第16話 師匠と息を合わせられるのは弟子だけ
びゅうびゅうと風が吹き荒れる。木々が折れるのではないかというほとに枝葉が揺れ、風の音しか耳に入らない。雨は降っていないけれど、歩くのもやっとというほどの強い風でも討伐部隊の隊員たちは平然としていた。
嵐ほど強くもない、雨が降っているわけでもないのだこれぐらいどうってことはないと言ったふうに彼らは前を進んでいる。
風が吹いている元凶であろう中心地には渦が巻いていた。周囲には蜂に似た猫ほどの大きさの虫が飛んでいる。この強風の元凶はこの虫だ。
「風虫の巣が町の近くにできるとは……」
「まだできる前だ、あれは」
隊員の一人の言葉にリーベルが答える。風虫と呼ばれたその虫は巣を作る前に集団で小さな竜巻を起こし、周辺の安全を確認する習性がある。今はその状態でこれが治ると巣を作り始めるのだ。
風虫の尾尻から生える針は鋭く人間が刺されれば死ぬこともある。毒はないものの、刺し殺せるほどには攻撃できるので町や村、近辺の商業道付近に現れた場合には駆除する必要がある。
小さい巣ならば自衛団であるギルドなどが請け負うが、今回のものは大きい巣になるので討伐隊に任が下った。
巣ができれば大きく成長してしまい駆除が難しくなるので早いうちに始末しなくてはならない。シセロはすでに警戒態勢である風虫の様子を見て、隊員たちに指示を出した。
「作戦通りに。魔導師隊は後方で支援、あとは前進。渦までの道を切り拓くだけでいい」
シセロの指示に隊員たちが従い、風虫へと攻撃が開始された。
風虫たちの素早い動きに隊員たちが盾を構えて受け止めると剣を振るう。後方から飛ぶ魔法を受けて何体もの風虫が散っていった。
切り裂かれ、体を真っ二つにされた仲間たちを見ても風虫は抵抗を止めることはない。鋭い針を向けてくるが、ただで食う隊員たちではなかった。盾を構えて向かってきた瞬間を狙い、剣を振る。
ばっさりと切り裂かれる風虫だが、まだまだ渦からやってくる。リーベルは隊員たちを引き連れながら虫たちを薙ぎ払っていく。その勢いが治まることはなく、渦までの道を切り開いていた。
シセロは指を鳴らし、稲妻を走らせながらリーベルが作った道を進んでいく。稲妻に貫かれていく風虫など気にも留めず、ただ渦を見つめていた。
(さて、あと少しだが。女王が出てくる前に仕留めたい)
シセロは魔力を練り上げていく。渦の中に風虫の女王がいるのは間違いなく、出てくれば周囲の虫たちが活発になる。そうなる前に女王が渦の中にいる間に仕留めておきたい。
リーベルの隊が渦の近くまで道を切り開いたのを確認してシセロは魔力を放つ準備を始める。少々、大きいので発動までに時間がかかってしまうのが痛いが一撃でとどめを刺すにはこれしかない。
シセロが魔力を練り上げて魔法の発動に切り替えようとした時だ。渦から雄叫びが上がった。
ぬっとそれは渦の中から現れる。大人一人分ほどの大きさの蜂に似た姿をした魔物が現れた。四枚の翅に剥き出しになった口角、尾先には鋭く長い針がある。紅い目を光らせるそれは風虫の女王だ。
女王が姿を見せたことにより渦は消えて、風を生み出していたであろう風虫たちが溢れ出る。シセロは間に合わなかったかと眉を寄せながらも、魔導師隊に「魔法を絶やすな!」と指示を出した。
「リーベル、女王から距離を保て! 深追いはするな!」
シセロの指示にリーベルは隊員たちに距離を保つように指示を出して、警戒しながら襲いくる風虫を薙ぎ払った。
(あと少し)
練り上げている魔力にシセロは集中する。そんな彼に風虫が攻撃を仕掛けるも、それは弾き返された。
拳に巻かれた包帯に粘液が付着するのを気に留めることもなく、サフィールは風虫を殴り飛ばしていく。
それでもシセロを狙ってくる風虫はいる。けれど、彼を守っているのはサフィールだけではない。大楯を振って風虫を弾き飛ばしたのはセルフィアだ。彼女は向かってくる虫たちを魔力を込めた大楯で粉々にしていた。
「シセロ様、無事で?」
「あぁ、問題ないよ。護衛頼む、あと少しだ」
「はっ!」
シセロの指示にセルフィアは返事を返して虫たちを駆逐していく。サフィールはシセロより少し先の方で戦っていた。
もう少しで練り上がる魔力にシセロが手を前に翳した瞬間、女王が飛びかけた。向かってくる相手の行動を予測していたシセロは魔法を繰り出そうとして止める。
背後から別の魔法が飛んできたのだ。それに気づいた女王がしゅんっと避けてシセロから距離を取った。
「シセロ様!」
魔法を放ったのはミジュリーだった。心配げに駆け寄ってくる彼女にシセロは眉を寄せる。
彼女の魔法が無ければ至近距離で練り上げた魔法を放てたはずだった。なんと間が悪いことかとシセロは思ったけれど、彼女にはそれが分からなかったのだから文句は言えない。
「無事でしょうか……」
「無事だから邪魔はしないでくれ」
そう短く返してからシセロは女王へと目を向ける。女王は警戒しているように空を飛びながら距離をとっていた。これは面倒だなとシセロは思うも、練り上げた魔力を維持する。
さて、女王を引きずり下ろさなければならないとシセロが思案していれば、サフィールが動いた。
突撃してくる風虫を薙ぎ払いながら女王の背後を取ると、飛んでいた虫を足場にするように足をかけて飛んだ。すかさず風魔法を発動させて飛距離を稼ぐとサフィールは身体を回転させながら女王の頭を殴る。
不意を食らった女王は勢いのままに地面に叩きつけられた。ふらつく女王だがサフィールの行動はまだ終わっていない。着地すると同時に魔法を発動させて地面から無数の荊の蔓を生やして女王を拘束した。
「お師匠様、今です!」
師匠の考えを読んだように動いたサフィールのアシストにシセロは練り上げた魔力で魔法を発動させる。翳された手の先、宙に魔法陣が浮かぶとばちんと火花を散らせて放出された。
太い稲妻が女王を包む、衝撃に耐えれず身体は砕かれた。女王は声無き声で鳴いて砂粒と化す。
跡形もなく消えた女王の姿に風虫たちが動揺し、羽音を鳴らしながら逃げるように飛んでいった。
「うーわ、派手にやったな」
抉られた地面の跡を見ながらリーベルが言う。彼は慣れているようだが他の隊員は驚いているのか声が出ていなかった。
「女王が暴れる前に仕留めておきたかったので」
「それはそうだが。お前は滅多に大技ださねぇから隊員たちが驚いてるじゃねぇか」
「気にしなくていいのだがねぇ」
これぐらいで驚いていられては困るといったふうに眉を下げれば、隊員たちは我に返ったように動きを取り戻していく。
シセロは魔力を抑えながらゆっくりと息を吐くと、どんっと体当たりされるように抱きつかれた。誰なのかはわかっているので、シセロは彼女の頭を撫でてやる。
「お師匠様ー! どうです、どうですー?」
「よくやりましたよ、サフィール」
「もっと褒めてくださいー」
「よしよし。よくやりましたから離れてください」
まだ仕事中であることを言えば、サフィールはむーっとしながらもシセロから離れた。それでも褒められて嬉しいのかすぐににこにこと表情を緩める。
「しっかし、よくあそこで動き封じようとしたな」
「お師匠様の魔力が練り上がっているのはわかっていたので、あとは動きを止めればいいだけだと気づくのは簡単ですよー」
女王が突撃してくる時に魔法を放とうとしていたのに気づいていたけれど、それが失敗したので風虫をあしらう行動から動きを封じることに変更したのだとサフィールは話した。
あの短い時間でよく考えたなとリーベルは感心しつつ、「よく相談できてるなぁ」と言う。それにシセロは「相談は特にしてないよ」と返した。
「サフィールは俺限定だけれど空気を読むのが上手いんだ。まぁ、こういう時はこうするなど戦いにおいての動き方を叩き込んだということもあるだろうけれどね」
「なんだそれ」
「お師匠様とは心が通じ合っているので分からないことはないのですよ!」
「それは怖いけれど何も言わずとも考えを汲み取ってくれるのは助かることだ」
シセロはそう言ってサフィールの頭を撫でると、リーベルが「これが夫婦か」と揶揄うように笑う。そういうものではないと思うのだけれど周囲は「さすが、嫁さんだ」というものだからシセロは突っ込むのをやめた。
そんな二人の様子にミジュリーは唇を噛み締めて拳を握っていた。彼女の様子に気づいたセルフィアはあわあわと慌ててリーベルに助けを求める。それにリーベルは「あれは無理だって」と声をかけるしかなかった。
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