2 素行不良教師

 夕日が校舎を照らす。陣はこれまでのサボりのツケとして授業後に生徒指導室に呼び出された。西日の薄くさすその部屋は革張りの3人掛けのソファーが2つと膝下ぐらいのローテブルの他には小さなロッカーと水道にケトルしかない簡素な部屋だ。

 陣はそこに生徒指導の京本と2人きりでいた。

「先生。俺は今日学校来たことを後悔してるよ。担任の谷なんとかには、髪がボサボサだの猫背をしゃんとしろだの。目の下のクマはがひどいだの。目つきが悪いだの。ちゃんと食べてるのかだの。あのオバさんなんなのさっ」

 陣はソファーに腰掛け前屈みでゲーム機を操作しながら話す。

「谷垣先生な。担任のっ名前くらい覚えろよっと」

 京本もソファーに足をはみ出し寝転がりながらゲーム機のボタンをガチャガチャと操作する。画面と共に体が動くタイプなので、ソファーがキシキシ音を立てている。

「そんなこと言われてもっ!興味ないことにエネルギー使いたくないねっと」

「うおっ!お前器用だから省エネでもそこそこのとこまではなんでも出来るもんなっ」

「別に赤点取ってないし問題無いですよねっと」

「教師たるもの、将来有望なっ若者をっ清く正しい道に教え導くことが必要なんだよっと」

「傲慢ですねっ。甘いっ!」

 陣の操作するキャラクターが京本のキャラクターのガードが外れた一瞬の隙をつき、連続コンボが決まる。京本の画面にはK.O.の文字が表示された。

「あー負けた負けた。3連敗だ。つえー」

 そう言って京本は立ち上がる。暗めの茶髪をボサボサと掻く、やや猫背ながらも背は高い。170cmある陣とならんでも頭がまるごと飛び出すほどだ。歳は三十代半ばらしい。無精髭を剃って、ちゃんとした格好をしていればモデルにでもなれたんじゃ無いかと陣は密かに思っているが悔しいので決して口に出さない。

「なんか飲むか。と言ってもコーヒーしかねぇが。いいよな」

 京本はそう言うとインスタンスコーヒーをロッカーから取り出す。コーヒーの瓶から、スプーンも使わずに雑に顆粒をカップに入れると、ケトルでお湯を沸かし始める。

「俺は学校通う必要あります?」

「知らね。そんなのずっと大人になってからわかるもんだ」 

 京本は背中で語る。

「そういうものですか」

「そういうもんだ」

 陣はソファーにもたれかかり天井を仰いだ。

 京本は振り返ると、ソファーにかけたジャケット探りタバコ、ライター、ポケット灰皿を取り出し火をつけた。

 陣はその様子を見て「うわ。いーけないんだー。校内禁煙ですよ先生」と茶化した。

「うっせえ。不良少年。ここは俺の聖域だからいいんだよ」

 京本はそう言ってカラカラと窓を開けてサッシにもたれかかる。ふぅとひとつ息を吐くと「生きづれえなぁ」と呟いた。

「タバコやめたらいいじゃないですか」

 陣は言う。

「世の中、そう簡単に割り切れねぇんだよ。こうすればいいとか、ああやればいいとかそんな正論は簡単に言えるんだよ。でも、その中に正解が必ずしもあるわけじゃないんだ」

「タバコやめるのは明らかに正解でしょ」

 京本は陣を見てニヤリと笑うと「そのうちこの味がわかる」とだけ言った。

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