第12話 落ち着きなさい、我が弟子よ
部屋の中は悪臭が広がっていた。つんと鼻にくる匂いにシセロは眉を寄せながら触手が出ている場所を確認する。大きな釜の中からニョキニョキと生えているのが見えた。
釜の側にはサフィールの姿があって肩を震わせていた。ヒクヒクと泣き声がするので涙を流しているようだ。
「サフィール」
「……お師匠、さまっ」
ぼろぼろと涙をこぼしながらサフィールは振り返る。見るからに反省している様子であったのでシセロは息を一つついてから彼女の側へと向かおうとした。
しゅんっと触手が行手を遮るように前に伸びてくる。鞭打つように叩きつけられるも、シセロは軽々と避けた。どうやら触手はサフィールに近づかせたくないらしい。
その間にも大釜からは名状し難い虫がわらわらと飛び出してきている。足元を這う虫を踏みつけてシセロは指を鳴らした。バチンッと火花が散って稲妻が駆け巡る。
触手はその稲妻に痺れたように震えるがシセロを叩きつけようとした。それを避けるとシセロはまた指を鳴らして稲妻を走らせる。何本か焦げたように黒く炭と化して消えていくが、まだまだ触手は飛んできた。
これは根本を叩かないといけないなとシセロは触手を避けながら大釜へと近づく。ビュンッと触手が飛んできたのを合図に一気に駆け出した。腕に魔力を込めて握りしめて勢いのまま大釜に突っ込む。
大釜の中身がパッと輝いたかと思うと周囲に巻きついていた、シセロを追っていた触手たちが膨れ上がり一斉に破裂した。飛び回っていた名状し難い虫たちも砂粒のようにサラサラと崩れていく。
大釜から腕を引き抜くとシセロは魔導師の服袖で汚れを拭いながらサフィールを見た。彼女は眉を下げながらへこんでいるように見つめてくる。
「さて、どうしてこうなりましたか?」
「……お師匠様がお見合いするって」
「あー……。お前は最後まで聞いてなかったのかい?」
サフィールが暴走していた理由を知ってシセロはそのことかと理解した。彼女の性格上、お見合いなど許し難いことだろう。どうにか師匠を繋ぎ止めたいと暴走してしまうのも仕方ないことだ。
とはいえ、周囲に迷惑をかけたことに違いはないのできちんと叱らねばならない。
「断ったんだよ。というか、あれは冗談で聞いてきたようなものだ。間に受けてどうするんだい」
「だって……お師匠様の上司だから、断れないのかなって……」
「そんなことはないよ。あの人は地位を振りかざしたりしない。冗談で言って、本題は良い人いない? と聞きにきただけだ」
そう、シセロにお見合いをしないかと言ったのは冗談で、本題は知っている人物で伯爵家の御令嬢に合った良い人は知らないかと聞きにきただけなのだ。サフィールはそれを最後まで聞かなかった。
それを聞いてサフィールは「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。自分の勘違いであったことに反省している様子だ。
「お前は最後まで話を聞きなさい」
「はい……」
「サフィールちゃん、また暴走してたのか」
「お前にも原因があるだろう、リーベル」
壊れた扉の側で覗き見るように立っていたリーベルをシセロは睨む。リーベルは目を逸らしながら「何のことだろうねー」と返していた。
「魔法を加えるという入れ知恵をしたのはお前だろう」
「いや、まさかここまでだとは思わなかったんだよ」
「サフィールのお菓子作りが下手なのもあるが、呪術になってしまうんだ」
サフィールがお菓子作りをするとその工程に魔力が宿り呪術になってしまう。何度、制御しようとしてもできないのでお菓子作り自体を禁止していたのだ。魔力が宿るだけならばまだいい、呪術となっている状態で魔法など手を加えてしまえば暴発し何が起こるかわからない。
今回のように得体の知れないモノを生み出すこともできるし、下手をすると爆発する。シセロは「だからサフィールにはお菓子作りをさせないんだ」と言った。
「あー、そうだったのか……すまん」
「申し訳ありません、シセロ様」
「セルフィアは知らなかったのだから無理はないからお前は悪くないよ。リーベル、お前は俺がサフィールにお菓子作りをさせたくないのを知っていただろう」
「ただ不味いモノを作るだけだと思ってたんだよ。悪かった」
リーベルの返答に確かに自分も言い方が悪かったなとシセロは反省する。ひとまず、サフィールの誤解も解けたのでシセロは「魔術塔の施設長と他関係者に謝罪周りをしましょう」と彼女の背を押した。
備品など壊れてしまったものも多いはずだ。これは弁償費がかかるだろうなとシセロは思いながらも、こうなってしまったのはちゃんと説明していなかった自分のせいでもあるので文句は言わない。
俯きながらよろよろと歩くサフィールの頭を撫でてシセロたちは部屋を出た。
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