第8話 無事ならばそれでいい
シセロが森林へと到着した頃にはもう日が沈みかけていた。待機していた隊員たちがシセロを見て「指揮官殿」と困ったように敬礼している。それに「うちの弟子がすまない」と謝罪していれば、ミジュリーを監督していた魔導師隊のリーダーが「申し訳ありません」と頭を下げてきた。
ちゃんと教育ができていなかったと言う彼にシセロは叱ることはしなかった。周囲にいた隊員たちの話を聞いて、ミジュリーから挑発したようだがそれに乗ったのはサフィールだ。どちらも悪いので彼だけが謝るべきではない。
「うちの弟子が乗ったもの悪いから気にしないでくれ」
「しかし、監督者としてはおれにも責任が……」
「それを言ったら俺にもあるよ」
シセロが「気にすることはない。二人にはちゃんと言い聞かせよう」と言って、森の奥へを確認する。だいぶ薄暗くなっており、リーベルが追いかけてから随分と経っていると聞く。
リーベルならば下手なことはしないはずなのでそろそろ戻ってくるだろうと考えている時だった。
ドッドッドッドっと、何かが走ってくる音がした。ガシャガシャと鎧の擦れる音もするのでリーベルたちではないだろうかと様子を見てみる。するとリーベルと数人の隊員が勢いよく飛び出してきた。
リーベルがサフィールを脇に抱え、大柄な騎士がミジュリーを肩に乗せている。彼らが出てきたと同時に巨体な身体が茂みからぬっと姿を表す。
八本の鎌のような長い足に複数の黒い眼玉はぎょろぎょろと周囲を見渡している。巨体な薄茶色の胴体はふさふさの毛で覆われていた。
「ジャイアントスパイダー!」
側にいた隊員が声を上げる。シセロは素早く「態勢を整えなさい!」と指示を出した。慌てる中、指示に従う隊員たちにリーベルは「大物だ、気をつけろ!」と周囲に聞こえるように言うとシセロの方まで駆ける。
脇に抱えられているサフィールは会わせる顔もないといったふうに両手で覆っていた。その様子から反省しているのだけは理解できたシセロは、ジャイアントスパイダーの様子を窺いながらリーベルに「簡潔に」と訳を求める。
リーベルは「森の奥で二人がジャイアントスパイダーと遭遇、逃亡中にオレたちと合流して逃げてきた」と一言で説明した。それだけで大体は理解できたのでシセロは全くと息を吐く。
大人ですら見上げるほどの巨体な身体のジャイアントスパイダーが鋭い鎌足を振り上げる。それを避けながら隊員たちは陣形を作り、攻撃を開始した。森の奥、山付近にいるのならばいいのだが降りてきてしまった魔物は討伐しなければならない。
この森道は旅人だけでなく物資を運ぶためにも使う場所だ。ここで放置していくわけにもいかないので、シセロは魔導師隊に援護を指示する。魔導師隊は後方に下がって隊員たちを援護するように魔法を放つ。
「火属性以外のものにしろ! 森を燃やすな!」
「はい!」
リーベルの指揮に魔導師隊が返事をする。風や水の魔法がジャイアントスパイダーを襲った。シセロは隣に立つなんとも申し訳なさげなサフィールに「お前も戦うんだよ」と言う。
「お前がやったことだろう。お前もちゃんと戦うんだ」
「はい……」
「……サフィール。お前は俺のサポートをしなさい」
サフィールの返事に前に出るのは危険だと判断したシセロはそう指示を出すと前に出た。リーベルに魔導師隊の指示を任せて、シセロは前線で戦う隊員たちの輪に入っていく。
隊員たちはジャイアントスパイダーの素早い鎌足の動きに苦戦しているようだった。シセロは鎌足の動きを見極めながら徐々に前へと出る。
それに気づいたジャイアントスパイダーが口から糸を吐き出した。粘り気のある糸がシセロを襲うがすっと上に飛んで避ける。漆黒の翼を羽ばたかせて頭上を飛ぶと拳に魔力を込めた。
上に飛んだことに気づいたジャイアントスパイダーだったが、隊員たちの剣を捌くので精一杯のようだ。それでもシセロから離れようと後ろに飛びのこうとして、足に荊棘の蔓が巻き付いた。
「お師匠様、今です!」
荊棘の蔓はサフィールが放った魔法だったようだ。シセロは拳に込めた魔力を放つように頭上から一気に急降下して、ジャイアントスパイダーの頭部を殴り飛ばす。
ずんっと勢いよく殴られてジャイアントスパイダーの眼玉は潰れて吹き飛び、頭は破裂したように緑色の液体を撒き散らした。
頭を潰されてジャイアントスパイダーはふらふらと身体を揺らすとバタンと倒れ伏す。虫が死んだ時のようにピクピクと足が痙攣したように動いていた。頭が潰れているが、シセロは一応のため心臓当たりに手を当てる。瞬間、ぶしゅっと血が噴き出た。
「はい。これで終了です」
隊員たちはあっさりとジャイアントスパイダーを倒したシセロに目を瞬かせつつも、「はっ!」と返事をする。一瞬というほどではないけれど、そう思うほどの速さだったのだから、驚くのは無理もない。
シセロはそんな隊員たちに「後始末は任せます」と指示を出してサフィールの方へと歩み寄る。彼女は申し訳なさそうに俯いていて、今からどうなるのかわかっているようだった。
「サフィール、それからミジュリー。話があるから着いてきなさい。魔導師隊のリーダー、君も」
少しばかり低い声にサフィールとミジュリーは肩を震わせる。魔導師隊のリーダーはミジュリーが逃げ出さないように彼女の後ろに立った。
「リーベル、ここは任せるよ」
「おう。しっかりと叱ってやれ」
リーベルは手を軽く振ってから隊員たちの方へと駆け寄っていった。シセロは二人を連れてセルフィアのいる中継地点へと向かった。
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