二.弟子が暴走するのは今に始まったことではない

第6話 弟子の愛が重い


 執務室へと戻る最中、声をかけられたシセロは振り返った。



「あの、シセロ様。よろしければこちらをどうぞ」



 肩に掛かる赤毛がよく似合う可愛らしい容姿の女魔導師が小瓶を渡してきた。中には飴が入っているようで色鮮やかだ。


 丈の短いスカートで素足を晒す彼女を見て肌寒くないのだろうかと思いながら、シセロは小瓶を受け取った。



「飴ですか」

「はい。今、城下で流行っているものなんです」



 どうやら城下では飴が流行っているらしい。手軽に食べられて日持ちするからのようだ。飴細工が凝っているものもあるようで見た目も楽しめるのだという。


 瓶に入れて保存できるので仕事の合間に甘いものをと息抜きにも良いと彼女は言う。確かにそれはそうかもしれないなと小瓶の中身を見た。きらきらと光に反射している飴玉はこれといって何かが仕掛けられているようには感じない。


 物をあまり受け取らないシセロだったがこれぐらいならばと「ありがとうございます」と突き返すことをしなかった。女魔導師は嬉しそうに微笑みながら「いえいえ」と返して仕事に戻っていく。


 シセロはそんな彼女の背を見送ってから自身の執務室へと戻った。


 飴玉の入った小瓶を執務机に置いて手にした書類に目を通していると、バンっと部屋の扉が勢いよく開いた。なんだろうかと見れば、眉を寄せている不機嫌そうなサフィールが乱暴に扉を閉めて入ってくる。


 その様子にシセロは嫌な予感がした。むすっとしてるのではなく、顔を顰めているその瞳が冷たい。これは彼女の何かに触れたなとシセロは瞬時に理解した。



「サフィール、どうしたんだい?」

「あの女から何を貰いましたか」



 とりあえずと聞いてみるとサフィールから「あの女狐から何か貰っていたでしょう」と返される。何かを貰ったのか、そこであの女魔導師との話を思い出した。どうやら彼女はそれを見かけたようだ。


 シセロは「飴を貰っただけですよ」と小瓶を見せた。ぎっしりと詰まった飴玉を見てサフィールはますます目つきを鋭くさせる。



「食べましたか?」

「食べてないよ」

「何か入っていたら危ないので没収します」



 サフィールはずいずいっと執務机まで歩むと小瓶を取った。なんとなくそうなるだろうなと予想ができていたシセロは「大丈夫だと思うけれどねぇ」と言いながらも、彼女の行動を止めることはしなかった。止めると余計に話がややこしくなるのを知っているからだ。


 小瓶の中身をじとりと確認しながらサフィールは「あの女、要注意人物リストに入れておこう」と呟く。なんだ、そのリストはとシセロは突っ込みそうになったが、触れてはいけない気がしたのでやめておく。



「お師匠様に寄り付く虫はちゃんと駆除しますから、安心してくださいね!」


「彼女に変なことしないでくださいよ」

「何もしませんよ? ただ、話をつけてくるだけですから!」

「それが怖いのですが」

「何ですか? どうしてあの女を庇うのですか? 何か言われましたか?」



 すっと真顔になって瞳がますます冷たくなる。サフィールが纏っている空気が吹雪いているかのように寒くなっているのを感じて、シセロはこれは危険だと「そうではないですよ」と慌てて返した。


 それでもサフィールは「あの女が何か吹き込んだのならば、駆除しなければ」とぶつぶつ呟いている。



「違いますから。お前が何か言われるのが俺は心配なだけだよ」



 弟子が悪く言われるのは、評判が悪くなるのは師匠からしたら心配なことだ。それが師匠を想ってのことならば、申し訳なくなってしまうとシセロは話す。これに嘘はなくて、サフィールがこれ以上の変な噂や評判がつくのは彼女にとって仕事がしづらいだろうと思ってのことだ。


 それを言われてサフィールはぱっと表情を明るくさせると、シセロの隣まで駆けて抱きついた。




「私のことを心配してくれるお師匠様は優しいですね!」

「お前の師匠だからね」

「そういうところが好きなんですよ!」



 にへへと頬を緩ませるサフィールの頭を撫でてやる。こうして見れば可愛らしいのだが、考え方が恐ろしいので見た目だけでは判断できないなとシセロは思った。



「なーに、いちゃこらしてんの」

「してませんよ、リーベル」



 書類を持ってやってきたリーベルが二人の様子を見て言う。それにシセロが答えれば、「他所から見ればそう見えるだよなー」と返してきた。



「今度は何があったわけ?」

「同じ隊の女魔導師から飴玉を貰っただけだよ」



 先ほどあった話をするとリーベルは納得したように「お前、顔は良いからな」と笑っていた。それは関係あるのかと言いたげにシセロが見遣れば、彼は「そこそこお前を狙ってる女子はいるぞ」と言う。



「性格微妙だけど地位と容姿が良いからな、お前」

「性格に難があるかもしれないがそこを強調しないでほしい」

「はぁ? お師匠様の隣に立つのは私なんですけど?」



 リーベルの話を聞いてサフィールが苛立ったように低い声を出す。あんなに可愛らしく頬を緩めていた様子は跡形もなく、眉間には皺が寄って冷めた瞳に戻っていた。



「リーベル。せっかく大人しなったというのにお前ってやつは」

「あー、うん。悪かった」



 サフィールが「あの女は駆除するとして他は誰だ」と心当たりのある人物を思い浮かべているのを眺めながらシセロは息を吐いた。こうなるとまたしばらくは怖いのだ。


 じろりとリーベルを睨めば、彼は悪いとは思っているようで話を逸らそうと別の話題を振っている。それでもサフィールはまだ顔を顰めているのでシセロはどうやって宥めようかと頭を悩ませた。




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