第11話 誰だ、弟子に入れ知恵したやつは
それは午後の日差しが窓から差し込んでいた時だった。天気も良く、窓を開ければ心地よい風が吹き抜けてくる落ち着いている日だ。執務室でテキパキとシセロは書類を片付けていた。
書類もだいぶ片付いて一度、休憩でもしようかと顔を上げてふと気づく。側にいつもならべったりと張り付いて離れないサフィールがいないのだ。何かあっただだろうかと記憶を辿るもこれといって聞いてはいない。
こうやっていない日というのは珍しくはなかったので、誰かに呼び出されたのだろうと結論づけてシセロは休憩をしようと立ち上がった。
飲み物でも飲もうと隊員たちが使っている食堂へと向かおうと扉を開ける。すると、すごい勢いで誰かがぶつかってきた。おっとと、ふらつくシセロにその人物は「申し訳ありません!」と慌てて離れて謝罪する。
見ればセルフィアだった。勢いよくぶつかったものだから鼻が痛いのか、押さえながら頭を下げている。そんな彼女に「どうかしましたか」とシセロが問えば、「サフィール殿が」と返された。
「サフィールがまた何かしましたか?」
「何かしたというか、してしまったというか……」
セルフィアもどう話したら良いのかといったふうに言葉を迷わせていた。そんな様子にシセロは嫌な予感をさせる。
「……何がありましたか?」
「その、魔術塔の一室でお菓子を作っていたようで」
「お菓子作りをさせてしまったのですか!」
シセロは思わず声を出してしまう。声にセルフィアは驚きながらも、「作ってました」と返した。シセロは恐る恐る、「どうなっていますか」と問うた。
「その、魔術も合わさってか名状し難い何かが湧いて出てきてまして……」
「……何をやってるんですか、サフィール」
セルフィアが言うには何らかの魔術も合わせたらしく、よくわからない生き物が溢れ出ていて魔術塔内がパニック状態になっているらしい。側にセルフィアもいたらしく、どうしたらそうなるのか理解できなかったと言う。
シセロは分かっていた。魔術は確かに使ったかもしれないが、大したものではないことを。サフィールがお菓子作りをするという行為自体がいけないのだと言うことを知っている。
他の魔導師も対処しているが本元であるサフィールの生み出した名状し難い存在まで行きついていないので、慌ててシセロを呼びにきたようだ。セルフィアは「何も知らなくて……」と協力してしまったことを謝罪していた。
知らなかったのだから協力してしまうのは仕方ないことだ。シセロはそれに関して怒ることはしない。むしろ、隠しておくべきではなかったなと反省していた。
「案内してください」
「はい、こちらです」
話だけでは何がどうなっているのかわからないので、シセロはサフィールのいる魔術塔へと向かうことにした。
向かってこれほど後悔したことはない。シセロは目の前に広がる光景に痛む頭を抑える。
魔術塔は魔術などの練習や魔術を用意た薬などを精製するための場所だ。魔術を取り扱うため、魔導師や魔術の腕を認められた者しか立ち入ることが許されない。
薬の匂いが漂う静かで少し辛気臭いといった印象なのだが、この日に限っては大騒ぎだった。あちこちに名状し難い何かが壁や床を這っている。黒くてテカテカと照っている二本の触覚が生えている手のひらサイズの虫が飛んだり、這ったり。
あまりの気持ち悪さに女魔導師だけでなく、男魔導師ですらギャーギャーと悲鳴を上げていた。シセロですら、気持ち悪いと思ってしまったほどにその名状し難い何かは嫌悪感のする見た目だ。
セルフィアはそんな虫と格闘する魔導師の間を縫ってシセロを魔術塔の奥へと案内する。螺旋階段を登るも突撃してくる虫にシセロは眩暈がしそうだった。虫は先導するセルフィアが剣でバッサバッサと切り捨てていた。
彼女は虫が平気なようで表情を変えることがない。飛び出してくればびっくりするようだが周囲の魔導師たちに比べれば大人しくしていた。
暫く登っていくと蛸の足のようなものが壁を、階段を這っていた。うねうねと動いているのだが襲ってくるような様子は見せない。虫は相変わらず飛んでくるのだが進むにつれてその蛸の足のような触手が太く密集していくのが気持ち悪かった。
一つの部屋の前でセルフィアは立ち止まり、「こちらです」とシセロに声をかける。無数の触手が出ている様子を眺めながらシセロは「どうしてお菓子作りをしようとしたのですか」とセルフィアに聞いた。
「その、サフィール殿が『お師匠様を繋ぎ止めるために気持ちを込めたお菓子を送りたい!』と言ってきまして……」
セルフィアは感謝の日が近いこともあり、日頃からお世話になっている上司や同僚にお菓子を渡そうとしていた。材料を抱えて調理場を借りようとしたところにサフィールがやってきたのだという。
『お菓子作り得意なんですか! よかったら一緒に作りませんか!』
勢いよく詰め寄られて困惑したものの、師匠に美味しいお菓子を作ってあげたいのだと言われて了承したらしい。最初は普通に作っていたのだが、サフィールが「もっと想いを込めるんだ!」と言って何やら魔術や薬草を鍋に入れ始めた。
薬草はまだしもどうして魔術をとセルフィアは質問したようで、サフィールは「恋は魔法っていうから、魔法でもかけたらって言われたので」と言われたのだとか。
その質問からすぐに異変は起こり、鍋から触手は湧いて出るわ、名状し難い虫が大量発生するわで大騒ぎになったのだと。事の顛末を聞いてシセロは「誰だ、変な入れ知恵をしたやつは」と眉を寄せた。
そうこうするうちに部屋からは名状し難い虫が飛び出してくる。このままではいけないとシセロは室内へと入った。
入って早々、逃げ出したいと思ったのは後にも先にもこの時だけだろうなとシセロはその光景を見て思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます