第一章 言論の自由市場

第一節


***

国憲ノ魔法

第一編

 (ヴェルヘイルの国体)

第一条

 古神歌に謡われしヴェルヘイルの名は、魔法の規律する大地を尊称するものとする。ヴェルヘイルは帝国を築き、皇帝を戴く。

***


 その日、ネイト・クーヒェラルはいつになく、この退屈な講義を抜け出したくてたまらなかった。

 いや、いつもはこの講義を退屈と思うことなどないのだ。

 休戦中とはいえ、敵国であるはずのノウェイラの出身者である自分に、このヴェルヘイル帝国は臣民の身分を与えてくれている。おまけに、魔法学院の学徒として魔法を学ぶことさえ許してくれている。そのことを思えば。そして、そのように取りはからってくれた、ある恩人の男のことを思えば。

 何より、法官という、正義の体現者になる夢を思えば。

 すべての魔法学の講義は、炎天下で痛いほどに乾ききった喉に流し込む山麓の冷たい湧水のように、価値あるもののはずなのだ。

 だが、このときばかりは、さしものネイトにもこの講義の退屈さが際だって感じられた。

 隣の空席に置いたボディバッグの口を開け、その中にある白い封筒の存在を確かめる。先ほどから何度もそうしている。そしてそのたびに、ネイトの青紫色の瞳が、アメジストのように煌めく。

「喜ぶかな。喜ぶだろうな」

 自然と独り言が漏れ落ちた。前の座席の学徒が不気味がるような顔でこちらを振り返ってくる。だが、気にしない。

 この封筒は、一通の手紙だ。ネイトが師事する師匠の法官に宛てたものだった。

 今朝、このテネンバウム魔法学院に登院する道中のことである。

 プラチナブロンドの長髪が美しい妙齢の女性が、おずおずと声をかけてきた。

 ──ねえ、あなた……あの有名な法官の、お弟子さんなんでしょう? わたしね、あなたのお師匠様に、昔、助けられたことがあって。これをね、お師匠様に渡してほしいの──

 ──いいですけど、これって?──

 ──手紙よ。あなたのお師匠様の裁判のおかげで、わたし、本当に救われたわ。だからお礼を書いたの。ごめんなさいね、こんなこと頼んじゃって。法院に投函して本人に届くのか、わからなかったし。法官閣下の事務所の前にいる人形の兵隊も、なんだか怖くて……──

 お礼の手紙。その言葉を数度反芻して、ネイトの顔には花開くように笑みが生じた。

 自分が師事する師匠の元には、臣民からの手紙が常に大量に届く。そのほとんどは批判や罵詈雑言だ。

 もちろん、裁判すなわち魔法の執行によって利益を得る者は、確かにいる。そうした者はちゃんと感謝してはいるのだろう。しかし、その感謝の対象は、得てして直接裁定を下した法官個人ではなくて、魔法、国家、皇帝、そういったものなのだ。

 だから、師匠宛ての手紙は厳しい言葉が並ぶばかり。

 とにかく、早く本人に届けてあげたかった。このような手紙を受け取れば、あの冷涼な表情ばかりの師匠といえども、嬉しくないわけがない。

「──ヒェラル。ネイト・クーヒェラル!」

 苛立ち混じりの指名が幾度となくかかっていたことに、そこでようやく気がついた。はいっ、と裏返った声で返事をし、弾かれるように立ち上がる。椅子の縁に強くぶつけた膝裏と、くすくす聞こえる周囲の笑い声が痛い。

 いや、嘲笑だけではない。ネイトは自分に奇異なものを見る視線が四方八方から突き刺さるのをこれでもかと感じた。

 それもそのはずだ。この大講堂の座席を二百名以上の学徒が埋めている中で、この少年だけが目立っていた。それは何も、ただ一人ばかみたいに起立をしているからだけではない。

 それは、ネイト・クーヒェラルという少年の特異さにあった。

 その見た目からいえば、わずかに波打つように癖のついた髪は淡い紫色。今、焦りに揺らぐ大きな瞳は、深みのある青紫色とくる。このような色の髪や瞳は、ここ帝都やその近傍では見られないものだ。

 それもそのはず。紫系の色の髪と虹彩は、皇領よりはるか先、北方大陸南部の人々に特有のものだ。すなわちそれは、ノウェイラ──休戦中の敵国、その出身者であることを強く推定させるものだった。

 領土の半分を奪われた国の民が、あろうことかわざわざ敵国へと渡り、しかも帝都屈指の名門であるこのテネンバウム魔法学院で学を修めている。周囲から特異と見られるだけならまだ良いが、それだけでは済まない。

 眉間にしわを何本も刻んだ教授が、片の拳を口元に当てながらわざとらしく咳払いをした。そして丸眼鏡の奥からじらりとネイトを睨みつけつつ、バスの音域の声で、まるで蛇がまきつくように話した。

「クーヒェラル君。集中して聴講する必要もないほどに自習が済んでいるようであるから、君におさらいをしてもらうとしようか」

「いえいえ、サヴィニー教授! 決して僕は、そんなつもりでは──」

「“魔法”とは何か、そして“魔法の支配”とはどのような意義であるか。述べてみたまえ」

 小さくひとつ溜め息を落とす。サヴィニー教授にこのように睨みつけられれば最後、彼が満足するまで質問の嵐で責め苛まれるのだ。

 しかし、ネイトとて法官を志す身、この程度の質問に答えられないことはない。腹をくくり、背筋を伸ばす。軽く息を吸って、通った声を講堂に響かせ始めた。

「そもそも魔法とは、法を生み出し、この皇領に強制的に通用させる力。または、その力によって制定された法の内容のことを指します。

 魔法の下では、その執行力を皇帝陛下から分与された者、すなわち法官が、人の嘘に惑わされることなく、絶対的な真実を見抜くことができる。そして、魔法に法定された基準にのっとり公正公平な裁きを下します。

 このシステムの下に国家が統治された状態。それが、“魔法の支配”です」

 鼻筋が通った顔立ちには、十七歳という年齢にふさわしい成熟過程の青少年の気配を忍ばせつつも、幼い少年らしさもまた色濃く残されている。いうなれば童顔気味の美形である彼は、もう少し髪が長ければ女子とも見紛いかねない。

 説いている内容は、帝国臣民にとっては極めて基本的な事柄だ。だが、ネイトの語り口は、端的で明快な要説、そして彼自身のここでは特異な出自も相まって、この講堂の耳目を隅々までかき集めていた。

「この魔法の支配を、ヴェルヘイル帝国は世界に広げようとしています。これこそが世界の恒久平和を実現する唯一の方途であると、皇帝陛下はお信じになるからです」

「そうだ。そのとおり、端的で明快な論述だとも」サヴィニーが粘っこい相槌を打つ。「では、クーヒェラル君。続いては、魔法の支配の現代史的展開について述べてみたまえ。我が帝国と、ノウェイラとの関係に言及しつつ、な」

 サヴィニー教授の顔に浮かんだのは、意地の悪い笑みだった。その腹中を察せないほど、ネイトは鈍くはない。

 要するに、サヴィニー教授は個人的にネイトが気に入らないのだ。今なお休戦中の敵国であり、六年前には事実上の敗戦を喫した国であるノウェイラの人間が、今こうして臣民の地位を得、あまつさえ、この由緒正しいテネンバウム魔法学院の学徒たり得ているという事実。それが臣民としてのプライドに障るのか、はたまた政治的信条からか、いずれにせよ、サヴィニー教授にとっては面白くないらしい。

 ネイトの祖国がどのような状態にあるか、ネイトの口から述べさせる。このような陰湿な教導は、今に始まったことではなかった。

 ネイトは特段うろたえる様子もなく、平然とした口調で淡々と語る。

「帝国は、“魔法の支配”を世界に広げるべく、いまだ“人の支配”や“法の支配”に留まる未開の国々を併合し続けています。そして今から七年前、帝歴一二二九年にはノウェイラとの戦端が開かれました。翌年、一二三〇年には、ノウェイラはその領土の北半分を帝国に割譲。休戦協定が締結されました。ノウェイラ全土が完全な魔法の支配に服する日も近いでしょう」

 祖国が帝国に半ば屈したこの歴史を述べさせられることで、僕が屈辱を感じるなんて思ったか?

 大間違いさ。

 言外にそう告げるかのように、ネイトはむしろ勝ち誇るようにその事実を告げきった。

 意に外れてまったく悲哀を滲ませる様子のないネイトの姿に一層機嫌を損ねたか、サヴィニー教授は苦虫を噛み潰したような顔だ。苛立ちを滲ませた声で、サヴィニーは主導権を奪い返そうとするように講義を繋いだ。

「……そうだ。そして南半分の残地にすがりつく愚かなノウェイラ政府は、今更になって魔法の価値を認めつつある。帝都の視察、共同資源開発、人材交流。そうしたものが近時は活発化しつつある」

 そこでサヴィニー教授の細く長い腕が広げられ、高らかに言を継ぐ。

「とりわけ学問の世界ではどうか。我ら帝国法学会の尽力があり、ノウェイラの法科大学に対し、我が学会から講師を派遣する機会が設けられた。魔法学の知見が、ついにあの蛮国に初上陸する運びとなって──」

「待ってください、教授。それは違います」

 意気揚々と講義を続けようとしたサヴィニー教授の言葉を、ネイトは断つ。

 このままサヴィニー教授が喋り続ければ、勝手に機嫌は戻っていくとは思われた。だがそれでも、ネイトにとっては黙っていられないことを教授は述べたのだ。

「初上陸なんかじゃありません。ノウェイラにはもっと早くから、帝国が魔法として定めている法内容を自国にも輸入するべきだと主張していた人がいたんです」

「ほう、それは」

 たるんだ青白い下瞼を大きくひくつかせるサヴィニー教授。

「なかなか興味深い話だ。ヨーゼフ・フンボルトの『現代諸国政相』にもルー・ブラックスの『共和国大自決抗争』にもそのような人物は記されていない。恐縮だが是非とも教えていただければ幸甚だよ、クーヒェラル君」

「ネフティス・クーヒェラル。比較法学者。私の父です」

 サヴィニー教授は口を木の虚のようにぽかんと開ける。そして次には、堰を切ったかのような大笑を講堂一杯に響かせた。

「いったいどの博士の名を挙げるかと思えば! この講義は君のご家系を紹介する場ではないのだがね!」

「家族は家族ですが、ネフティス・クーヒェラルはれっきとした法学博士。比較法学の権威です。戦前から一貫して、魔法の……その内容面の有用性を説いていました」

「黙れ。私もノウェイラの法学界には通じている自負があるが、そのような名は聞いたことがない。それに、魔法の法内容の輸入だと? ありえん。そのような主張がノウェイラ人から自発的に出たことなど、ない」

「でも、事実です!」ネイトは食らいつくように反論する。「開戦直前のノウェイラは、魔法の有用性を主張する人間なんて、その存在すら認めたくはなかった。だから父の国会での提言は議事録から消し飛ばされたし、検閲で新聞の紙面からも抹消されました。でももっと年を遡れば、ネフティスの主張が書かれた記事は今だって確かめられます」

「黙れと言ったのが聞こえないのか? 今は私の“一般魔法史”なのだが?」

「でも、ここは学院ですし、真理と真実を探求する場ですよね? サヴィニー教授がネフティス・クーヒェラルや魔法輸入の主張の事実を知らないのは、単に教授の調査不足です。そうだ、今度資料をお持ちに──」

 ネイトはこの時、ただ純真に、これが学問のあるべき姿と信じて反論をしていたに過ぎない。確かにサヴィニー教授に多少いびられることはあっても、それに一つ逆襲してやろうなどと思い立ったわけではなかったのだ。

 だが、たとえ動機や目的がいくら純粋で正当でも、“教授の調査不足です”──この発言は完全に失敗だったと評するほかはない。その一言はサヴィニー教授の薄青い顔色を、一瞬のうちに溶岩のような赤に変貌させるに足るものだった。

レジス・アクティオ魔法的執行! “失声”!」

 サヴィニー教授は重低音の声を震わせて、その言葉を詠唱してみせた。

 直後、ネイトに向けて突き出された教授の右手に異変が起きた。その手首に、青い光の円陣が枷のように灯ったのが見えたのだ。

 異変はさらに続く。今度はネイトの首を中心として、半径一メートルはあろう青い光の円陣が現れた。そこに描かれた幾何学模様や、判読不能な厳めしい字体の文字列は、空気を引きちぎるような甲高い音を立てて左に右にと回転する。かと思うと、一秒経つか経たないかのうちに、円陣ごとネイトの首に吸い込まれるように収束して消えた。

 ネイトの首には、その厳めしい文字列が何周もまきつくように残り、それは青い光を放つ。青い光のありようは、まるで鼓動するように、強く、弱くを繰り返している。

 ネイトが目を白黒させながら口をぱくぱくと開く。

 な、なんだ?

 今のって、もしかして、魔法? 魔法の執行ですか?

 も、申し訳ありません教授! 僕、どの魔法に違反したんでしょうか!

 ――と、ネイトは喋った。

 いや、喋ったつもりだった。

 だが、不思議なことに、声が出ない。言葉を発しようとしても、口だけが空しく空気を噛むばかりで、音を生み出さないのだ。

「無駄だ、クーヒェラル君。私の講義の妨げを排除する限りにおいて魔法を執行した。

 学院運営魔法第三六条──“学徒は、講義その他の学院事業を妨げてはならない。”

 同第三七条──“教授及び准教授は、前条に違反する学徒があると認めるときは、講義その他の学院事業の現場においてのみ、その学徒を失声させ、その他言動の統御をすることができる。”

 つまりだ。この講堂にいる間、君の独自研究の発表会はお預けだ」

 サヴィニー教授のその言葉は、さながら勝利宣言だった。この言葉を皮切りにして、ネイトに集中していた他の学徒たちの視線は、それを束ねていた紐を解いたようにネイトから剥がれていく。

 学徒たちの顔に浮かぶ感情は様々だ。ネイトに対する嘲笑、あるいは呆れ。講義の静謐さを乱されたことに対してか、怒りの表情をあらわにする学徒もいる。いま、大きな溜め息をついた学徒は、見世物としてまあまあ愉快だった舌戦が終わり、退屈な講義に戻ってしまったことに、落胆でもしたのだろうか。

 ネイトは、自席にすとんと腰を落とした。何も反論することができなくなった以上、そうするほかはない。

 まさか、という思いだ。自分が魔法に違反し、魔法の執行を受けるなどとは夢にも思わなかった。

 ためしに、あー、とか、うー、とか声を出してみようと口を開いてみる。

 だが、魔法効果とは見事なものだ、本当に声が出ない。

 のどに手を当てれば声帯が震えているのを感じることはできる。それなのに、音がわずかも生じてこないというのは、なんとも奇妙な感覚だ。

 はあ、と大きな溜息をつく。そして、自省する。

 言わなければと思ったことをすぐに言ってしまうその多弁がネイトの癖だ。その前のめりな性格をしばしば師匠には指摘されてはきた。直そうかとも思ったが直らない。しかし、仕方がないではないか。黙っていても悔しいし、いつ正しいことを言う機会が訪れるかはわからないし。

(父さんは、確かにいたんだ)

 わざと大きく口を開き、揚々と講義を続けるサヴィニー教授に向けて声なき声を差し向ける。

(ノウェイラのために、ノウェイラにいたんだ。ノウェイラに殺されるまで、ずっとそこに)

 大勢の学徒たちの中で、真実を訴える声を聞くのは自分だけ。胸の底から黒いものがこみ上げてくるのを感じて、ネイトは俯き、瞼をかたく閉じたのだった。



 その日の講義がすべて終了したことを告げる鐘が鳴り出すと、鳴り終わるまでにはネイトは学院を飛び出していた。

「あー、あー。──よし! これで喋れる!」

 “講義その他の学院事業の現場においてのみ”効力が存続する“失声”処分の魔法効果は、その魔法の条項どおり、学院の敷地を出たネイトを解放したようだ。

 淡い紫色の髪にたっぷりと風を孕ませ、フラノ地のジャケットの裾を強くなびかせながら、一目散に師匠の居所を目指す。

 石畳の坂道を転がるように走っていくネイトの周囲の街並みは、空といい建物といい、まるで燃え立つような鮮やかな橙で染まっていた。

 街の風景がこうも赤々と輝くのは、公的機関の建物から臣民の住家に至るまで、その石材が赤系の暖色に統一されているからだ。そのほかにも、建物の位置から高さから、あらゆる仕様や都市設計が建築統制魔法で緻密に規律されている。つまりは、この街並みの美しさもまた、魔法のもたらす秩序の産物といえるだろう。

 ある詩人が、帝国の栄華と魔法の支配を称えて詠うところによれば、この帝都ヴェルアレスは、けだし“燃え立つ暁の都”。

 もっとも、今は暁ではなく黄昏の時刻ではあるが、その異名のとおりに都が“燃え立つ”には、やはりこの夕刻の赤々とした太陽がふさわしい。

 暮れなずむ空の下、山高帽に黒いダブルコートを着込んだ紳士や、豪奢なドレスを着た貴婦人が往来を行く。今日の労働からいちはやく解放された労働者、そしてパーティー帰りの富裕層といったところか。

 遠くに見える大通りには、甲虫のような丸い自動車たち。タイヤの中で放射状に伸びたスポークが、銀の光を返す。通り一面、石英を多量に含んだ夕の砂浜のように光り輝いていた。 

 冷たい空気に白い息を小刻みに吐きながら、ネイトは思う。

 まるでここは夢の街。いや、あるいは、祖国ノウェイラの破壊と悲鳴が渦巻く荒んだ街にいたときの方が、夢だったのか。

「あれ? なんだ、今の」

 駆けていた足を止め、数歩戻る。妙なものを路地裏の中に見つけたからだ。日が傾ぐにつれ伸びる帝都の陰、その中で行われていた“それ”は、ネイトのちょっとした夢見心地に厚い幕を引くには十分なものだった。



 ネイトはその時、思い出していた。師匠の呆れ顔を。

 ──まったく私には不可解だ。おまえはどうしてそう、自分に関係のないことにばかり首を突っ込めるのか──

 また、同じことを言われてしまうかもしれない。

 だが、放ってはおけなかった。

 ネイトが見つけたのは、煉瓦造りの住家の合間にある四つの人影だった。

 そしてよく見れば、人影は一つと三つとに分けることができる。

 一つのほうは、家の壁にへばりつくように立つ少年。背丈が低く、線も細い。顔を強ばらせ、ほとんど瞬きせず視線を宙に投げ出している。推して量るにネイトと同い年、あるいは少し年下、要するに十代半ば過ぎといったところだろうか。

 怯えの原因は、かの少年が相対している三つの人影の方にあることは明らかだった。彼ら三人の着崩した服、耳に重そうにぶらさがる無骨なピアス、そして礼儀や節度とは無縁そうな粗暴な表情とくれば、この青年らの素行には多言を要しない。

 何が行われているのかは察しがついた。治安の悪化しきった自分の故郷だけではない。世界に覇を唱え、究極の法を作り上げたとされるこの大帝国であっても、それはあるということだ。恐喝、たかり、いじめ、表現はなんでもよい。三人のうちの一人、しょっちゅう乾いた唇を舌で潤している、とかげのような印象の男の右手には、紙幣が数枚握られている。要は、そういうことだ。

「おい、よく聞こえなかったな。もう一度言ってみろ。オレたちが、こいつにいったい何をしていたって?」

 三人のうち、最も体格のよい大男が問うてきた。ゆっくりとした口調はしかし、確実にこちらを威圧しようとしている。

 だが、幸か不幸か、それで臆するような感受性をネイトは持ち合わせていなかった。

「あれ、聞こえませんでしたか? はっきり申し上げたつもりだったんですが、これは失礼しました」

 ネイトはにこやかに言い、直後に表情を一変、目の前の大男をキッと睨めつけた。

「犯罪です。あなたたちは魔法に反しています。これは立派な恐喝罪です」

「き、きみ……!」

 恐れを知らないその言動に愕然として、恐喝されていた少年が戦慄している。

 続いて口を開いたのは、取り巻きの二人だ。

「ちがぁう! キョウカツじゃねえ、キョウイクなんだよこれは。こいつのクソ親父はな、十年前に帝国に滅ぼされたばっかの国のよそ者のくせに、オレたちのシマでたんまりカネを儲けてやがる」

「響いてんだよ、ウチの親父の商売に! 三十年もそこで店やってたのによ! 立派な盗みみたいなもんだろ? 盗られたカネは返してもらわねえとな、え? そうだろおい、セートーボーエーってやつだ!」

 そして、大男がネイトに迫る。大男は腰を屈め、鼻先をネイトに近づけた。ネイトも引かない。結果、吐息の嫌な臭いも感じられるほどの距離でにらみ付けられる格好になる。

「てめえはそんじょそこらの人間とはずいぶん違うな。髪の色も、目の色も。さてはあれだ、“外民”だな? いったいどこの生まれだ? いったいいつ帝国に併合された国のもんだ?」

「はあ? そんなこと、いったい何の関係があるんです?」

「あるに決まってんだろ。俺たちのイエは“貴存民”のもんだ。こん国の歴史でな、先輩なんだよ。わかるか? そんでてめえらが“外民”、要するに臣民になって日が浅ぇ後輩ってわけだ。後輩には先輩がキョウイクしてやる。そういうもんなんだよ」

 いよいよ、ばからしくて嫌になる。

 だが、この大男が言っているような考え方を持つ臣民は、実は少ないとはいえないのも確かだ。銀髪と白い肌が特徴的な北方民族系のように、建国以来長らく臣民を構成してきた者らは“貴存民”と呼ばれることがある。だが、得てしてこの表現は、故郷が併合されてからの歴史が浅い臣民を“外民”と称して差別的に取り扱う文脈の中で登場するものだ。

「僕は、」

 少し、躊躇をした。

 自分がどこから来たのかなど答えれば、こいつらはどういう反応をするか。ああそうですか、とはいかないだろう。そもそも答える必要すらどこにもない。

 だが、だからといって沈黙はしたくなかった。ここで黙秘する自分を許せる気がしなかったのだ。

「僕は、ノウェイラ人です。それもいまだ併合されていない、南ノウェイラの出身ですよ」

 大男が目を見開き、触れるか触れないかの距離だった鼻先をゆっくりと引く。そして隣の青年と目を見合わせ、反対側の青年とも目を見合わせ、そして再びネイトを見下ろして、にやりと片の口角を裂いてみせた。

「こいつぁー驚いた。おい聞いたか! こいつはそもそも、敵だ! 帝国に刃向かう敵国の人間だ!」

「あのねえ、いい加減にしてくださいよ? 僕には立派な臣民の身分があるんです! っていうか、そんなこと今は関係ないでしょ!? 大人しく近くの法院に出頭してください。そして魔法の執行を受け──がはっ」

 瞬間、視界がぐらりと揺らぎ、口から空気の塊を吐いた。

 おそるおそる視線を下にやれば、大男の右腕が腹にめり込んでいる。

「ふざけるな。てめえなんぞにとやかく言われる筋合いはねえんだよ」

 数瞬遅れて、凄まじい鈍痛が腹から全身に広がっていく感覚。足に力を入れたが、無駄だった。咳き込みながら、あえなく崩れ落ちる。

「答えろ。てめえはなんでここにいる。オレたちの国に、何しに来た」

 口角から溢れた唾液を右手の甲でぬぐいながら、ネイトは負けじと不敵な笑みで睨み返す。

「──ふん。何を勘違いしているかわかりませんが。残念でしたね、僕はあなたと違って後ろめたいようなことは何一つしていません。僕の身分はあなたたちなんかよりずっと堅いですよ? なんていったって僕は、法官の弟子としてここにいるんですから」

 返事の代わりに蹴りが飛んできて、吹っ飛んだネイトは優に三メートルは転がった。

「ホラ吹いてんじゃねえ! てめえみてえな敵国の野郎を弟子にとるような、トチ狂った法官がいてたまるか! てめえが法官になるなんてありえねえんだよ! ここはオレたちの国だ! オレたちを舐めるな! 帝国臣民を、舐めるんじゃねえッ!」

 手入れの行き届いていない、裂け目だらけの革靴の踵が、ネイトの胸といい腹といいに何度も降ってきた。何度も繰り返される打撃音の合間で、恐喝されていた少年の「ひいぃ」という上ずった声が時折聞こえた。

 いよいよ立ち上がろうとする体力すらなくなった時、ネイトは揺らぐ視界の端に光るものを見た。ナイフだ。

 建物の隙間から覗く太陽。その光を反射して、眩く閃く銀の凶器。

 大男が顎をくいとしゃくり上げると、その指示を受け取って、下卑た笑いを浮かべる取り巻き二人がネイトの両腕を抱え上げた。大男は眼前でしゃがみこんだかと思うと、胸ぐらを掴んできた。無理矢理に空の方を見上げさせられる格好だ。

 建物の軒に挟まれた狭い空が、意識のもうろうとなった青紫の瞳に映る。

「てめえの澄ました小綺麗な顔、もっと男らしく作り替えてやるよ」

 視野の下端に、とどめと言わんばかりにナイフを振りかぶる姿が見える。

「──てやる」

「あ?」

「けしてやる」

 気づけば、依然として空に視線を放り投げながら、そんなことを言っていた。

 大男はナイフを振り上げた姿勢のまま、片眉をつり上げて怪訝そうな顔をしている。

 ネイトは、ゆっくりとその感情の失せた瞳を下ろし、大男の方へと差し向けた。

「おまえら、みたいなやつ。ぜんぶ……けしてやる」

 狂いやがった、と大男はひとしきり笑ったのち、

「──ほざくなぁッ!」

 風を切る音を伴って、ナイフの刃がネイトの顔面に振り下ろされる。

 ──だが。

「うっ……!?」

 ネイトがその血を散らす惨劇の瞬間は、いくら待っても来なかった。

 振り下ろされたはずのナイフの切っ先は、髪と同じ淡い紫色の睫毛に触れたところで、ぴたりと静止していた。

 いまだ回転せぬ思考。何が起こったのか、まったくわからない。大男が寸前で腕を止めたのだろうか。しかし、あれだけ勢いよく振り下ろしておきながら、あと約一センチというところで腕を石のように固まらせて止めるなどと、そのような芸当が果たしてこの粗暴な男に可能なのだろうか。

「う、う、腕が、」

 現に、この状態をもたらしたものは、人間業ではないようだ。大男の次の言葉が、それを証明した。

「腕が、動かねえ!」

 不可思議な現象が、眼前で起きている。ナイフを掴んだ大男の右腕が、まさに彫刻のように固まっていた。大男が身をよじろうと、右腕を左手で叩こうと、びくりとも動かない。

 不可思議なのはそれだけではない。その右腕には、赤い光の鎖がまきついているのだ。

 いや、正確にいえば、鎖ではない。それは光る文字列だった。皇帝がその口で紡いだ魔法の条項、その記述が人智を超越した魔の桎梏となって、大男の手を緊縛している。

 奇々怪々な事態に恐れをなしたのか、ネイトの体を抱え上げていた取り巻きもあっさりと手を離し、おろおろと後ずさりしていく。

 そして。


「──レジス・アクティオ、」


 どこからともなく、清冷な女の声。

 その声は、両側の壁を伝い、狭い夕空へと駆け上がり、幾重にも反響してこの場にいる者たちを包み込む。

「執行魔法、第三十九条。──“除却”」

「がああっ!?」

 直後、さらに奇怪なことが起こった。今度は大男の巨躯が、彼の背中の方向へと吹き飛んだのだ。その距離はネイトが大男に蹴り飛ばされたときよりも遙かに長く、十メートルは超えただろう。

 大男は積み上げられていた木箱に突っ込み、派手な破壊音が上がる。木片や酒瓶に埋もれながら、悶絶する大男。それを見て、取り巻きどもが素っ頓狂な悲鳴を上げる。恐喝されていた少年は、もはや現実と夢の区別もついていないような呆然とした顔つきだ。

「──どうやら、」ネイトの背後から、カツ、カツ、と足音が近づく。「不快な思いをさせたようだ。正式に謝罪を申し上げよう。我が帝国に仇なす国の出身者を弟子に取る“トチ狂った法官”で、誠にすまない」

 振り返ればそこに、清冽な水の如き声の主。

 最初、大通りからの逆光でその姿は黒くしか見えなかった。だが、こちらに一歩ずつ近づいてくるにつれ、徐々に彼女の姿は明らかとなる。

 まず目を引くのは、建物の間を吹き抜ける風にそよぐ、流れるような銀の長髪。

 白磁のような白い頬。桃色づいた唇は、小さく一文字に引き結ばれている。

 髪と同じ色の長い睫毛が並ぶ瞼は半目に伏せられ、その瞳は血のような深い紅色。

 幽玄に揺れる、黒のロングスカート。その長めに切った左右のスリットから、黒いタイツに包まれたしなやかな脚が、一歩、また一歩と路面を打つ。

 上衣は、赤色を基調としたもので、肩から襟にかけてと袖が気品のある深い黒に縁どられている。その黒い肩に輝く徽章は、太陽を象った帝国の国章に、天秤を組み合わせ、そしてその天秤の支点に目を配した図像だ。

 天秤と目は、魔法の象徴として知られる。彼女の身分を言葉なく語るには、十分だった。

「ほ、法官!? おい、どういうことだよミゲル! ここなら見つからないって言ってたのに!」取り巻きの一人が叫び、「待ってくれ! いや、待ってください! 俺たちは何も……! 直接殴ったのは、オレじゃないんです!」もう一人が、今にも泣き出しそうな顔で懇願を始めた。

 法官は立ち止まり、だが地に膝をつけてこいねがう不良二人には目もくれないまま、虚空を見上げて言った。

「では、そこにいる弟子の教育も兼ね、刑の執行の前に教戒を授けよう」

 そして、淡々とした口調で続ける。

「断罪ノ魔法、その第三編、第一〇条。“人の身体を傷害した者は、十五年以下の禁獄又は五十万ライヒスライト以下の罰金に処する。” この罪に関して、おまえたち二人はそこの男を幇助した。従犯もまた処罰に値する」

「な、なにを言ってんのか……」

「意味がわからないと? では、ゆっくり考えて理解を深めればいい。幸い、その時間はたっぷりと与えてやることができる。

 レジス・アクティオ。“判決”。眼前罪人二名を禁獄一年に処する」

 二人の取り巻きのへたり込んでいるそこに、光り輝く赤い円陣が生じた。円陣は大小異なる円が重なってできていて、それらの合間には魔法の条文が記述された文字列が描画されている。文字列は、円の一層ごとに異なった方向に回転をし始めた。

 取り巻きどもが悲鳴を上げるが、彼らは立ち上がろうとはしない。いや、立ち上がれないのだろう。彼らが地に触れている手足や腰には、円陣から這い出た条文の鎖がしっかりと巻き付き、地に引きずり込もうとしていた。

 円陣の回転は徐々に早くなっていく。その速さが増すほどに、この世のものとは思えない、絶叫を幾重にも重ね合わせたような音がよりけたたましく響く。しまいには、取り巻きどもの悲鳴もかき消えるほどにまで。

 そして、閃光はひとたび、まばゆく弾け。

 同時、取り巻き二人は円陣の中に呑み込まれて跡形もなく消失し、後には静寂が残された。

「レーア、さん」

 ネイトはようやく、彼女が天よりの使徒でもなければ地獄の使者でもないことを把握するだけの理性を取り戻した。

 魔法を司る法官にして、ネイトの若き師匠でもある彼女──レーア・ゼーゼベルケは、再び一歩を踏み出し、その踵がかつんと硬い音を立てた。

 依然としてその場にへたり込んでいるネイトに近づくと、レーアはそこで立ち止まる。レーアは筋の通った鼻梁を正面に向けたまま、ネイトを下目に一瞥した。彼女はそのまま何も言わずに歩みを再開し、ネイトの横を通り過ぎていった。

 そして、今やすっかり気が小さくなり、大きいのは図体だけとなった大男へと迫っていく。

「あ、あ、あ」と、大男が言葉にならない声を上げながら尻で後ずさりをする。

「これであの二人は一年の間、帝都地下深くの監獄で充実した日々を送る。さて、おまえはどれくらい“向こうの生活”を楽しむに値するのか。おまえの罪の経歴スティグマを見せてみろ」

 今度は、大男がネイトと同じ目に合う番だった。レーアは白手袋をはめた右手で、大男の顎をむんずと掴み、勢いよく押す。大男の後頭部が石壁に当たり、がつんと痛々しい音を立てた。大男は目尻から大粒の涙を流す。

 レーアは構う様子なく、大男の目を覗き込むような姿勢になった。

 レーアの目には、見えているに違いない。

 大男の身体に浮かぶ、罪を犯した者の証──“スティグマ”が。

 魔法の支配が及んでいるこの皇領の中では、魔法に反し罪を犯したその瞬間から、スティグマと呼ばれる呪印が罪人の体に浮かび上がるという。もっとも、その呪印は法官だけが目にすることができるとされ、法官ではないネイトは見たことがあるはずもない。

 スティグマは、罪を犯したという事実を法官の目に明らかにするのみではない。スティグマには、情報が書き込まれているのだ。いつ、どこで、どのような状況で罪を犯したのか。いかなる境遇のもと、いかなる犯意においてその罪に及んだのか。法官が罪を裁くために必要なそうした一切の真実が、スティグマという呪印に格納されている。

 いまレーアがそうしているように、法官は、スティグマを刻まれた者の瞳を覗き込めば、犯した罪に関する全ての真実をスティグマから読み出すことができる。

 魔法を持たない他の国は、罪を犯したと疑われる者が真にそうであるのかを巡って、証拠や証言を必死に並べながら法廷で争う。その営みをあざ笑うように、帝国の法官は一瞬のうちに、神の目にのみ明らかにされるはずの絶対的真実を見抜くことができるのだ。

 大男は空を見上げさせられる格好となりながら、口を魚のようにぱくぱくと開閉させる。

「ち、違う……違うんです……」

「この少年と私の弟子だけ、ではないな。暴行……七件、恐喝が……五件」

「正当防衛なんです……本当なんです……」

「正当防衛?」レーアが、ふん、と鼻を鳴らす。「断罪ノ魔法第一編第七五条の正当防衛が成立するには、“急迫不正の侵害”に対し、“権利の防衛”のため、“やむを得ずにした行為”でなければならない。そのような情状は、おまえのスティグマからは読み取ることができないが」

「で、でも……でも……!」

「ではためしに教えてもらおうか。私の弟子を私に無断で男前に整形しようとした、その正当な理由はいったいどこにあるのか」

「っ! そ、そいつのことなら……」大男の目が、ネイトを見た。「そいつは、ノウェイラ人だ! 敵国から来た人間なんだ! おかしいじゃないか! 平然と、オレたちの街を歩いてるなんて! そうだ、ス、スパイかもしれない!」

 レーアの目は一層細められ、静かな──だが、確かな怒りが滾っているのがわかる。

「とにかく、そいつはオレたちとは違う! “相応しい身分”ってものがあるでしょう! なのに、オレたちと同じ街でメシ食ったり、商売するなんて! そもそも、帝国の地を、踏んでいいはずが──」

「レジス・アクティオ。“判決”」

 高らかな宣告が、大男の涙ながらの弁明を断ち切った。

「貴様は魔法の精神を教戒するにも値しない。消え失せろ。二度と私の目の前に現れるな。──眼前罪人を禁獄五年に処する」

 赤い円陣が再び現れ、大男を捕縛する。断末魔のように彼は叫び、もがき──だが結局は、閃光がバチンと弾けた瞬間、円陣と共に姿を消した。赤白い火の粉のようなものがちらちらと降って、それもやがて、石畳の路面に吸われて消えた。

 ぱんぱん、と両手をはたく音。銀髪をなびかせ、レーアがこちらを見た。そして次に、恐喝されていた少年に視線を移す。

 その視線の移ろいを見て、ネイトははっとした。当初の被害者の存在を思い出したのだ。

 ネイトは激痛を堪えながら立ち上がり、少年に駆け寄って、

「きみ! 大丈夫ですか!? けがは? って、してるに決まってるか。ええと、一緒に病院に行きましょう、ね?」

 だが、少年はネイトの方を見ようとしなかった。その皿のような目は、赤い執行衣の銀髪の法官に釘付けになっている。

 少年は呟いた。

「“法令遵守の虐殺者”……」

「え」ネイトは少年を見つめる。

 少年は、慌てて立ち上がった。ネイトが引き留めようとするのも振り払って。路面に落ちている、喝取されかけた紙幣には目もくれず。傷だらけの身体を引きずるようにして、しまいには路地裏から大通りの人の歩みの中へと姿を消してしまった。

 ──法令遵守の虐殺者。

 レーアの顔を振り返り、見上げる。レーアは、少年が消えた大通りの方など見てはいなかった。最初から興味がないとでも言うような、無感動な表情で佇立しているだけだ。

 だが、ネイトは思う。

 何も感じないはずはない。人を救っておいて、その救った人間に虐殺者呼ばわりされて、何も感じないなど、あるわけがない、はずだ。

「あ……ありがとうございます、レーアさん! 本当に、助かりました! ……あの、やっぱりレーアさんは、かっこいいです。僕の憧れの師匠です!」

 だから、せめて自分だけはその行いに報いなければと思った。それが正解か、報い方もこれで合っているのかは、わからなかったが。

 それでも、偽ったわけではない。これは本心なのだから。

 レーアはネイトの正面に立つと、彼と同じ目線の高さまでしゃがんだ。

 鼻から薄く息を漏らしたあと、じとっとした半目でしばらくネイトを見る。そうかと思うと、おもむろにネイトの頬をぎゅうとつねって、

「不可解だ」

「え」

「おまえはどうしてそう、自分に関係のないことにばかり首を突っ込めるのか」

 やはり、今回も言われてしまった。

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