日常 みかちゃんと私

いつも見るような普通の色の空なのに、雫が降っていた。鳥のざわめきと雨の音が混ざり合って、響いてくる。白と灰色の雲が溶け合って流れていった。風が強いらしい。

雨はどんどん強くなる。隣のみかちゃんは、いつも離さないうさぎのぬいぐるみをきゅっと抱きしめている。私の手には、携帯電話がある。

私たちは、みかちゃんの家の倉庫の奥で、座っていた。正面の高い位置に窓があって、今は網戸になっている。ざわざわと雨の音が心地いい。

 このまま何も言わなくてもよかったのだけれど、私はみかちゃんに話しかけてみた。

「雨だね」

みかちゃんは応えない。ただ体を縮こまらせて、亀のように、何かから身を守ろうとしている。私はなおも話しかける。

「みかちゃん、もう夕方だよ、おうちに帰ろう?」

私は窓の外をチラリと見る。五月だから暗くなるのは遅いのに、空に闇の色が混じり始めているところを見ると、もう結構な時間なのだろう。

 聞かなくとも返事はわかっていた。みかちゃんは家に帰りたくないのだ。

「・・・ねえ、みかちゃん」

私は、携帯電話をぐっと握る。その中にみかちゃんのお母さんの電話番号が入っている。今それを見せることは、彼女にとって一番の脅しだ。だけれど、私は苛立っていた。

私は、携帯電話をみかちゃんの顔の前に突きつける。

「電話、するからね」

すると、みかちゃんは顔をばっとあげて爆発したように叫んだ。

「やめてよ!」

そして私の携帯電話をひったくろうと手を伸ばしてくる。私は更に腹が立って、「何するの!」と叫び返した。

 私たちは互いを罵り合って、叩いたり引っ掻いたりした。本当は、みかちゃんに怒っていたのではなかった。おそらくみかちゃんもそうだろう。

私たちは、私たちをしばる、もっと大きな制約に怒っていた。それは、先生や親や友達への怒りではない。

この世に生まれた瞬間から、定まってしまった運命。組織という型にはまらねば生きていけない人生への、苛立ちとでも言えばいいのだろうか。

とにかく、私たちはまだ小学五年生で、世界の存在を知るにはあまりにも小さすぎたのだ。

大人になんて、なりたくなかった。

 みかちゃんが私の頬を叩いた。私の頬は赤く染まり、涙が滲んでくる。我に帰ったみかちゃんは、私につられたのか、自分の罪を理解したのか、一緒になって泣きだしてしまった。


 私たちはおいおいと泣いた。それは、喧嘩という理由だけでは説明のつかない涙の量だった。何がそんなに悲しかったのか、今となってはわからないけれど。

 私は知っていた。みかちゃんのお母さんは、みかちゃんを厳しく教育すること。みかちゃんは毎晩泣き疲れるまでみっちりとお勉強について叱られること。みかちゃんのお母さんは、みかちゃんを賢くする責任をたくさんの親戚から課せられて重圧に苦しんでいることを。

みかちゃんは知っていた。私にはお母さんがいないということ。お父さんは仕事に出ていていないので、私が毎晩一人ぼっちでご飯を食べていること。そして、私がお母さんという存在に激しく飢えているということを。

私たちは、どれだけ不服でも、定められた環境を背負って生きていかなければならないのである。

だけど、辛いことばかりではない。私たちは散々泣いた後仲直りをした。

真っ赤な目をしたみかちゃんの瞼に、そっと触れた。みかちゃんも私に同じことをした。

私たちは、今度はふふと笑い合って、握手をしたのだ。

それは、初めて味方を得た瞬間だった。私たちは、腹のたつ運命に戦う仲間になったのである。



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