追放処分と生きていた名探偵 - 上

 アマラ軍本部。第二会議室。


 紅の絨毯の上に重厚な机と椅子が並べられている。暗い部屋だ。陽の光が入っていない上に照明もランプ灯がいくつかある程度。


 厳かな雰囲気に緊張した。軍の偉い人達が座る机に四方を囲まれた僕は、まるで裁判の被告人みたいだ。


「これより、フラン・コンセルタ見習い兵の異端裁判を始める」


 ではなかった。今から始まるのは本当に裁判で、被告人はまさにこの僕だった。


 そして、僕を取り囲む裁判官はガーディアンというアマラ軍を取り締まる、軍のトップでとっても偉い。


 胸の勲章は十以上。オクト曹長よりもよっぽど多い。顔は黒い布で覆われて隠されている。声も何かで変えられているような、不自然なものだった。


 きっと、身元の特定を防ぐため、だろう。


「それでは報告を、オクト曹長」


「はっ!」


 オクト曹長は、弾かれたように立ち上がる。


「カプリス一般兵、テンプ一般兵、コンセルタ見習い兵はパトロール中、マスカに遭遇。一般人の避難誘導を終えた後、コンセルタ見習い兵は本部に連絡をし、マスカに応戦しました」


 曹長の証言は事実だ。


「マスカとの戦闘は運よく勝利致しましたが、その後、コンセルタ見習い兵は一般人とみられる男の額を撃ち抜いています。私が駆けつけた時には、男は……頭から血を流していました」


「ふむ。その男の容態は?」


「それが……男の身柄は奪われてしまいました……」


「奪われた、だと?」


 ガーディアンの一人が、机を指でコンコンと叩いた。苛立っているようだった。


 すると、オクト曹長は冷や汗をかきながら両手を揉み、ごまをするような動作をした。


「あ、安心してください。医術師の者に引き取られたので、おそらく処置をしているのでしょう」


 医術師? なんだか訓練所の講義で習ったような、ないような……


あやふやな記憶に僕は頭を悩ませた。


 机を指で叩いていたガーディアンは、指を止め、「結構」と言った。


「ところで一般兵の二人がついていたはずだ。見習い兵の見張りは彼らの仕事だろう。彼らはどうした」


 先輩たちのこと、か。オクト曹長の表情が厳しくなる。


「……カプリス一般兵、テンプ一般兵、二名はマスカ出現直後に正面から応戦。殉職いたしました」


「正面から? 一般兵の仕事はマスカの足止めだろう」


「指示に背き、自らマスカへと立ち向かったそうです」


 カプリス先輩とテンプ先輩は、死んだ


 マスカへの恨みを胸に、果敢に立ち向かい、それぞれ頭と胸に致命傷を負った。


 僕は、何もできなかった。止める事、すら。


「ふん。犬死にか」


 ガーディアンの一人が呆れたように言う。


「なっ……」


 僕は思わず声を漏らしてしまった。


 犬死に、だって?


「どうせ、自分の立場をわきまえず、仇を取る! とか言って突っ込んだのだろう。若造にはこの手の奴らが多くて困ったものだ」


 ガーディアンの言うことは事実だ。彼らは規則を無視してマスカに突撃した。そして、死んだ。


 たしかに、2人は不真面目な先輩だった。けど、マスカを倒したいという思いはあったはずだ。


 彼らの死は、アマラとして、どうしても晴らしたい思いが優った結果だ。


 来る日もパトロールしかさせてもらえなかったからこそ、思いはより一層、募ったのだろう。


 せめて、軍が実践を積ませてあげてもよかったはずだ。


 何よりも、僕は、仲間の死を嘲笑されたことに腑が煮え繰り返った。


「……てやる」


 階級が上ならば、偉ければ何を言っても良いのか?


「どうした? コンセルタ見習い兵」


 オクト曹長が僕の様子を伺った。


 こうなったら言ってやる。我慢の限界だ。


「アマラこんなところなんて、辞めてやる!!」


 僕は、あの名探偵にも負けないくらいの大声で言ってやった。


 すると、四方からくすくすという笑い声がする。


 それも、大勢──ここにいる皆が僕をみて思い思いに笑っていた。いや、嗤っていた。


 なんで、みんな笑うんだよ?


 そんなに、おかしい事を言ったのか?


 目の前のガーディアンが深くため息をついた。


「心配せずとも、貴様は追放処分クビだ」


 判決が下された。


「えっ」


「アマラ軍規律、第四条第二項を言ってみろ」


「え、ええと……」


 そんなこと、いきなり言われたって、僕は教科書じゃないんだ。わからないよ。


「民間人に危害を加えた場合。追放処分とする、だ」


 民間人に危害を加えましたか?→はい。→あなたは追放です。今すぐ荷物をまとめて出ていきましょう! そんなフローチャートが頭をよぎる。


「つまり、僕……クビですか?」


「ああ。当たり前だ」


 オクト曹長は僕の方を呆れるように見ながら首を縦に振った。


「貸出していた武器及び軍服は返却。最後に情報漏えい防止の為、記憶を消す。いいな」


「き、記憶を!? そんな」


 魔術師が僕の元に手を振りかざす。紫色の魔方陣が出現した。


「い、嫌だ!」


 この術に掛けられてしまえば、家族との幸せだった思い出や訓練所での友達の記憶、全てを失う。


 それだけじゃない。マスカの黒幕がファントムという悪魔である真実も、僕の記憶から消える。


 つまり、本当の事を知っている人は居なくなる。


「記憶だけで済むんだ、ありがたく思え。貴様が一般人なら死刑だぞ」


 僕が抵抗すると、ガーディアンは冷たく言い放つ。


 そう、か。たしかに僕は人を殺めた。


 例え黒幕を倒すための約束でも、他人から見たら僕はただの殺人犯だ。


 ファントムを殺すという約束は果たされた。もう、記憶に縋り付く理由はない。


「わかりました……」


 どうせ記憶があったって、ファントムの事は誰も信じてはくれない。それなら仕方ないか。


 僕は、諦めて全身の力を抜いた。


 魔方陣が僕の頭から足の指の先までを紫色の光で包み込む。


 記憶消去の魔術が掛けられた。


◆◆◆


「ここは……」


 気が付いた時には僕は屋外に居た。辺りにはレンガを雪が覆っている冬の景色が広がっていた。


 ──どうしよう


 クリーム色のシャツに黄色のリボンタイを付け、キャラメル色のベストを着て、その上からチョコレート色のコートを羽織っていた。ズボンはキャメル色のチェック柄。同じ柄のキャスケット帽を頭に被っていた。


 ──どうしよう、どうしよう、どうしよう!


 僕はレンガの街へと、焦燥に駆られて走り出す。


 まずい事になってしまった。だって


 ──記憶、全く消えてないじゃん!!


 魔術が失敗したのか僕の記憶は残っていた。


 何一つ欠ける事なく、物心ついてから今日までの記憶全てが、だ。


 アマラ軍に居た時の事も、ファントムに体を奪われたあのお兄さんのことも、僕が約束通りお兄さんを殺してしまったことも。


「本当に、どうしよう」


 とはいえ、戻る場所は無くなった。アマラ軍は追放。当然、寮も追い出され、暮らすところも無くした。


 不真面目で口は悪かったけど傍にいてくれた先輩も、もう居ない。


 僕は、また、一人ぼっちになってしまった。


 感傷に浸っていると、ひときわ強い風が吹く。


「ううっ……寒い!」


 今夜、どうしよう。宿を取るにもお金が無いし……野宿かな。


 いやいや、絶対に風邪ひいちゃう、下手をすれば凍死だ。


「べぶうっ!」


 顔に、何かが張り付いた。薄い。何だろう? 紙かな?


 手に取るとやっぱり紙だった。あれ、これって


「ルーナ、探偵事務所?」


 あのお兄さんが配っていたチラシだ。ご丁寧に住所まで書いてある。


 ──そういえば、あの人どうなったんだろう?


 気になった。彼が人間であったのなら、きっと死んでいる。


 ──でも、本当にファントムだったら?


 よく考えたら、僕を嵌めるために死んだふりをした可能性だってある。


 だとしたら、今頃、彼はのうのうとマスカの契約先をこの街で吟味しているかもしれない。


 ──せめて、生きているか死んでいるか、確かめなきゃ


 僕は、チラシに書いてあった住所へと向かった。

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