マスカ襲撃と殺された名探偵 - 下


 仮面──すなわち、核が口内の真ん中にあった。


 ──僕が、倒すのか? マスカを。


 躊躇した。スチームパンク銃を持つ手が震える。


『シャァァァァッ』


 これを外したら今度こそ食べられる。つまり死ぬ。


 そんな僕に、背中を押すような言葉がぽん、となげかかられる。


「迷っている時間なんて、無いと思うけど?」


 リュクレーヌだ。そもそも、こんな事になったのは誰のせいだと思っているんだ。


 ──そうだ、ここで撃たなきゃ僕はマスカの腹の中だ。


『キシャァァァァ!!! キシャァァァァッ!』


 銃をぎゅっと握りしめて構える。照準を合わせた。


 ──当たれ、当たってくれ! 頼む!


 必死の思いで僕は引き金を引いた。


「あっ……」


 銃弾は仮面には当たらず、マスカの腹の中へと飲み込まれていった。


 ──外れた!


 『絶望』の二文字が脳裏を過る。


『シャ……』


 だがマスカは突然、動きをぴたりと止めた。


 マスカを取り囲むように水色の魔法陣が浮かぶ。


「なんだ、これ?」


『シャ……シャァァァァッッ!』


 ノイズ交じりの断末魔をあげるとマスカは暴れ出した。まるで、苦しんでいるようだった。


「えっ!」


 ボガンッという派手な音を出してマスカは突如、爆発した。


「うっ、うわあっ!!」


 白い蒸気だけを残して跡形もなく消え去った。


 ──何があったんだ?


 分からない。分かっているのは僕が生きている事。


 それと──


「……わああああっ! 死ぬ死ぬ死ぬ!!」


 正に今、地上十メートルから落ちて死にそうになっているという事だ。


 ああ、せっかく命拾いしたのに、結局これ!?


 僕はぎゅっと目を瞑る。


「よっ、と」


 背中に、冷たいレンガの感触が打ち付け……られてない? 


 背中に感じたのは温かい、人の腕の感触だった。


「おーい、大丈夫かー?」


 リュクレーヌの声が掛けられる。ああ。彼が両腕で抱える形で受け止めてくれたのか。


 僕は、瞑っていた目をゆっくり開いた。


「おっ! 無事そうだな。よかった」


 リュクレーヌは、にかっと笑いかける。初めて顔を近くで見た。整った顔だ。


 髪の毛は夜空のように暗く美しい藍色で、瞳は月のように黄色く輝いていて──あれ?


「貴方は……」


 もしかして、七年前の──お兄さん?


「ん? 俺の顔に何かついてる?」


 リュクレーヌ──いや、お兄さんはきょとんとしている。


 しらを切っているのか?


 でも、今こそ約束を果たす時が来た!


 思わず口角が上がる。


「助けてくれて、ありがとう」


 お礼だけ言って、手に持っていたスチームパンク銃をお兄さんの額に当てた。そして──


「さよなら」


 別れの言葉と共に、僕は引き金を引いた。


 ──約束、ちゃんと守ったよ。


 どさ、と人の重さを感じる。


 僕に覆いかぶさる形で、額から血を流した死体が転がった。


「……え?」


 名探偵は殺された。僕の手によって。


 ──死ん、だ?


 ファントムが、こんなにいともあっさりと?


 いや、人違いなんてことは無いはずだ。間違いなく、あの時僕を助けてくれたお兄さんだ。


 でも、もし、違っていたら──


「フラン」


 低く、渋い大人の声が僕に降りかかる。


「は、はい」


 振り向くと、目の前には僕と同じ軍服を纏った中年が居た。


 胸に付けている勲章の数は僕よりもずっと多い。


「曹長?」


 上長であるオクト曹長だ。


「どうして、ここに?」


「お前が応援を呼んだんだろう」


 そういえばそうだった。もう、マスカは倒しちゃったけど。


「駆けつけたものの、これは、どういう事だ」


 オクト曹長は血がべったりと付いた僕の軍服と、目の前に転がる死体を眺めて強く言う。


 そうか……僕は民間人を殺してしまった。


「あ、あの……これは……その」


 けど、その民間人は昔、「次会った時には殺してくれ」って約束した人で──いやいや! こんなの、絶対に信じてもらえない!


「おい」


 今度はハスキーな声がした。アマラ軍の人だろうか?


「え?」


 僕はゆっくりと振り向く。そこには、薄汚れた白衣を着た人物が居た。


 白衣とは対象的に綺麗な顔をしている。


 絹糸のような長い銀髪をポニーテールにして、眼鏡をかけた紅色の瞳の……女性? いや、男性? どちらだろうか。


 中性的な人物がどんどんこちらへ近づいてくる。


「えっと……どちらさ」


 白衣の人物は僕に覆いかぶさる死体をひょい、と俵抱きにした。


「こいつはもらっていく」


「へ?」


 一言だけ言い残すと白衣の人物はスタスタと立ち去ろうとした。死体を担ぎながら。


「おい、勝手に何をしているんだ!」


 流石に、オクト曹長も止める。そ、そうだ! 止めなきゃ!


 すると、銀色のポニーテールが揺らめき、色白の顔がこちらに向く。眼鏡の奥からは強くこちらを睨んでいた。


「……あ、あ、貴方は!」


 顔を見るなりオクト曹長は怖気づく。


「こいつはもらっていく。いいな」


「はっ!」


 オクト曹長はまるでロボットのようにびしっと敬礼をした。


 そんなに偉い人なのだろうか?


「あの、貴方は一体!」


 僕の言葉に白衣の人物は、心底面倒臭そうにため息をついた。


「ただの医者だ。じゃあな、殺人犯」


 それだけ言い残して、白衣の人物と青い名探偵の死体は雪の中に消え去った。


 だが、問題は残っていた。


「おい、フラン! 殺人ってどういう事だ」


 最後に残した殺人犯という言葉をオクト曹長は聞き逃さなかった。


 曹長は仁王立ちで雪を踏みしめ、僕の方を睨みつけた。


「ご、ごめんなさい!」


 僕は、体を折り曲げ、精一杯の謝罪をした。


 もう、言い逃れは出来ない。


「僕、人を撃ってしまいました!」


 正直に事を告げると。しん、と静まり返る。そのまま暫く沈黙は続いた。


 あれ? 怒られない?


「あ、あのう……」


 僕はゆっくりと頭を上げた。オクト曹長は青ざめた顔で唇をわなわなと震わせていた。


「お、お前……なんてことを」


 そうだよね。人を守るはずの軍人が人を殺してしまったんだもん。


 怒られて済む話じゃないよな。


「とりあえず、本部に戻るぞ。話は帰ってからだ」


「はい……」


 僕らは、ひとまず本部に戻る事になった。そうだ。先輩たちの事も……報告しなきゃ。


 雪のせいだろうか。足取りはひどく、重かった。

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