第13話 後始末も師匠の役目



「何とか終わりましたね……」



 シセロはぐったりとしたふうに執務机の椅子にもたれかかった。サフィールが問題を起こした後始末をシセロはしていた。彼女の師匠であるので当然であるのだがなかなかに堪える。


 魔術塔の施設長や現場に居合わせた魔導師たち、上司にその他関係者に頭を下げて回った。厳しいお叱りを受けてサフィールは魔術塔の修繕の手伝うこととなり、暫くの間は謹慎となってしまう。それは仕方ないので彼女も文句は言わなかった。


 シセロはその間、壊れた備品の修繕費や上司からの監督不行き届きなど書かされる書類の山を片づけていた。これを他の仕事と並行していたのでかなり苦労したが、やっとそれも終わったのだ。


 魔術塔の修繕も順調になのであと三日もあれば元通りになるだろう。片づけ終わった書類を纏めながらシセロはあとで提出しに行かねばと時間を確認する。午後を過ぎた辺りだったのでもう少ししたら訪ねようと決めた。



「失礼します……」



 ふと、ノックされた扉が開いた。ひょっこりと顔を覗かせたのはサフィールだ。何とも申し訳なさげにシセロを見ている。謹慎とはいえ、魔術塔の修繕を手伝っている身だ。彼女がこの場にいるのは不思議ではないが、手伝いが終わればすぐに帰宅することになっている。


 シセロは「終わったのならすぐに帰りなさい」と言うと、サフィールは眉を下げて俯く。そんな様子にこれはまた何かあったなと察したシセロは「どうしたんだい」と手招きした。


 大人しくサフィールはシセロの側までやってくる。彼女の特等席であるシセロの執務机の隣の席に座ると様子を窺ってくるように見つめられた。



「どうしたんだい。黙っていては分からないよ」

「お師匠様は怒ってます、よね?」

「怒っている?」

「言いつけを破ったこと……」



 サフィールはどうやらシセロから「お菓子作りをしてはいけない」という言いつけを破ってしまったことを、まだ怒っているのではないかと思っているようだった。


 どうしてそうなったのだと聞いてみれば、「雰囲気が」とサフィールは答える。そういえばサフィールへの受け答えが適当になっていた気がしなくもなかった。


 それはシセロが仕事やサフィールのしでかした後始末などで疲れていたのが原因だった。別にもう怒ってはいないし、彼女が反省しているのならばとやかく言うつもりはない。


 けれど、サフィールには伝わっていなかったようで気にしていたようだ。シセロは「怒ってはないよ」と素直に答える。



「あの時、ちゃんと俺は叱ったはずだ。お前は反省もして処罰を受け入れてしっかりと修繕の手伝いをしているのだから怒るわけないだろう」


「でも……」

「お前の後始末と仕事に追われて疲れているのは事実だが、怒ってはいないさ」



 安心しなさいとサフィールの頭を撫でてやる。彼女はやっとシセロが怒っていないのだと知って安堵したように表情を緩めた。



「怒ってはないけれど、話はちゃんと聞きなさい。勝手な思い込みで確認を取らずに暴走しないこと」


「はい」

「お見合いなんて面倒なものはしないさ」

「お師匠様のことは信じているんですよ。お師匠様は私を見てくれるって約束してくれてますから」



 シセロのことは信頼している、だから疑うようなことはしない。けれど、上司からの頼みや命令、誘いは断れないかもしれないと思ったのだとサフィールは言う。確かに断りづらいものではあるので、そう思ってしまうことに関してシセロは否定しなかった。


 サフィールは「お師匠様が私をちゃんと見てくれているのはわかっているので!」と元気よく言う。見ているといえば、見ているのだがそこまで嬉しそうにすることだろうかとシセロは不思議に思ったけれど口には出さない。



「お師匠様の妻に相応しいのは私なんですから! 私以外の弟子も女も必要ないんですよ」

「仕事の上でお前以外にも必要な存在というのはいるのだけれどねぇ」

「それはそれ、これはこれ。妻に相応しいのは私なんです!」



 胸を張って断言するサフィールにシセロは何とも言い難い表情を見せる。そこまで自信満々に言われてしまうとそんな気になってしまう。自分は弟子を取ったのであって妻を拾ったわけではないはずなのだ。とは思うけれど、手放してやれるかと問われると答えられない。


 もうだいぶサフィールという存在はシセロにとって大きな存在となっていた。それでも師匠という立場という頑固な存在がシセロの頭の中にはある。だから、「俺は弟子を取ったんだがなぁ」と呟いた。



「弟子ですよ? 弟子でもあって妻ですよ? 何ですか、他に何かいるというのですか? どこですか、その虫は」


「落ち着きなさい、落ち着きなさい。俺はお前だけしか見ないよ」



 シセロは慌ててそう伝えればサフィールは「ですよね!」とにこっと笑みを見せて言う。何とも揺るぎないなと思いながらもそんな彼女を嫌いになれなず、見捨てることも誰かに渡すこともできない自分に気づいてシセロは苦笑した。




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