風が強い一日。俺が好きだからな
「ねぇ、アキラさん」
「なんだ」
あれから一週間がたった。
土いじりをする俺の後ろで体育座りしながらじっと俺の作業を見るウィンディ。
前もって作っておいた畝に袋に入った種を一個づつ間をあけて埋めていく。
「私は後どれだけのこっこちゃんを見送るのかな」
戦争に子供を送り込む大人みたいなこと言ってるな、鶏なんだが。
『今日のノルマはあと二十四羽です』
淡々とノルマを提示したパスカルの声にウィンディが青痣の残る顔をあげた。
一日百だから大体四分の三は終わったな。
「私、鶏を産むために生まれてきたんじゃないよ」
「奇遇だな、俺も鶏を生む獣人は聞いたことがねーよ」
卵ならいたがな。
一旦土いじりをやめてタレントのハンドウオッシュで手の汚れを落とす。
このタレントは瞬時に手の汚れを下に落とすことができる。
結構重宝するので俺は使い倒してランクを一段上げて使用回数を引き上げた。
まぁ、俺の場合はお色直しすりゃ一緒に全部変えられるんだがマナをどかっと使うからタレントでごまかせるとこはそっちににしてる。
実際、
普通のタレントならクールタイム五分の日使用回数十回から始まるから計算しやすいしな。
ただし例外は存在する。
俺は近くに置いておいた以前ほかの都市で買った複数のバケツ、それと手斧、紐を用意した。
「そろそろいけるだろ。ウィンディ、やるぞ」
「……はい」
のろのろと立ち上がったウィンディ。
ここ数日作業を繰り返した簡易の掘っ立て小屋に入るとシルクハットを手の上にかざしてからすっと上にあげた。
「鳥がでます」
勇者オーロラに紐づく勇者系タレントで次々と鶏を出すウィンディ。
一羽目で一気にマナが限界を迎え二羽以降はウィンディ全体のマナがゼロと薄い状態を行き来しているのが見えた。
出てきたこっこちゃんに順次魔導系タレントのスリープをかけていく。
「ウィンディ、ストップだ」
「はい」
四羽出した時点でストップをかける。
そして意識のとんだこっこちゃんの頭を手斧で落とし収納内の頭部を入れたバケツに入れる。
並行で小屋に置いておいた鍋の中の液体を排水に流し魔導系タレントのウォータークリエイションで水を入れる。
魔導系の場合は勇者系と同じでマナを使うから連発はきついがその代わり一日あたりの使用制限はない。
たまった水に魔導系タレントのボイリングをかけると数秒もたたないうちにお湯が出来上がる。
基本、タレントは本人の技能を引き上げるのがメインなんだが魔導系は物体に影響を及ぼすものが多いのもあって使い勝手が良い。
鍋の中に温度計を入れて少し水を足して温度を八十度くらいまで落としたら血の抜けた胴体を紐はつけたまま入れる。
軽くゆすりながら三分ほどゆでた後で、もう一度外につるして丁寧に羽を抜く。
「やっぱり私も手伝いを……」
「いいから休んでろ」
オーロラのタレントを使うものは運動能力に補正がかかる。
本人も理解できないレベルでポンコツになるのはそれが原因だ。
昨日、ウィンディに手伝わせたら煮だった鍋に頭から突っ込んだ。
鶏は捌いてるが狸汁を作るつもりはないからな。
解体作業中はウィンディには休んでもらっている。
「マナが一定超えたらまた出してもらうからな」
「はい」
一応、タレントで脱毛はできはするんだが羽を抜く専門ってのはないのでどうしても雑になる。
ここら辺は手でやった方が確実だ。
羽は羽で使い勝手があるから別途分けて干しておく。
脱羽が終わったら魔導系タレントのファイアクリエイションで産毛を焼いていく。
その後は順次、部位に分けて解体。
そんな風に俺が包丁で
「こっこちゃんがお肉になっていく」
「そりゃそうだ。その為に捌いてるんだからな。サニーとレインは喜んでるだろうが」
「それはそうなんだけど」
あいつら比較的鶏肉とか匂いの強めの食べ物好きだからな。
二人とも食おうと思えばかなりの量を食べるのもあってそこそこは消費できちゃいるんだが、如何せん急にとれる量が増えすぎた。
なので毎晩、先生を呼び出しては余した鶏肉を買い取ってもらってる。
一応燻製小屋も作ったので鶏肉とフォレストアリゲーター、それにマグロなんかも自家製ジャーキーにした奴を買い取ってもらったが足しにしかなんねーわな。
前に「君は僕のことなんだと思ってるんだい」とは言われたが、それでも来てくれるあたりがあの人の優しいとこだ。
それにウィンディにこっこちゃんを作らせるのには別の理由があるしな。
「パスカル、ウィンディの現状は?」
『早朝と比較して鶏八十羽分マナが減少、マナの超過消費に伴いヒドラフォッグの影響が極微量ですが下がっています』
「本当に薄くなってるのかな」
「たぶんな」
「そんな。もしこれで治らなかったらこっこちゃんたちは何のために死んでいったの」
そう言って深刻な顔をして俯いたウィンディ。
「みんなの胃袋のためじゃねーの?」
「そういうことじゃなくてっ!」
いやまぁ、わかっちゃいるんだがな。
そこらも確認するためにここ数日データ取りもかねて毎日百羽出させたからな。
「あの、パスカルさん」
『何でしょう』
「私……あと何羽のこっこちゃんを出せばいいの?」
『それは
「うん」
多分聞かない方がいいと思うぞ。
しばしランプの点滅を繰り返した俺の銃がはじき出した答えを音に出した。
『約一億二千二百九十万一千二百羽です』
俺が向こうで生きてた頃の日本人より多いな。
一人一羽でも余る数か。
「それって……えっとあとどれくらい経てば終わる?」
こっちの世界の一年は三百五十五日だ。
太古、ティリアがいたころには四季もあったそうなんだがな。
今だと怪獣の出やすさの目安として今が何月かが重要となってる。
この世界だと公転に伴う季節変化がないからな。
『三千四百六十二年と二日ですね』
「いやーっ!」
まぁ、そうなるよな。
「つーか赤龍機構が今年で稼働開始から千七十二年目だったよな」
『はい』
頭を抱えたウィンディを見ながら俺も小屋の天井を仰ぎ見た。
比較的長生きとされるドサンコでも千年は生きれねーからな。
「俺もお前も死んでるな」
そしてヒドラフォッグを除去できない状態のウィンディは外には連れ出せない。
わかっちゃいたが詰んでるな。
「うぐっ、ごめんね、こっこちゃんたち」
今現在もサニーはウィンディを依り代にしたまま頑として離さない。
俺からこいつを見捨てて都市を脱出するって言われるのが怖いんだろうな。
「まいったな。ウィンディ、ちょっと俺に時間をくれ」
「うん」
しゃがみこんだ状態で頷いた青い狸娘の頭の上に俺はポンと手を置いた。
「俺が何とかする」
「どうして……」
見上げたウィンディの目元に光るものが見えた。
「どうしてそこまでしてくれるの」
どうしてって言ってもなぁ。
「俺が好きだからな」
俺がそういうとウィンディが急に頬を染めた。
青くなったり赤くなったり忙しいやつだな。
好きでやってるだけだっつーの。
お前らフライングキャットのことは忘れたくても忘れられねぇよ。
生きるのに大変な世界で猫カフェしたいなんて夢持つ真正の馬鹿だからな。
「それにな」
「うん」
「俺がお前のギルドマスターだからな、言わせんな」
俺が少しだけ恥ずかしくなって横を見るとパスカルが言葉に反応した。
『フラグ立てましたね』
「立ててねーよ」
さて、マジでどうするかだな。
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