晴れ、のち、風。アオタンって方言だよな

 釣り竿に残しておいたワニの肉のかけらをつけて投げ込む。

 収納から同じく取り出しておいた大きめのバケツには川からくみ上げた水の中に釣り上げた魚が泳ぎ回っていた。

 気持ちのいい晴れ空の中、のんびりと竿のあたりを待つ俺のそばでサニーが食い入るようにバケツの中の魚をじっと見ていた。

 一匹だけ鯉くらいの大きさの魔獣もかかってるがこいつは攻撃魔法使わねーからな、そのまま一緒に突っ込んである。


「手をだすなよ。帰ったら調理してやっから」

「はい」


 まぁ、小魚はフライくらいにしか用途がないかもだが、魔獣の方はそこそこだろ。

 ワニの時点でそうなんじゃねーかとは思ってたがやっぱ水の中には例の怪獣の影響は出てないんだな。


「いまいちでかいのがかかんねーな」

『そうですね。ところでアキラ』

「なんだよ」

『河川内の魔獣は浸食されていませんね』

「そりゃそーだろうな」

『それは……アキラ、またお客さんです』

「またかよ」


 俺は釣り竿を左手に持ったまま右手に神銃パスカルを無造作に構えた。


「パスカル、対物セーフティを解除」

『解除しました』


 毎度解除すんのもめんどくさいが、この銃、そうでもしないと危ない代物だからな。

 口頭で指示を出してから五分放置するとまたセーフティがかかるようにできてる。


「威力はいらないだろ、散弾モード」

『変更しました』

「誘導たのむ。対象はヒドラフォッグに感染したものに限定、距離は二十メートル以内」

『対象をロック、行けます』


 パスカルの声を合図に俺がトリガーを引くと銃口から発射された光の弾が小さな光へと分散し飛んで行く。

 さらにその細かな光の散弾がそれぞれ方向を変えていき視界ギリギリに近い位置にある目標物に衝突した。

 着弾と同時に響く爆発音と時間差で俺たちのもとに来た爆風が通り過ぎると着弾した位置には複数の焦げた後だけが残されていた。

 ここしばらくで結構な数倒して分かったがヒドラフォッグに感染すると色が黒みがかった青に変色する。

 少なくとも今日爆発した奴らには全部色がついていた。


「ふぇー。アキラちゃん、またドカーンですよ、ドカーン」


 そんなサニーの言葉に俺はため息をひとつついてから答える。


「そうだな。つーか、ここら辺の陸上の動物は軒並みやられてんな」


 実際は逆なんだろうけどな。

 レインの結界内か水の中以外は基本ヒドラフォッグの影響範囲に落ちていて、生命の危機に瀕すると自滅もろとも周囲を巻き込むように爆発する、だな。


「パスカル、俺たちと水中以外でMPを保持した残留稼働物を検索」

『MPアナライザー、開始します』


 少しの間の後でパスカルが答える。


『アキラ、南方二百メートルの茂みに大きめの反応があります』

「そうか。こっちに来ないなら今は放置だな」


 俺は足を少し上げてアンクルホルスターに銃をしまうと再び両手で釣り竿をもった。

 視線を川に戻しながら持続が切れてた冒険者のタレント、フィッシングを再稼働させる。

 結構な時間鍛えたから継続時間だけはやたら伸ばしてあるフィッシングを発動しながらのんびりとあたりを待つことにした。

 そんな俺をサニーがキラキラした目で見つめていた。


「今何か使いましたか?」

「使った」

「なんですか?」

「フィッシング」


 俺の言葉にうんうんと頷くサニーだが絶対意味わかってないなこれ。


「なぁ、まさかと思うがお前さん、タレント忘れてないよな?」

「またまたぁ、いくら何でも馬鹿にしすぎですよぉ」


 だよな。


「テラの有名人ですよね、タレントさん」

「ちげーよっ! 忘れてんじゃねーか」


 俺の言葉に目を丸くしたサニー。

 だからなぜそういう無駄な知識は覚えてるんだよ、お前は。

 頭いてー、だからこいつ奇積きせき使いまくって摩耗してたんだな。

 レインの奴も突っ込めよと言いたいとこだが、あいつもあいつで気が付いてない可能性は高いな。

 しゃーない、一から説明するか。

 そんなことを考えながらふと視線を南に向けるとさっき見た茂みの位置が少し近づいてきていた。

 こりゃ隠密系スパイタレント、スニーキングでも使ってるのか。


『…………』

「何か言えよ、パスカル」

『気が付いているのでは?』


 気が付いてるから聞いてんだろうが。

 まぁいい、もうちょっと近づいてきてからだな。


「俺が言ってるタレントってのは冒険者が使う劣化版のスキル、アビリティのことだ。ほかの言葉でいうなら技能な」

「へー」


 興味深そうに頷くサニーに俺は説明を続ける。


「元々、この世界には因果を捻じ曲げる魔法があった。こいつを奇積きせきっていう、創世神ティリア由来の能力で異世界からの転生者のトライや怪獣が使うスキルも広い意味ではこれだ。エルフやドヴェルグ、古代人って呼ばれてる蓬莱人ほうらいじんたちが起こす現象も魔法だな。俺みたいなドサンコが使うお色直しも魔法の一種だ」

「へー、あれ魔法なんですか」

「まーな」


 ドサンコは言ってしまえば蓬莱人と星神の中間の種族だ。

 蓬莱人に生まれた詩穂しほってトライが生んだらしいんだが名前もそうだが生態からしていろいろおかしくてな。

 単性生殖可能だったり女相手にしか子供が作れなかったりといろんな業しか感じない種族だ。

 業といえばカリス教ではカルマという名称で重要な要素になっちゃいるんだが、あの宗派にドサンコが地味に入り込んでるのは因果としか言いようがない。

 そんなことを考えつつ視線を向けると茂みはさらに近づいてきていた。

 だるまさんが転んだやってんじゃねーぞ。

 たぶん、本人は見えてないつもりだな。

 俺が神眼しんがんもちだっての忘れてるのか、それとも俺がアイツに言い忘れたか。

 どちらにしろ頭悪い移動の仕方しやがって。


「そんでもって普通の人間には魔法は使えない」

「使えないんですか?」

「使えねーな。亜人分類あじんぶんるいって覚えてるか?」


 かわいらしく笑顔で首を傾げたサニー。

 おーけー、わかった、一から説明だな。


「かつてこの世界には人はいなかった。人恋しくなったティリアは異界で見た人の姿をまねて多くの家族を作り上げた。人に似ちゃいるが人ではないそれを亜人あじんと呼ぶ」

「人でなしなんですか」

「言い方っ!」


 本当に記憶ないのか、こいつ。


「ともかくだ、地球と違うこの世界で生き物を育成するためにティリアたちは霊樹、いわゆる世界樹を設置しそこに人に似た種を複数配置した。魔法を使いこなすこの第一世代が霊樹の民ノルニル、今だと亜人第一類のことだな」

「ほへー」


 絶対右から左へ抜けてるな。

 ついに茂みがサニーの後方の視界に入る。


「そのうち霊樹から離れても生存できる低MPに対応した種が複数生まれ、そのうちでも蓬莱人から枝分かれした魔法を使えない人間を新人類と呼んだ。定義としちゃティリアが形成してない種という位置づけだから俺みたいなドサンコもだな。これを放浪者ワンダリング、亜人第二類と呼んでる」

「んー」


 何か腑に落ちないのか首を傾げたままのサニーが口を開くのをじっと待つ。


「誰がそう呼んでるんですか」


 記憶飛んでてもそこにたどり着くか。

 ホントこいつ地頭はいいのな。


龍王りゅうおう星神ほしがみとかいった連中だよ」


 もうちょい正確にいうなら先生みたいな超越ちょうえつとかもだけどな。


「へー、第一とか第二があるってことは第三もあるんですか」

「あるぞ」


 そういいながら俺は竿を地面においてパスカルを両手で持つとサニーの後方に銃口を向けた。


対物たいぶつ対魔たいまセーフティ解除」

『解除しました』


 目を丸くするサニーの後方に視線を向けながら俺は警告を出す。


「そこに隠れてる奴、出てこい。サニーはゆっくりと振り返りながらこっちにこい」


 がさりという音とともに茂みの中からゆっくりと姿を現したそいつは青い獣耳に顔の半分が染められたように青く、素肌が見える手足の多くの部分が青色に変色していた。


「ウィンディ……か」


 それは夢に見た猫キチトリオの一人、狸の獣人だったウィンディが変わり果てた姿だった。


『アキラ』

「わかってる」


 全身にしみ込んだ青い色、ヒドラフォッグの感染だな。

 つまり今のこいつは死にかけると大爆発する、某特撮の怪人みたいにな。

 生きてるってわかった時はうれしかったんだがな。

 ここまで染まってるとなると手遅れか……残念だ。


「あーーーーーーっ!」


 ふいに横から発せられた大きな声に俺とウィンディがつられてそっちを見るとサニーがぐいぐいと引きのある釣り竿を必死につかんでいるのが見えた。


「マグロですっ! このあたり絶対マグロですっ!」

「マグロは釣れねーって言ってんだろうがっ!」


 つい突っ込んだ俺だがウィンディから視線は外さない。


「ひゃーー、だめっ、引き込まれるっ! アキラちゃん、手伝ってくださいっ!」

「今それどころじゃなくてなっ!」


 必死の形相のサニーはそのまま俺が銃口を向けてるウィンディの方を向いた。


「ウィンディっ!」

「は、はいっ!?」


 まさかこの状況でサニーに呼ばれるとは思わなかっただろうウィンディが目を丸くする。


「竿持ってかれそうなんですっ! 手伝ってくださいっ!」

「えっ、えっ、でも、私、その……」


 俺はため息をひとつつくとサニーを宥めるつもりでこういった。


「見て分かんだろ、青く染まってるのが」

「わかりますっ! アオタンですよねっ、私もよく転ぶのでわかりますっ!」

「「違うっ、そうじゃないっ!」」


 ボケたおすサニーに俺とウィンディが同時に突っ込んだ。

 アオタンってのは青あざを示す方言だが今言うことかよ。


「うるさいですねっ! マグロが逃げちゃうじゃないですかっ、さっさと手伝ってくださいっ!」

「あ、はっ、はいっ!」


 サニーの剣幕に押し負けたのか竿を持つのを手伝い始めたウィンディ。

 俺は銃口はウィンディに向けたままで二人の手が接触するところをじっと観察する。


『「………………」』


 ふーん、二次感染はしないのか。

 宇宙怪獣ヒドラフォッグ。

 マジで謎が多いな。


「アキラちゃんも手伝ってっ!」


 ぎりぎりと川に引っ張られる二人を見ながら俺はため息をついた。


「わかったよ」


 二人に手を重ねるように俺が手を添えると今度は竿が手元にひけるようになる。


「わっ、急に軽くなりました」

「そりゃタレントのフィッシングが発動してるからな」


 ぐいぐいと引く魚の魚影が次第に見え始める。


「こりゃ今ある網じゃ無理だな。一気に引き上げるぞ」

「はいっ、行けますよね、ウィンディ」

「え、う、うんっ!」

「いくぞ、せーーのっ!」


 三人で一気に竿を振り上げると引いていた魚が引っ張られる形で空へと舞い上がった。

 それは海に棲むはずの大型魚。


「うっそだろ」


 地面に当たりびたんびたんと跳ねるその魚を前にサニーとウィンディが手をつなぎあって喜んでいるのが見えた。

 真面目に二次感染はしないみたいだな。

 まぁ、それがあるようだったら外をうろついてたサニーも無事じゃすまないか。


『大当たり、マグロです』


 淡々と釣果を報告するパスカル。

 そんな中、俺はちらりとサニーの方を見た。

 その背中には小さく舞い散るような淡い光のかけらが立ち上っていた。


「くだらないことに奇積使いやがって、馬鹿娘」


 そこまでしてマグロが食いたかった、わけじゃないんだろうな。


奇積きせきとは月華げっかの様にあわい虚構を歴史を騙して引き寄せること。

 だから奇妙を積むと書いて奇積なの。

 アキラならなんとなくわかるんじゃないかな>


 その結果がマグロかよ、ミスティ。

 ったくしゃーない、あわせてやるか。


「ウィンディ」

「な、なにっ?」


 冷や水を浴びたみたいな表情に戻ったウィンディに俺はこう続けた。


「どこで作ったんだよ、そのアオタン。治してやるからまずは家にこい」


 今日の釣果は狸娘だな。


『今夜は狸汁ですか』

「食わねーよ、言わせんな」


 何でそこで胸とか隠すしぐさをした、このアオタン娘。

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