児童文学 白猫ネロ

ある小さな田舎村に、一匹の白猫が住んでいました。彼の名前はネロといいます。ネロはたっぷりしたお腹のせいで動きづらいので、いつもおばあさんの家の庭で寝転がっていました。それを周囲の猫に馬鹿にされても、ネロはおばあさんと一緒で幸せでした。

 ある日意地悪な不良猫三匹が、ネロのいる庭にやって来ました。

「やい、動かないからそんなに太るんだ。おいらが鞭をくれてやる」

白い身体に黒ぶち模様の猫が、ネロの頬を打ちました。ネロは大きく目を見開いただけで、いつもの様に穏やかで幸せそうな顔に戻りました。

 今度はうす茶のメス猫が、ネロの見た目を散々馬鹿にしました。ネロは、大きなお腹、小さな耳、短い手足、潰れている鼻のことをいくら馬鹿にされても、ぴくりとも動きませんでした。

最後に、ハンサムでスマートな黒猫がネロに囁きました。

「君はなかなか、賢い奴のようだ。気に入った。僕たちが君をきれいにしてあげよう」

ネロは面倒くさがりなので、滅多に毛づくろいというものをしません。なので喜んで三匹に体を洗ってもらうことにしました。

 黒ぶちとうす茶が嫌そうな顔で黒猫に尋ねます。

「兄貴、本気なんですかい?ネロの野郎を洗うだなんて」

「そうよそうよ、なんであたし達がそんなことしなきゃならないの!」

黒猫は意地悪そうに笑いました。

「まあ、落ち着け。俺に考えがある。きっとネロの野郎をビビらせてみせるぜ」

 三匹は川からヘドロをたっぷり手につけてネロの元へ戻ってきました。顔の方も洗うから目を開けるなと念を押すと、ネロはにっこりして

「いやあ、みんな、悪いねえ。僕のために」

と目を閉じ、体を丸めました。

 三匹が持ってきたヘドロは、蜂が落としたミツや、風に乗って舞ってきた花の香りを吸った、とても良い匂いのするヘドロでした。

「なんだか良い匂いがするね、僕には見えるよ。僕の身体中が真っ白な泡に覆われている光景が」

汚いヘドロをなすりつけられながら、ネロは幸せそうに言いました。黒ぶちとうす茶は酷く笑い転げながら、ネロの背中の毛をヘドロでぐちゃぐちゃにします。そうして、太陽が少し地平線に近づいた頃、黒猫は満足げに言いました。

「これはこれは、見違えるほどきれいになったね、ネロ」

ネロは見るのも可哀想なほど泥まみれになってしまいました。

「もう目を開けてもいいかい?」

可哀想なネロは、後でおばあさんに自分の姿を見せてあげようと思いました。

 その時、黒猫が鋭い牙を剥き出してネロのしっぽをガブリ!ネロは悲鳴をあげて飛び上がりました。動き出さずにはいられません!

ネロは、泥だらけのままおばあさんの家の中をあっちこっちへと走り始めました。ドドドド、ドダダダと、床が嫌な音を立てると、眠っていたおばあさんがびっくりしてやってきました。タンスにもソファにもカーペットにも、ヘドロやネロの白い毛がベチャベチャについて家の中は散々なことに。おまけに今日はこれからお客さんが来る予定で、おばあさんは朝から一人で家中を掃除していたのでした。いつもは優しいおばあさんも、流石にこれには怒りました。ネロはおばあさんに叱られてしょんぼりして、泥を落とすために川へととぼとぼ歩いて行きました。三匹はその様子を、腹を抱えて笑いました。それでもネロは、三匹を責めることはしませんでした。

 数日後、調子に乗った三匹は他の手下を連れて再びおばあさんの家を訪れました。彼らは、ネロが庭にいないことに気づきました。

「この家にはおばあさんしかいない。食い物を全部盗んでやる」

黒猫の合図で、手下達は一斉に家の中へ走り込んで行きました。チーズ、サラミ、ハムに魚。黒猫達は次々と台所から食料を盗んでいきます。騒ぎに気づいたおばあさんは台所で野良猫達が荒らしをしているのを見て、腰を抜かしてしまいました。野良猫達は、一斉に尖った爪で、おばあさんに襲いかかりました。

 その時、大きな大きな影が彼らの前に立ちはだかりました。おばあさんを守る壁となったそれは、ネロでした。ネロは左肩で黒ぶちの爪を受け、額にうす茶の牙を受け、お腹に黒猫の頭突きを受けました。すぐにネロは野良猫達に囲まれ、身体中に傷をつけられました。

 ネロはいつもの穏やかさとは一変、怒り狂っていました。目をキリッと釣り上げ、牙を剥き出し、体を大きく持ち上げて巨大な声で

「シャアアッ!!グルルル・・・」

とうなりました。その凄まじい迫力の威嚇に、手下達は一気に戦意を失ってしまって逃げ出しました。残るは黒ぶち、うす茶、黒猫の三匹です。

「おばあさんを傷つける奴は絶対に許さないぞ!」

「そんなに大きな腹で戦えるものか!」

三匹は、ネロに向かって突進してきました。ネロは逃げもせず、グッと構えます。そして・・・ドーン!と派手な音と共に、三匹が宙に舞いました。ネロは馬鹿にされていた大きなお腹で、三匹を吹っ飛ばしたのです。

窓から外へふっとばされた三匹は、庭のぬかるんだ泥溜まりにボチャンと落ちて泥だらけになりました。黒ぶちはほっぺたを打ちつけてたんこぶになり、うす茶は一番泥の深いところに落ちたので、顔についた泥が数週間の間取れなくなり、黒猫は格好つけている普段とは比べものにならないほど、弱っちそうに泣きました。

 それからネロは、周囲の猫に一目置かれる様になりました。今も、ほら。ああして庭で、おばあさんの膝の上で、幸せそうに眠っています。



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短編集 お餅。 @omotimotiti

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