第7話 頼むから仕事中に暴走しないでくれ
シセロは執務室で書類を整理していた。いつもなら側にいるサフィールは任務を与えているので居ない。指揮官であるシセロが現場に立つこともあるが、そうでない時もある。
今回の魔物討伐も狼の魔物の駆除であるのでシセロが出ていくほどではないと判断したようだ。周囲から他の魔物の気配はないという報告も受けているので問題はないだろう。
指揮官補佐であるリーベルが出ているので、彼に任せておけばいい。女ったらしではあるけれど仕事はきちんとやる男なのでそこは信用していた。
飾りっ気のない執務室はとても静かだ。シセロ自身があまり物に拘らず興味もないので他の執務室よりは簡素となっている。それを同僚や面倒な上司が悪口がてらに言ってくることもあるが気にはしていなかった。
静かな空間で焦ることなく書類を片付けていると、勢いよく扉が開いた。なんだろうかとシセロが顔を上げると、セルフィアが息を切らしながら入ってきた。
「し、シセロ様。突然、申し訳ありませんっ」
「落ち着きなさい。何かありましたか?」
「ウルフラーの討伐の件でして……」
それはサフィールが参加している任務だ。時間的にはまだ討伐をしている頃だろうとシセロは何かあったのだな理解して、セルフィアに「続けて」と話を促した。
「実は、魔導師隊に入っているミジュリーという女魔導師と、シセロ様の弟子であるサフィール殿が……」
「……やらかしましたか」
「その、どちらがシセロ様にふさわしいのかを討伐数で競うなどとして森深くまで入り込んでしまい……」
セルフィアの話を聞いてシセロは痛む頭を押さえる。いったい、どうしてそんなことになったのだと思っていれば、「飴玉をプレゼントしたとか……」とセルフィアが言ったので、この前の小瓶に入った飴玉を渡してきた女魔導師のことを思い出した。
そういえば、彼女の名前はミジュリーだったはずだ。きっとサフィールが牽制しに行ったのだろうことは目に見える。それで相手も乗っかってくるあたり、サフィールの予想というのは当たっていたのだ。
その気など全く見せていなかったと思うのだがと女の強かさにシセロは「怖いねぇ」と少しばかり恐ろしくなった。
「ウルフラーが山側ではなく、森の奥へと逃げてしまったのはこちらの不手際でもあるのですが、サフィール殿とミジュリーが追従してしまって……」
「前しか見てませんね……」
「わたしは中継地点で待機していたのですが、伝便魔法がリーベル殿から届いたので急いで馬を走らせてきました」
「伝便魔法はここまでは飛ばせませんからね……ありがとうございます」
シセロは資料を束ね直しすと立ち上がった。艶のある黒と白のグラデーションが綺麗な髪を乱暴に掻きながら、シセロはセルフィアに「案内してください」と行って部屋を出た。
***
少し時間を戻してハウラウの森林。王都から東に行った先にある比較的、近い森にサフィールはいた。リーベルの指揮のもと、山のほうから降りてきていたウルフラーの群を駆除しながら、山へと戻るように誘導する。
森の奥ではなく、山へと通じる方へと追い込んでいた時のことだった。ミジュリーがサフィールを睨みつけたのだ。それに反応してサフィールが「何か?」と睨み返す。
「別に何も?」
「なら、見てこないでください。あとお師匠様にも近づかないように」
「はあ? 貴女には関係ないじゃない」
「ありますよ。私はお師匠様の妻になるのですから、よその女が近づくなんて許されるはずがないです」
「決まってもないのに何を言っているの? シセロ様に迷惑だと思わないわけ?」
ミジュリーは「四六時中、引っ付いてシセロ様を苦労させているなんて最低よ」と言った。それに対してサフィールが「嫉妬ですかー? お師匠様は許してくださっているんですよー」と返す。
その返事の仕方が自慢げだったことに腹が立ったのか、ミジュリーが「自分が迷惑なことをしているのも気づけないなんて、可哀想だわ」と露骨に憐れむような態度を見せた。
もちろん、そんな態度を取られて黙っていられるわけもなく、サフィールは「魔導師としても妻としてもお師匠様に相応しいのは私です!」と眉を寄せる。才能はサフィールの方があるのをミジュリーも知っているのだが、「調子に乗ってるんじゃないわよ」と言い返していた。
その言い争いというのは他の隊も聞いており、険悪な雰囲気に隊員が止めに入るのだが逆効果。さらにヒートアップしてしまい、「どちらが多く狩れるか勝負!」とどちらが言ったか分からないが、そうなってしまった。
「邪魔よ!」
「あなたこと邪魔ですー!」
「こら、二人とも……」
異変に気づいたリーベルが注意をするも、二人は聞こえていないのか森の奥へと入っていってしまった。これはいけないとリーベルは急いで中継地点にいるセルフィアに伝便魔法を打つと、他の隊員に指示を出してから複数の隊員を連れて森の奥へと入っていった。
「ほんっと、勘弁してくれよぉ」
リーベルは面倒げにそう呟くと溜息を溢した。
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