三.弟子にお菓子作りをさせてはならない

第10話 勘違いはここから始まる



 クロフェリア国には一年に一度、感謝を伝える日というのがある。春が来る前の月の中頃にそれはあり、日ごろ世話になっている人や妻、夫などに感謝を伝えながらお菓子などを渡すのだ。


 けれど、いつしか感謝ではなく愛を伝えることの方が多くなった。この時期が近づくとシセロは憂鬱だった、何せ手作りをお菓子が大量に届くからだ。


 店で売っていたものならばまだいいのだが、明らかに手作りだろうと分かる物から問題作まで届く。何が入っているのか分からないので恐怖だ。



「お菓子作りさせないようにしなくては……」

「何、サフィールちゃん料理苦手なの?」



 シセロの呟きにリーベルが問う。執務室でまだ感謝の日でもないのに、フライングで置かれていたお菓子の包みを突いているのを見て気になったようだ。



「料理は問題ないよ、お菓子作りがダメなんだ」

「お菓子作りも料理も一緒じゃねぇの?」

「全く、違う」



 お菓子作りと普通の料理では作り方が違う。お菓子作りはきちんと分量を図り、焼き加減など一つでも手順を間違えると取り返しのつかないことになってしまう。


 味付けの差ならば普通の料理はまだ修正がしやすいが、お菓子作りではそれは難しい。料理はできるけどお菓子作りが下手だという人間は多かったりする。


 サフィールも例に漏れずお菓子作りが下手な部類だ。ただ、それが規格外なものだからシセロは彼女に「許可なく作ってはいけない」と注意している。それを聞いてリーベルは「サフィールちゃん、何やったんだよ」と苦笑していた。



「思い出したくもない」

「お前が言うなら余程のことなんだろうな」

「あれはダメだ、壊滅的すぎる」



 今年もなんとか止めようとシセロはしているようだが、その度にサフィールが抵抗を見せるらしい。お願いだからやめてくれと言うのだが、感謝の日に関してはあれこれ言って強引に押し進めようとするのだとシセロは溜息をこぼした。


 そんなシセロに同情しながらリーベルが「頑張れ」と応援していると、扉がノックされた。



「シセロ君、今いいかね?」

「ヴァイオニッチ様、どうぞ」



 ヴァイオニッチと呼ばれた少し年老けた男が執務室へと入ってくる。きっちりと仕立てられた黒の魔導師服を身に纏う姿はお堅く見えた。白く短い髪をオールバックに流して気さくに声をかける彼にシセロは立ち上がる。


 ヴァイオニッチはシセロにとって上司に値する。魔導師団の指揮官である彼にはどんなに優秀な存在であっても頭は上がらない。シセロもそうなので彼への対応には注意していた。



「いやー、この時期になるとお互い大変だね」

「ヴァイオニッチ様は俺よりも量が多いでしょうから大変でしょう」


「危なそうなものは弾いているけれど、それでも大量だからね。食べ切れるわけもないから部下たちに配っているよ」



 流石に何箱分ものお菓子を一人で食べ切ることはできないとヴァイオニッチは笑う。渡してくれた子たちには食べきれないから部下たちに配ることを最初に伝えておくのだと言っていた。


 それを聞いて「俺もそうしています」とシセロは答えた。何せ、サフィールがいるのでシセロは貰ったものを口にしたことはない。彼女が「何が入っているのか分からないんですから食べては駄目です!」と言って捨ててしまうからだ。


 捨てるのは申し訳ないので仕分けをしてからシセロも討伐隊の隊員たちに配っていた。サフィールは不服そうにしているのだが、「俺の立場も考えてくれ」と言って受け入れてもらっている。



「ヴァイオニッチ様、何かあったのでは?」

「あぁ、そうだった。シセロ君、お見合いしてみない?」

「……はぁ?」



 ヴァイオニッチの言葉にシセロは呆けた声を出してしまう。側で黙って話を聞いていたリーベルは吹き出していた。二人の反応にヴァイオニッチが「いやね」と訳を話す。


 伯爵家の知人が娘の婚約者を探していると相談されたのだという。その娘は幼い頃に婚約者候補を別の家に取られてしまってから、男が信用できないのだと言って今まで良い相手が見つからなかったらしい。


 そんな娘も二十歳となったのでそろそろ嫁ぎ先を見つけなくてはとなった。そこで知人は顔も広いヴァイオニッチに相談した。それを聞いてシセロは「無理ですよ」と返す。



「ヴァイオニッチ様も知っているでしょう。俺の弟子を」

「知っているよ。妻として周知されているからね」

「なら、無理な理由もわかりますよね?」

「行けると思ったんだけどなぁ」



 ヴァイオニッチは頭を掻きながら眉を下げる。それだけで彼が冗談として、とりあえず聞いてみるかというノリで言っていたというのは分かった。彼の様子にシセロが「貴方っていうお方はそういうところがありますよね」と言えば、「いいじゃないか」と笑い返される。



「シセロ君は優秀だし良い相手だと思ったんだけどねぇ」

「なら、リーベルはどうですか」

「あー、リーベル君もありだね! 君はそろそろ大人しくなったほうがいい」

「ちょっ! それどういう意味!」

「君は女遊びが酷すぎるよ」



 そろそろ結婚して妻の尻に敷かれるべきだと言うヴァイオニッチにシセロは同意するように頷く。そんな二人の様子にリーベルは「そこまでひどくないやい」と口を尖らせた。



「お前は落ち着くべきだね」

「シセロ、お前ー」

「はっはっは。まぁ、二人とも考えておいてくれよー」

「断ったでしょうが」



 そうやって冗談を言い合っている三人だったが、この話を聞いていたものが他にいたことには気づかなかった。


 扉のまで黙って聞いていた彼女の姿には。



「お師匠様が盗られてしまう……」



 ぽつりと呟くとそのまま駆け出していた。前が見えなくなっている者には冗談というものに気付けないことがある。それを本気に捉えてしまい、悩み、怒り、悲しみ、そして暴走してしまうのだ。



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