マスカ襲撃と殺された名探偵 - 上


 その時だった。


「何だ!?」


 地響きがした。音と振動はどんどん大きくなっている。


 地震か? 僕たちは狼狽えながら辺りを見渡す。


 今度は、ずしん、ずしんと踏み潰す音が近づく。


『キシャァッ!!!』


 音の方を見る。金属でできたミミズの様な触手が蠢く。


 そこには錆び混じりの銅に覆われた蒸気機関の怪物──マスカが居た。


「で、出た! マスカだ!」


「う、うわああああっ! 助けてくれええっ!」


 街の人達は僕たちの軍服を見てすがりつく。


「逃げてください!」


 とにかく避難誘導をするしかない。


「建物の中に逃げろ!」


「ぼさっとすんな! 死にたくねえだろ!」


 先輩達も口は悪いが住民を安全な場所に誘導した。


 次に、本部に連絡だ。通信機を起動しなきゃ。


 僕は軍服の襟に付いた十字のブローチの中央を押した。


「こちら、見習い兵のフラン。マスカが出現。至急、応援をお願いします。場所は……ブレーディングハートヤードの……」


 現在地を告げ本部への連絡が終わった。


 あとは、マスカとの応戦。

 

 少し距離をとって身の安全を確保しながら軍支給のピストルで狙撃し、彼らの動きを止める。建物や民間人への被害は最小限──


 だったよな。訓練所の教科書に書いてあったのは。


「あ、あれ……?」


 ところが、僕はとんでもない光景を目の当たりにした。


「せっ……先輩!!」


 先輩達がピストルを構えながら、マスカの上に飛び乗ろうとしていた。


「やっとお目にかかれたな!」


「マスカの核を見つけるぞ!」


 核というのはマスカの心臓部分だ。筐体のどこかに契約者の仮面として存在している。いや、今はそんな事を説明している暇はない。


「先輩! 行っちゃだめだ!」


 僕らはまだ下っ端の兵士だ。いきなりマスカと直接応戦するなんて危険すぎる!


「こいつ殺れたら昇進は間違いないな」


「ああ、これでお散歩生活からおさらばだ」


 僕の言葉など聞き耳を持たずに、先輩たちはどんどんマスカに近づいていく。


「俺達がぶっ殺してや──」


 テンプ先輩の言葉が途切れる。マスカは触手の先に斧の様なものを携えていた。


 そう、彼の顔面は横に──真っ二つに裁断されてしまった。


「テンプ! ううっ、わあああああっ!!」


 マスカは、仲間の死に狼狽えたカプリス先輩を逃しはしない。


「ひっ」


 触手を伸ばし彼の身を拘束した。


「やめろ! 助けてくれ! たすけ──」


カプリス先輩の命乞いは届くこと無く、マスカは触手の先を槍にして彼の胸に突き刺した。


「うっ、ごふうっ!」


「先輩!」


 槍の先には心臓だけが刺さっていた。


 触手は満足したのか拘束を解く。彼の死体は地面へと叩きつけられた。


「あ、ああ……そんな、お、応援は……まだ」


その時だった。僕の体に何かが巻き付く。


「あっ!」


 離れていてもマスカには関係ない。僕も触手に囚われた。


 そのまま、僕の体はぐんぐんと上昇する。


「このっ……!!」


 腕が自由だからなんとかピストルを向けた。


『シャァァァァッ!』


「あっ……」


 しかし、その武器は別の触手によってはたかれてマスカの口へと落ちてしまった。


 ──もう、だめだ。


 覚悟を決めた時だった。


「……い、おーい!」


 呼びかけるような声がする。


 おかしいな。民間人には避難を呼びかけた。もうここには誰も残っていないはずなのに。


「おーい! 聞こえる―?」


 地上から両腕をぶんぶんと振り子のようにして、僕に声をかけている人がいる。


「え?」


 やけに青い格好だ。


 あれ? もしかして、この人は……さっきの自称名探偵?


 僕は彼の方をじっと凝視した。するとリュクレーヌは気づいたらしく、びしっと僕の方を指差した。


「そうそう、そこのボク! 落とし物があるんだけど」


 ボクという言葉にムッとする。たしかに、僕は僕だけどボクじゃない。


「僕は子供じゃないです!」


 いや、待って。それよりも。


「ここは危険です! 早く逃げてください!」


 この人避難したはずじゃなかったのか! 逃げ遅れたのか? それとも、のこのこと現場に戻ってきたというのか?


「でも、これは君が落としたものでしょ?」


 ──落とし物?


「それに、この状況ではとっても役に立ちそうだ」


 そう言って、リュクレーヌは銀色のスチームパンク銃を見せつけた。


「それは!」


 間違いない。僕のものだ。あの日、僕が恩人から貰った大切な銃だ。衝撃で落としてしまったのか。


 僕が慌てる様子を見て、リュクレーヌは「そうだ!」と思いついたように手を叩く。


「とりあえず、投げていい?」


 リュクレーヌは振りかぶる。綺麗な、ワインドアップだった。


「えっ、ちょっ……」


「大丈夫、大丈夫! 俺、肩強いか、らっ!」


 そう言って、リュクレーヌは僕のスチームパンク銃をとんでもない速さで投げた。


 スチームパンク銃はくるくると軌道を描きながら、僕の元へとまっすぐ向かって行く。


 駄目だ! こんな馬鹿正直な軌道、マスカに読まれてあの触手でホームランの如く打ち返されるって!


『シャァァァァッ』


 ほら、触手めっちゃ自信持って振ってるよ! 


 けど。


「えええええっ!?」


 軌道はぐにゃりと曲がる。まるで、迫る触手を避けるように。


 そのまま、スチームパンク銃は見事な弧を描く。


 そして、僕の皮手袋の中にぽすっと納まった。


「いえーい! 見たか、俺の変化球! 思い切り見逃したな」


 リュクレーヌは子供のようにガッツポーズをしながらマスカを挑発する。


『キシャァァァァ!! キシャァ!』


 それが癪に障ったのか、マスカは


「……えっ?」


 僕を口元に近づけ、食べようとしていた。


「ま、待って待って待って! なんで僕!? 煽ったのはあの人だよ!」


 あまりにも理不尽な八つ当たりに、僕は言葉が通じないマスカに抗議した。


 けれども、あんぐりと開いた口は待ってくれなかった。


『シャァァァァッ!!!!!』


 今度こそ、もう駄目だ! と思った。


 見つけてしまったんだ。マスカの口の中に、あるものを。


「あっ! あれは! マスカの……仮面……核だ!」

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