都市伝説と名探偵 - 下

「よろしくお願いしまーす!」


 引き続き、騒音まがいの大声で叫びながら男はチラシを配っている。


 多分あのチラシには探偵事務所開店のお知らせが書いてあるのかな?


「ルーナ探偵じ……げほっ、ごほ……あー」


 あ、むせた。あんなに大声を出していたらそうなるよ。


「探偵事務所?」


「なんだ、浮気調査でもしてくれるのか?」


 それでも、男の周りにはギャラリーがわらわらと集まった。探偵という言葉に惹かれたのだろう。


「いえいえ、うちで調査するのはマスカに関する事件のみです」


 僕は両耳を塞いでいた手を、外した。


 ──え? 今、マスカって?


「マスカ? 国家反逆の殺戮さつりく兵器の?」


「ええ。そのマスカです」


 男はぶんぶんと首を縦に振った。


「でも、マスカの取り締まりはアマラ軍がいるじゃないか。ほら、ちょうどそこに」


 ギャラリーの一人が僕らをみつけて指さす。


「あ、あはは……」


 僕は下手くそな営業スマイルを作り、ぎこちなく手を振った。


 男は構わず話し続ける。


「そうですね。マスカは国家反逆の殺戮兵器。しかし、彼らは人の皮を被って我々に紛れながら生活しています」


 男は、胸を張り腰に手を当てて拳でえっへんと胸を叩く。いかにも、自信満々だった。きっと顔には「どやっ」と書いてあるに違いない。


「それを見抜くというのかい? 君が?」


「ええ、もちろん。この名探偵が、マスカの脅威を皆様から取り除いてあげましょう!」


 ええ……自分で名探偵って言っちゃったよ。めちゃくちゃ胡散臭いなあ。


 おや? ギャラリーの中からひとり、彼に近づいている紳士がいる。


「面白い。私はこういうものです」


 紳士は名探偵に名刺を渡した。


「メリーさん。ほう、新聞社の方ですか」


 名探偵は名刺を受け取り名前を復唱した。


「あっ! 僕はこういうもの……って名刺持っていないな……」


 持っていないのかよ!


「しょうがない……名探偵のリュクレーヌ・モントディルーナです!」


 名探偵は大声で自己紹介をした。すると、メリーさんは「よろしく」と言い左手を差し出す。


 リュクレーヌ・モントディルーナ……かあ。やたら長いし珍しい名前だな。


「少し、興味が有るんだ。マスカと……君にね」


 メリーさんがそう言うと、名探偵──リュクレーヌは人差し指を立てて天に向ける。


「では、こういった話をご存知でしょうか。マスカに関する、怖ーい噂」


「噂?」


「マスカは人の皮を被った殺戮兵器。国家反逆を目論む悪党どもが改造人間になった……というのは表向きの話」


「裏が、あるのか?」


「ええ、もちろん」


 マスカの、裏? 僕はさらに聞き耳を立てた。


 この人はもしかして、ファントムの事を知っているのか?


 耳が赤くなるほどに寒いはずなのに、首筋に汗がたらりと伝った。


「むかーしむかし。イギリスの田舎町に幸せな一家が居ました。彼らは五人家族でした」


 子供に読み聞かせをするような口調で、リュクレーヌは語り始める。


 読み聞かせにしては音量がうるさすぎるけど。


「ある日、お母さんが病気で倒れてしまいました」


 リュクレーヌの声が少し暗くなった。同時に僕の心臓も止まりそうになった。


「子供たちはお母さんが死ぬのではないかと不安になりました」


 まってよ。その話は──その子供たちは!


「そんな時、お父さんの元に、一人の商人が訪れます。彼はお父さんに仮面を売りつけました」


「仮面? また、何でそんなものを」


「その仮面は死んだ人間なら誰にでも転生できる、魔法の仮面でした。お父さんは、お母さんが死んだのをたった一人で看取ると、仮面を付け、自殺しました」


 リュクレーヌは淡々と語り続けた。七年前の、僕の家族の話を。


「お父さんは、お母さんの死体に転生しました。子供たちはお母さんが生きているとばかり思い、幸せに暮していました」


 そうだよ。僕らは幸せだった。


「ところが、幸せは長く続きません。お母さんは、満月の夜。化け物となり、子供を殺してしまいました」


「お、お母さんは……もしや」


「そうです。マスカだったのです」


「待てよ! じゃあ、この仮面を売った奴は誰なんだ!」


 メリーさんは問い詰めるように訊いた。僕は、答えを知っている。


 そして、それはもちろんリュクレーヌも──


「聞いたことありません? 悪魔の商人、ファントム」


 やっぱり、知っていた。


「ファントム?」


「黒魔術で仮面を作り出した悪魔です。ファントムは転生を願う人間に仮面を売りつけて、マスカを作り上げていたんですよ。満月の夜に悪魔の契約を持ち掛けるのです」


 リュクレーヌの声は読み聞かせをするものから、怪談をするようなものへと変わった。


 全てを語り終えるとメリーさんはごくりと唾を飲んだ。


 僕は汗をぬぐって呼吸を整えた。僕にとっては最初から最後までこの身で味わった経験談だったから。


「まっ! あくまでも都市伝説です。信じるか信じないかは貴方次第」


 リュクレーヌは元の明るい口調になると、本でも閉じるように両手を合わせて話を締めくくった。


 都市伝説、か。


「──ラン……フラン!」


「あっ! はい!」


 呼びかける声にびくりと肩を震わせた。振り向くと、むっと唇を結んだ先輩たちが居た。


「いつまで聴き入っているんだよ。あんな都市伝説まがいの陰暴論」


「そうそう、あんなのずっと真剣に聴いていて……俺達も話しかけづらかったぞ!」


 都市伝説。陰暴論。そう……だよね。表向きには、マスカはファントムの兵器じゃなくて人体改造を施した反乱分子なんだもん。


 でも──


「……あの人の言っていることは、正しいんです!」


 都市伝説だろうと陰謀論だろうと、あの話は事実だ。ファントムに出会ってしまった僕にとっては。


「はあ? お前、頭おかしくなったのか? 熱でも出たか? 汗かいてるし」


 テンプ先輩は僕の額に手を触れようとした。


 僕はその手を払い除けて「違う!」と強く否定する。僕は、正気だ!


「マスカは……マスカは本当に、人の屍に転生した魂が宿っているんです! 悪魔の商人、ファントムの売る仮面によって」


 ちゃんと本当の事を言わなくちゃ。伝えなくちゃ。自分に嘘はつけない。


 僕が強く言うと、先輩達は一瞬だけ肩をびくりと震わせて目を丸くしていた。


 だが、すぐに二人は顔を見合わせ「ぷっ」とふきだし別の意味で肩を震わせていた。


「お前は本当に、純粋だなあ」


 そう言って同情の眼差して僕の肩を抱く。


「あんな怪しい奴の言う事なんて真面目に聞いて。心配になるよ」


 テンプ先輩に至っては涙を拭っている。


「どうして、誰も分かってくれないんだよ……」


 僕は愚痴を零す。地面に敷き詰められた重い雪へと。

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