【短編】鶴の怨返し

お茶の間ぽんこ

鶴の怨返し

鶴を捕まえた。森の中で仕掛けた罠に鶴が見事に引っ掛かっていたのだ。

此の頃、罠に嵌まってくれるような動物は現れず、猟師として生計を立てていた俺は三日もまともな飯に有り付けていなかった。

なので、罠にかかった鶴を見たときは、飢餓に苦しむ俺に対する天からの施しのように感じられた。

俺はさっさと塒に戻り鶴を捌いて鍋にした。

最北の銀世界を彷彿とさせる華麗な羽毛に刃を入れた瞬間、不躾ながらも神々しい何かを滅茶苦茶にしてしまった罪悪感と背徳感とが綯交ぜになった歪んだ快楽を堪能した。

鶴の肉は格別だった。腹の中が空っぽであったので、肉を食すこと自体がこの上ない至福であったわけだが、武家の者のみ許される贅沢を一猟師の俺が味わっているのだ。一口ずつ喉を通る度に、自然と涙が零れていった。

すっかり堪能しきった俺は、特にすることもなかったので寝床につくことにした。腹一杯になって寝るなんて何時ぶりだろうか。

 俺が横になろうとすると、扉を叩く音がする。外は真っ暗で、こんな時間に訪ねてくる奴なんて碌な者じゃないだろう。

 しかし、心身ともに機嫌が良かった俺は、居留守をすることなく、来訪者を歓迎してやった。

 扉を開けると、そこにはしっかりと手入れが施されている透き通った長い黒髪と、それとは対照的に眩いぐらいに真っ白な着物を着為した若い女が立っていた。

「夜分遅くに申し訳ございません。森で迷子になっている内に日も沈んでしまいまして、心細く思っていたところ貴方の家を見つけました。今晩泊めていただけませんか?」

 女は森の中で遭難していたようだ。か弱そうな女を一人野放しにはできない。

 俺は了承し、女を家の中に入れてやった。

 まじまじと見ると、目鼻がはっきりしていて妖艶さが伺えた。日の本のお偉いさんが見かけでもしたら、すぐにでも手中に収めようとするだろう。

 しかし、女を迎えたはいいものの、話しかけても素っ気無い返事が返ってくるばかりで、愛想が悪かった。仮にも、俺が善意で宿を貸してやっているのに媚びるぐらいの振舞いはできないのか。

 そればかりか、女は別室を借りたいと言う。見かけによらず横暴な女だ。

 渋々貸してやることにすると、女は別室に移動してそれっきりこちら側に姿を見せなくなった。

 面白くないと思った俺は、先程敷いた布団の中に入って寝ることにした。

 寝床について、色々考え事をした。森の中を一人で彷徨っていた女は、ちゃんと家に帰ることができるのだろうか。俺が家に入れていなかったら野犬にでも襲われて死んでいたかもしれない。そうすると、ここであの女を監禁して慰み者にしてやるのも良いかもしれない。また、飢餓で困ってしまったらあの女を喰えば良い。

 どす黒い考えが頭をめぐり、俺は女を犯すことにした。

 別室の襖を音を立てて開け、女の姿を探す。しかし、どこにも見当たらない。

 考えを見抜かれて、裏口から逃走でも図ったのか。そうだとしても、きっと女は森の中で野垂れ死ぬだけだろう。

 俺が肩を落としてその場を去ろうとしたとき、後ろから女の声がした。

「美味しかったですか?私の肉」

 振り返ると女がニヒルに笑い、俺を見つめていた。訳が分からないことを言っている。

「私、さっき死んだんですよ。罠に掛けられ、身体を刃で切り裂かれ、熱湯の中に入れられて…」

 背筋が凍りついた。この女、先程殺した鶴が化けて出たのだ。

 震える脚を鼓舞させて猟銃を取り出そうと駆け寄ろうとしたが、途中で頭に大きな衝撃があり、俺の視界が暗転した。



 昔、昔あるところに貧しいお爺さんとお婆さんが住んでいました。

 ある寒い雪の日、お爺さんは町へ薪を売りに出かけた帰り、木に何かが吊るされてブランブランと動いているのを見つけました。

「あれは何だろう」

 お爺さんは若い男が頭から血を流して首を吊っているのを見つけました。

 彼は息をしている気配もなく、もう手遅れのようでした。

「かわいそうに」

 お爺さんは彼を木から下ろし、土の中に埋めてお線香を上げました。

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