3 選択肢

 ケトルがカタリと音を立てる。お湯が沸いた合図だ。京本はタバコを咥えたままトクトクとカップにお湯を注ぐ。香ばしい芳醇なコーヒーの香りとタバコの煙がまざりあう。

 京本は「熱っ!熱っ!」と言いながらカップの縁を持って机にコーヒーを運ぶ。ついでとばかりに何本かのスティック状の袋に入った砂糖も指に挟んでいたから今にもコーヒーが溢れそうであった。

 白い湯気がもうもうと立ち込めるコーヒーを陣はちびちびと舐めるように飲む。

「させと、そろそろ素行不良の生徒を指導するか」

 そう言って京本は陣の向かいの席に着くとポケット灰皿でタバコを消した。

「素行不良の教師に務まるんですか?」

「とりあえず『やった』という形式が必要な仕事ってのは大人にはあるんだよ」

 京本は苦笑した。

「上を納得させる為だけの仕事ですか。くだらない」

 陣は鼻で笑った。

「そういうくだらなさの積み重ねで世の中回ってるんだ」

「嫌な世界だ」

「全くだ。お前みたいな頭のいいやつには生きづらいだろうな」

 京本はスティック砂糖を3本もコーヒーに入れるとカップを揺らしてクルクルとかき混ぜる。

「それでも、残念なことに世の中はどうしようもなく回り続ける。止まらない」

「妥協しろというんですか?」

 陣はコーヒーを置いてため息をついた。

「それもひとつの手だてだな。妥協して、周りと合わせて平和に暮らす。つまらんが安泰だぞ」

 京本はカップを覗き込み白い湯気にフーっと息を吹きかける。

「他の手があると?」

 京本はカップに口をつけた。しかし、その目は陣の瞳を捉えていた。

 京本はコーヒーを三分の一ほど飲みテーブルに置くと静かに言った。

「本気になることだ」

「本気?俺は頑張らないがモットーなんで」

 陣はケタケタと笑いながら首を横に振った。

 京本はあははと笑うと、簡単なことだとばかりにあっけらかんと言う。

「馬鹿だな。俺は頑張れなんて甘いこと言ってないぞ。本気になれと言ったんだ」

 陣には京本が何を言っているのかわからなかった。きっと漫画の世界なら頭にクエッションマークが幾つも並んでいるだろう。

 その様子を見て京本は語り出す。

「死にものぐるいで何かを極める。他者を蹴落とす。自分の意思で、自分の世界を切り開くそれが本気だ。頑張ろうがサボろうが関係ない。結果で他人を屈服させる。それが本気の世界だ」

「本気の世界……」

「俺は今からお前に2つの提案をする。どちらを選ぶもお前の自由だ。好きにしろ。まず1つ」

 京本はピンと指を立てる。

「これからしっかりと毎日学校に来て勉強を頑張る。お前は要領もいいし、サボってる割に成績も悪くないからな、この道を選べば、確実……とは言わないが恐らく幸せな未来が待っている」

 京本は砂糖の袋を破るとコーヒーに入れる。

「もうひとつは?」

 京本は「もうひとつは」と言いかけてコーヒーにひとくち口をつける。

「もうひとつは、来年からうちの高校に新しい特進科が出来るんだ。そこへ編入してプロを目指す」

「……特進科……プロ? 何の?」

「……eスポーツだ」

 京本はニヤリと笑った。

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