魔王が娘で俺オカン、せめてオトンと呼んでくれ

幻月さくや

晴れ時々ワニ。ポンコツ助けたらまたなつかれた件について

 ある日森の中、どうしても何かに出会うとしたら何に出会いたい?


『アキラ、本日のバッドエンド予報です。晴れ、時々ワニ。ラッキーアイテムは食われた魔王まおうです』


 俺が足元に身に着けた銃型のアイテムからそんな声が聞こえた。


「ああ、そうっぽいな。つーかいつものことだけどおっせーよ」


 俺がそうぼやくと銃は肯定のつもりかそのまま黙り込んだ。

 なぁ、聞いてくれ。

 この世界には三種類の魔王がいる。


 一つ目は畏怖の対象、東の大魔王みたいにすっ飛んだ力もった奴がいつの間にかそう呼ばれたって奴、平たく言うと二つ名だ。

 現実に会ってみるとテラオタクで暴走するとこもはあるけど、気さくで面倒見のいい人なんだけどな。


 俺は森の中で頭を上げ空を見上げた。

 すると鳶っぽい魔獣まじゅうがくるくると回りつつ気持ちよさそうに飛んでいるのが見えた。

 夕食によさそうだな、アレ。


 二つ目は冒険者が使うタレントの一つ『魔導まどう』を使いこなす頼れる後衛。

 それも強い奴になるとMPの影響で髪の色素が抜けて奇麗な銀髪になりやすいことから「お前もついに魔王になってんじゃん」みたいな感じで呼ばれる。

 東の大魔王の髪がシルバーだからな。

 昔はレアだったが冒険者が使う特殊技能としての魔導がタレントとして実装されてからそこそこ経ってるから今だといるとこにはいる。


 三つ目の話をするにはいい加減こいつを直視するしかないだろう。

 俺はため息をついてから視線を再び目の前の森、沼地の中の泥に向けた。


「た……たす……」


 そこには森の中で稀に生息する魔獣、フォレストアリゲーターにすっぽりと下半身を飲み込まれる形で食いつかれた赤みを帯びた銀髪に赤眼、そして頭に角の付いた上に黒い衣装を着たいかにもって感じの魔王ルックスの少女が手を伸ばしていた。


 俺は沼に背を向けた。

 ないない、どこの世界に森の中の沼で巨大なワニ型の魔獣に食われかけて瀕死の魔王がいるってんだ。

 最近疲れてたからな。


「た……たす……たすけないで…………たすけてぇ……」

「どっちだよっ!」


 思わず振り返って突っ込んでしまった俺。

 魔王をがっぷりと口にくわえこんだ巨大魔獣と目が合った。


「「「……」」」


 一歩後退る。


『助けないんですか、アキラ』

「しずかにしろ」


 二歩、同じく一歩沼から足を踏み出してきたフォレストアリゲーター。

 次の瞬間、ものすごい速度でそれが俺めがけて走ってきた。


「なんでこっちくんだよっ!」


 走って逃げる俺の後を魔王を口にくわえたままのフォレストアリゲーターがぶつかった樹木などをなぎ倒しながら進んでくる嫌な音が響いた。

 走りながら一瞬だけ屈んでアンクルホルスターから銃を取り出すと同時に懐から冒険者カードを取り出して手に持つ。


『アキラはドサンコなので魔獣に好かれますからね』

「勘弁しろよっ! 大体、俺は北海道生まれってだけで育ちは千葉だぞっ!」


 俺は全力で逃げながら冒険者カードを銃の横にあるカードをセットできるように作られたスロットに差し込んだ。


『こちらのドサンコは日本テラの北海道とは関係ありませんよ』

「しってるよっ!」

「あいだっ! いだっ! ぐえふっ!」


 頭を振りながら突進してきてると思われるフォレストアリゲーターのあたりから魔王の悲しい断末魔が響く。

 俺の着ているパーカーっぽい服のフードからもう一匹の相棒が顔を出してチュチュっと鳴いた。


「チューティアはまだ隠れてろ」

『まぁ、まだ変身するほどではありませんしね。どうしますかアキラ』


 俺の言葉に大人しくフードの中に戻ったチューティアと他人事のように煽る銃。


「こうすんだよっ!」


 俺は硬めの地面をけって跳躍、太い木を二度蹴って空中へと駆け上がる。

 そのまま俺とワニとの間合いを調整する。


「パスカル、対魔たいまセーフティを解除っ!」

『解除しました』


 もう一回樹木の幹を蹴り位置を補正、フォレストアリゲーターの方向へと銃口を向けた。

 そんなこっちの動きを見ていた魔王が一緒に殺されると思ったのか両手で顔を隠した。

 落ちてく自分の体の向きが少し相手からずれた瞬間を狙ってトリガーを引く。


「シュートッ!」


 爆音とともに周囲を白色が染め上げる。

 銃撃の反動で後ろにとばされたのを利用して森の上方に飛び上がり、近くを飛んでた名も知らない魔獣の鳥をグリップで殴って倒し今夜の食料用に確保。

 そのまま冒険者カードの収納に吸わせた後で自分自身の落下する場所を観察した。

 ちょっとずれるか、まぁ、誤差だろ。

 そんなことを考えてるうちに高度が下がり地面が近づいてきた。


『アキラ、いくらドサンコでもこの高さだと痛いですよ』


 十メートルも空にあがりゃな。

 俺はそのまま足を下にして地面に衝突した。

 巻きあがる爆音と土煙。


「げほっげほっ……いっつーーーー。足がしびれる、マジでいてぇ」

『痛いですむのはアキラがドサンコだからです。普通の人間なら死んでいます』


 ドサンコマジパネェよな。

 土煙が収まってきたのを見計らって周囲を見渡すと、折れた木や俺が落ちた衝撃でえぐれた地面が見えた。


「毎度思うんだけどさ、ドサンコってギャグ時空の住人だよな」

蓬莱人ほうらいじんほどじゃありませんね。ドサンコは怪獣がいるこの世界でトライが生んだ適応種です』


 上には上がいるってか、恐ろしい話だ。

 俺は自分に怪我も打撲もないことを確認してから衣装のほこりを払って足の筋を伸ばす。

 くっそ土まみれだ。


「しゃーねー。とりあえずあいつはどうなったかなっと」


 ダッシュでさっき銃撃を打ち込んだ場所に戻ると頭の上部分だけが撃ち抜かれたフォレストアリゲーターにいまだにくわえられたままの状態の魔王が放心していた。


「あはっ……あははっ。……その…………死んだかと思いました……」

「人間ならそうだろうが俺たちドサンコや魔王は魔獣相手にそうそうしなねーだろ。深度しんど一の怪獣とタメだぞ、俺たちは。ワニは倒してやったんだから自分で出てこい」


 俺がそういうと下半身をワニに食われた魔王の少女は戸惑ったり泣きそうになったりと目まぐるしく表情を変えた後で少しはにかんでから花が咲くかのような笑顔で俺の方に手を指し伸ばしてきた。


「たすけてくれてありがとうっ!」


 握手くらいならいいか。


「なし崩しでだけどな」


 銃を片手に持った俺のもう片方の手とワニの体液が付いていたのかぬっとりとした魔王っ子の手が触れ、俺たちはがっちりと握り合った。


「もうだめかと……」


 ワニに下半身齧られながらそうぼやく魔王。

 絵的にはもうとっくに手遅れな気がするが。


「あなたが来てくれてハッピーでした」


 こいつの頭がハッピーなんだがな。


『アキラ、顔に出てますよ』


 気を引き締めて直視すると魔王の瞳の中に俺自身の姿がうつりこんでいるのが見えた。


「それで……あなたは?」


 覚えてねえか、それもそうか。

 俺はつかまれたままではない方の手をつかって銃をアンクルホルスターにしまいながら指先で何とか冒険者カードを外す。

 そのまま名前欄の一部に指をかけた状態で魔王の方に向かってカードのデータを見せた。


「俺はアキラ。所属パーティはエクスプローラーズ、転生者トライだ」


 カードみりゃわかるからな。

 そんな俺のカードを見て目を丸くしたその子。


「えっと……種族トライはわかるんですがその強さとその……」


 転生者は全員種族のとこにトライって表記されるからわかりにくいんだよな。

 転生後の種族はこっちでの親に準拠する癖に記載欄がねーし。


「ああ、年と見た目か」


 さっき一回いったんだけど聞き流したな、コイツ。

 俺は自分の細い手足と低めの身長、はらりと流れる紫色の髪をちらりと見てから魔王に答えた。


「俺のこっちでの親はドサンコなんだよ。だから女だし大きくなんねーんだ」


 ドサンコは半星神ほしがみで少女しかいない。

 全部がおっさんだったらレプラコーンでも通じたかも知れねえが逆なんだよ。

 でかくなっても中学生くらいが限界のコロポックルもどきといったほうが日本人相手には通じるかもな。

 つくづく業が深い種だよな、これ。

 俺がこっちに来るずっと前にこの異世界に来た日本人がつくったらしい。

 おかげで中身男だって言ってんのに付きまとう馬鹿もでたしな。


『アキラは小さいですからね』

「成長期なんだよ、言わせんな」

『半世紀を超える成長期ですか』

「うるせぇ」


 おかげで前世と通年するととっくに爺だ。

 いや、こっちじゃ女だから婆になるのか。

 好きで少女やってんじゃねーつーの。


「そうなんですか。じゃぁアキラちゃんで」

「おま……まぁ、いいや。それよりそろそろ手を離してくれん?」


 がっちりとつかまれた俺の手。

 振りほどこうとするもおもった以上にがっちりと握りこまれている、というか手汗がすごい。


「い……いや、その……えっと歯が食い込んでて抜けないのと……」

「のと?」


 プルプルし始めた魔王。


「緊張が解けたらその……尿意がちょっと……たすけて……」

「離せっ! 今すぐ俺の手を離せっ! マジでは・な・せっ!」

「い、いやですっ! 何があってもこの手は放しませんっ!」

『かっこよさそうなセリフはいてますがワニの中で放尿しかけてるだけですよね』


 逃げようとする俺の手をつかんで離さない魔王。

 そんな状況で足元でアイコンを点滅させる銃の制御担当のパスカルが役に立たない解説をしてくれやがる。


「解説いいからっ! パスカルっ! これ何とかしてくれよっ!」

『何とかといわれましても自分銃ですから。あ、バッドエンド予報の五分後あれば今すぐにでも』

「いらねぇっ!」


 俺は手を離させることを諦めて魔王をワニから引っこ抜こうと全力をかける。


「あ、もう、もうっ! もう駄目みたいです」

「諦めんなっ! 諦めたらそこまでだぞ」


 森に響いた俺の叫び。


「いろいろありがとうございました。私、ハッピーでしたっ!」

「ハッピーなのはてめーの脳みそだけだっ!」


 その時、魔王がワニの口から引きずり出され宙を舞った。

 そしてこれが少女な俺と頭ハッピーなポンコツ魔王とのだった。

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