?」
「ああ。とっても、な」
「だったら……わざわざアマラの助手なんて、必要ないじゃないですか」
リュクレーヌは困ったように笑う。
「と、思うだろ? ところが、俺はアマラではない、ただのめちゃくちゃ強い一般人だ」
「えっ……と」
「マスカの核を破壊し、トドメを刺せるのはアマラだけなんだよ」
ああ、そうか。マスカを倒せるのはアマラだけだ。アマラ軍に支給された武器で──いや、待てよ?
「……あの、僕、クビになったときに武器没収されちゃったんですけど」
「ああ、その点は心配ない。君のスチームパンク銃、これはとんでもない代物だ」
ブラーチさんが僕の銃を撫でながらそう言った。いつの間に。
「リュクレーヌから摘出した弾丸を見たが、かなり高度で強力な魔術がかかっている」
そういえば、僕が銃を撃った時、水色の魔方陣がマスカを取り囲んでいた。
「でも、僕……魔術なんて」
そんなものを使った事は無い。使い方だって分からない。
ブラーチさんは僕の言葉に耳を傾けず、今度はまじまじと弾丸を眺めていた。
「それにこの弾丸の成分、マスカにとっては毒だ。並のマスカなら体内に入った時点で死ぬ」
「どういう事ですか?」
「銃弾が乖離促進剤となっている。乖離済みのマスカに打ち込めば、肉体と魂が完全に分離される。そもそも乖離は魂と肉体の不一致から起きる拒絶反応だからな。一応、理にかなっている」
だから、銃弾が核に当たらなかったのにマスカが爆破したのか。
「まあ、とにかく。この銃、アマラ軍のやつよりすごいってこと。よかったな!」
「良かった……のかなあ」
でも、いまいち、ハッキリとしなくてもやもやする。
「さて、業務内容の説明はこれくらいにして……そろそろ面接初めていい?」
まだ始まっていなかったのか。
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