晴れのち迷子。お前の家はどこなんだ

「治療用のポーションまでいただいちゃって本当にすみません」

「まぁ、目の前で血をたらされてるのはさすがにな」

「本当に助かりました、もうだめかと」


 俺が手渡した治療用の汎用ポーションを飲み干した魔王っ子はそういいながら深く頭を下げた。

 光の角度によってはピンクにも見える赤みを帯びた銀髪がきらりと光った。


『エリクサーではないのですね』

「あんなの怖くて使えるか。あとで何が起こるかわかったもんじゃねーし」


 俺とパスカルのやり取りをキョトンとした様子で見つめる魔王。


「えっと……アキラちゃんの足元からも女の人の声が聞こえるみたいな」

『パスカルと呼んでください』

「へっ? じゅ、銃がしゃべった!?」


 まぁ、普通驚くわな。


「そういうアイテムなんだよ。あと俺の相棒の片割れな」

「へー。すごいですね」


 さらっと流すお前も大概に凄いがな。


「私はサニー・サルガタナス・メイザー。魔王やってます」

「みりゃわかる。それだけべたな魔王の標準服に冒険者ギルドの紋章つけてりゃな」

「あはっ、やっぱりわかっちゃいますか、このにじみ出る魔王のオーラが」


 人の話聞いちゃいねえな。

 オーラというなら確かににじみ出てんな、ポンコツのオーラが。


『初めまして。魔王サニー』

「はいっ! 今日は助けてもらった上に……しゃべる銃の人にまで会えちゃうなんてほんとラッキーでした」


 前半はともかく後半のお歳暮のハムの人みたいなノリはどうなんだ。

 それにしても初めましてか。


「いいんだな、それで」

『ええ』


 小さく囁いた俺の言葉に足元の銃が小さく返した。

 そのやり取りをなんだろうという感情をむき出しにして見つめていたサニーがふいにポンと手をうった。


「そうだっ、せめて私の家に来ませんか。大したものは出せませんがちょっとだけでもお礼をさせてください」

「お、魔王の招待ってか」

『期待しないほうが良いですよ、アキラ』

「ひ、ひどっ! なんかあったばかりなのにひどくないですか、パスカルさん」

『事実をいっただけです』

「なら驚いても知りませんからね。さぁ、こっちです」



     *



「えっとですね、多分こっちだと思います」

「そうか、ところでサニー」

「なんですか?」


 嬉しそうに振り返りつつ笑顔を浮かべたサニー。


「ここさ」

「はいっ!」

「お前がかじられてた沼だよな」

『「………………」』


 沈黙したサニーとパスカル。

 先ほどの出発から一時間、サニーの案内に従って右へ左へと右往左往した結果、たどり着いたのは出発地点の沼の傍だった。

 おかげでサニーの衣装もすっかり乾いて泥やぬめりがガビガビになってんだけどな。

 俺の半眼での視線にサニーがふいっと横を向いた。


「私が迷子なんじゃありません」

「ほー、ならなんなんだよ」

「道の方が迷ってるから私の前に来ないんです」

「お前の言い訳の方が迷ってるわっ!」


 ただの迷子じゃねーか。


『サニー、帰宅用のコンパスは動作させていますか』

「いえ……これ少し前に壊れちゃって」


 そういってサニーは頭の角をスポンっと外した。

 その手にはカチューシャに角の付いた明らかに作りものな代物が握られていた。


「おまっ、それついてるだけかよ」


 化身じゃねーのかよ。


「あ、はいっ。これはママが作ってくれた魔導具なんです。迷ったときはこれが帰り道を教えてくれていたんですけど……先月に壊れちゃって」


 道具を使わないと家に帰れない魔王ってどうなんだ。

 そういやコイツどんだけの間森で迷ってたんだ。


「まさかと思うが森でずっと迷ってたなんてこと言わないよな」

「またまたぁ、いくら私でもそんなわけないですよぉ」


 手を振って笑うサニーにほっとする俺。


「家を出てからまだ三日位です。ずっとじゃないですよ」

「迷ってんじゃねーかっ!」

「ひゃっ! お、大きい声出さないでください」

「わり、つーか……」


 マジでどうやって生き延びてきたんだ、コイツ。


「ポンコツだとはわかっちゃいたがここまでだったっけか。ミスティ、よく我慢してたな」

『駄目な子ほど可愛いという奴ですね』

「でへへへ」


 パスカルの言葉になぜか照れたサニー。

 可愛さとポンコツは別物だと思うんだがな。


「そんで、お前さんの家はマジでどっちなんだ」

「そりゃもちろん」


 サニーは少し大きめの胸を張って沼の反対側を堂々と指さした。


「あっちですっ!」


 どや顔をしたサニー。


「自信満々なとこ悪いんだがさっき向かったのって逆方向だよな」

「んぐっ!」


 いや、そこで目を見開いて驚愕されても驚きたいのは俺の方なんだが。


「え……だとしたら……」

「だとしたら?」


 聞き返した俺にサニーが見上げるような姿勢で詰め寄ってきた。


「私の家はどっちにあるんでしょう?」

「しらねーよっ!」


 なんでかは知らねーけど景色が変わりすぎてて俺もわかんねーよ。



     *



「ボロボロだな」


 俺が都市を見ながら言うと何を勘違いしたのかサニーが破れた服を手で押さえながら顔を赤らめた。


「いやー、ワニさんの牙が鋭くて」

「お前の服の話じゃねーよ」

「あははっ、わ、わかってますよぉ」


 本当にわかってんのか、このポンコツ魔王。


「あれ? アキラちゃんの服、いつの間にかきれいになってませんか」

「俺はドサンコだからな。服はお色直しで好きにいじれんだよ」

「えー、なんかそれってズルくないですかー」

「種族特性にズルいもなにもあるか」


 あれから数時間、今は日が傾いてきた夕暮れ時。

 都市を囲んでいた防護壁は根元近くまで崩れ、内部の建造物も多くが破壊されて原形をとどめてないどころか荒れ地と化している場所が多くあるのが見えた。

 あとはあれだな、ちょいちょいと黒こげな爆発跡っぽいのが結構な数ある。


「なぁ、サニー。この都市、爆撃でも受けたのか?」

「バクゲキですか?」


 首を傾げたサニー。

 あー、航空機がないこっちだとピンとこないか


「あちこちで爆発したみたいな跡があるんだが、あれは何だ?」

「アレはですね、魔獣たちが来てぎゃーっていってどかーんってかんじでああなるんです」


 擬音の多いサニーの説明に謎がより深まる。

 魔獣が爆発する?

 普通ならねーな、まぁ、何かほかの要素があるんだろ


「いやそれだけだとわかんねーよ。大体、昼お前が齧られてたワニだって魔獣だろうが」

「そうなんですけど、都市の周辺にいる子たちはほんとにドカーンってなるんですよ」

「だそうだが、どう思う。パスカル」

『爆発する魔獣はごく一部です。この地域には生息していません』


 地球に生育する獣と酷似した野生の獣がMPの影響を受けて深化した魔獣、それらは冒険者によって狩猟されてギルド経由で食卓に並ぶ。

 正確には群体型怪獣の統率から外れ種に変わった個体も魔獣に含まれる。

 魔獣は穀物生産が安定しない地域にある都市だと貴重な栄養源の一つだ。

 場所によっちゃ空を飛ぶサメがいるんだがアレは怪獣から魔獣へと変質しつつある種として有名だな。

 そんなわけで魔獣が一々爆発したりした日にはあっという間に食糧難になる。


「でもですねー。もくもくーってきてどかーんなんですよ」

「わかったわかった。お前に聞いた俺が悪かったな」

「もー、信じてませんねー」


 頬を膨らませたサニーに俺は苦笑しながら答える。


「いや、お前さんがいう魔獣が爆発するってのは信じる。ただ、もしそうだとしてなんでそうなるんだってとこが今の説明だとわかんねーんだよ」

「へっ? なんでそうなるかですか」

「そうだ。そこんとこうまく言えるか」

「んー、もくもくの怪獣が原因なんですけど」


 もくもくって子供か、お前は。


「怪獣名は?」

「えっと……」


 なぜか照れ笑いしたサニー。


「忘れちゃいました」

「おい、そこ重要だろ。しゃーねーな、パスカル、今の説明で該当する情報は?」

『ヒットしません。条件が不明瞭です』


 だろうな。

 まぁ、パスカルじゃなくてミスティだったら知ってたんだろうけどな。


『どちらにせよ都市の内部で爆発が多数起こっているのは確かのようですね』

「確かにな。サニー、お前の家はどっちだよ」

「はい、こっちですよ」

「今度は迷わないだろうな」


 俺の前を歩いていたサニーが一瞬止まった。

 振り返るとかわいらしい笑みとともにガッツポーズをとる。


「頑張りますっ!」

「普通な、自分の家に帰るのに頑張る必要はねーんだよっ!」

「はうっ! で、でも」

「でもなんだよ」


 左右の人差し指を合わせながらサニーが口を尖らせた。


「もしかしたらお家も迷子かもしれないじゃないですか、道みたいに」

「迷子はお前の方だっ!」


 冗談抜きで疲れたぞ、延々迷うのは。


『アキラ』

「なんだよ、パスカル」


 何言おうとしてるのか大概に予想はつくけどな。


『まだかかりそうですね、彼女の家までは』

「そうだな」


 肝心の家の場所を覚えてる奴がいないんじゃな。

 結局、俺たちが明りのついた建物の前についたのは日が沈んだ時間だった。

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