日常 別の友達
ともちゃんは苦々しげに言った。
「なんであたしが、あんた達みたいな地味なのと一緒にやらなきゃなんないわけ?」
ともちゃんが、薄っぺらいリュックサックから、明日提出の理科のレポートと、ちゃらちゃらした筆箱を取り出す。今流行りのキャラの、可愛い筆箱。チャックには、友達とお揃いのキーホルダーがじゃらじゃら付いていて、鎖みたいに音を立てている。
もう一人の少女、ゆめちゃんは、近頃転校してきた子で、手提げ鞄から分厚いハードカバーの小説を取り出して、河川敷の湿っていないところにすとんと猫のように座った。
私は二人をほっといて、川のそばに立って星空を見上げる。この景色を紙に写して、どんな星座が見えるのか調べるというのが課題だ。一グループ三人で、夜好きな場所に集まるのである。私はいじわるなともちゃんと、普段全く喋らないゆめちゃんにあたった。
私は期待しないことにした。今晩が終われば、私達はまたいつも通り、あの監獄に帰るのだ。私は一人ぼっちのまま、何も変わらない。
「あんた、もう書いたの?見せなさいよ」
ともちゃんがゆめちゃんを睨む。光といったら、ともちゃんがライトで照らすスマホしかない。あたりがぼんやり暗くてお互いの表情さえ満足に見えない。
ゆめちゃんは、ともちゃんを一瞬だけ見て、すぐに本に目を戻す。この暗さで、読めているとは思えない。いつも思うけれど、ゆめちゃんの瞳はまるで、この世の全てを諦めているみたいな色だ。
ともちゃんは全く返事がないので諦めて、私の方に近づいてきた。私は身構えた。ともちゃんは私の何かが気に食わないらしいから。案の定、ともちゃんは教室にいる時とは全く違う子だった。
「あんたのは、いらない。どうせ、線までドクソーテキでヘンテコだから」
ともちゃんは非常に楽しそうに笑う。私は、目の前の黒い川を見つめた。そっちに行ったら、友達になってくれる?
「あんたが一人ぼっちの理由、よくわかるわ。誰もあんたと友達になりたくないわよ」
私はその笑い声に口元だけで笑い返して、一歩踏み出した。すると、遠くでゆめちゃんがギョッとした気配がした。
私は、黒い川に誘われるまま、歩いていく。ともちゃんの鉛筆がぽろりと落ちた音がして、ゆめちゃんが本を捨てて立ち上がる。紫の夜空を遠くで眺めながら、靴を脱ぐ。まるで儀式のように、流れるように、身体が思うように動くのを感じて嬉しかった。冷たい水が足を伝った。そして、あと一歩、だったのに。
「優希!!」
二人が同時に叫ぶ。私は、二人に両腕をがっしりと掴まれて陸の方に引きずられたのだった。
「何やってんの!溺れたらどうするの!馬鹿!」
「ともちゃんの言う通りだよ!もう、ほんとに焦った…」
二人は顔を見合わせて、頰が少し赤くなる。ゆめちゃんの声を初めて聞いた。私はどうしたんだろう。自分でもわからないけれど、涙を流していた。次から次へと止まらないのは、二人が駆けつけてくれたことが、嬉しかったからというだけではなかった。私はここ最近、自分が本当にこの世にいていいのかについて、ぐるぐると考えていたのだった。
二人は驚きと奇妙が入り混じった顔をした。
「なんで泣くのよ」
すると、ゆめちゃんがともちゃんを睨んだ。
「ともちゃんが、友達になりたくないとか言ったからじゃん」
「あ、あたしのせいなの!?」
ともちゃんは驚愕した。そして、小さな声でゴニョゴニョ言い始めたのだった。
「あんなの、本気なわけないじゃん」
そこで言葉をおえようとしたが、ともちゃんはさらに顔を赤らめて、軽く息を吸い、早口で言いきった。
「ほ、ほんとは、あんたが羨ましいの」
私は、思わず、え、と声を漏らした。
「あんた、図工とか音楽の時、すごい発表するじゃん。あたし、ほんとはね、すごいなって」
私は、目をぱちくりさせた。その拍子に雫が止まった。
「あたし、あんたにはつい羨ましくてムカつくから意地悪言っちゃうけど、ほんとは、あたしの方があんたと友達になりたか……」
とそこまで言っておいて、そっぽを向いてしまう。耳が真っ赤だったのがおかしくて、私はゆめちゃんとクスリと笑った。
「私はいつもみんなに囲まれてる、ともちゃんが羨ましかったよ」
と言い返すと、ともちゃんは照れ隠しにレポートを始めたので、私はゆめちゃんの手を借りて立ち上がった。ゆめちゃんは、私にしか聞こえないような小さな声で言った。
「あなたがいないと、私も、世の中全部が本気でつまらなくなっちゃうから。だから、もうあんなことしないで」
それは、命令でも懇願でもなかった。ゆめちゃんは私のドクソーテキを気に入ってくれているのかと思った。が、どうやらそれも違うらしい。
「私は二人みたいに、もういろんなことで悩めないけれど、それでも感情を殺してない人がそばにいると落ち着くの」
ゆめちゃんの声は秘密を囁くようだった。
「ゆめちゃんも、ヘンテコだね」
私たちは再びくすくす笑った。
「普通の人なんていないもの」
そしてその言葉が、私の胸にすとんと落ちてきた。
私たちは、紫の夜空を眺めた。もうぬいぐるみは必要なくなった。
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