第5話 病んでる弟子も可愛いとは思ってしまう



「シセロ様、報告書になります」



 シセロの執務室にやってきたのは討伐部隊の女性隊員だった。彼女はセルフィアといい、二十代と若いなりに活躍している優秀な騎士だ。


 白と銀を基調とした鎧に身を包み、白く短い髪が特徴的で凛々しい容姿の持ち主だ。男からよりも女に人気のある彼女はよく同性に告白されているというのをシセロは聞いたことがあった。


 セルフィアが書類を持ってやってくると執務机の前で背筋を伸ばす。シセロは彼女から書類を受け取って流し見ると「いつ見ても丁寧ですねぇ」と呟いた。


 セルフィアが書く報告書というのは丁寧で分かりやすくなっており、無駄な言葉というのが少ない。しっかりと何の魔物を討伐し、自身の部隊がどう行動したのかというのをなるべく正確に記している。


 今回のゴブリン討伐では二陣のリーダーを任せたが、期待通りの働きをしてくれていた。



「貴女は優秀ですね」


「そんなことはありません。指揮官であるシセロ様の指揮が良いからわたしが動けたのです」


「そういう謙遜するところも良いところなのでしょね。報告書を一番に書き上げてきたのは貴女ですよ」



 シセロはそう言って書類を机に置いた。セルフィアから負傷者の様子などを聞くと、彼らの体調は良好で傷も問題ないらしい。



「でしたら、暫くは休んでもらいましょう。怪我をしているのに無理して戦わせては足手纏いになるだけだからねぇ」


「彼らに伝えておきます」


「貴女も少し休むように」

「了解しました。その……」



 セルフィアが何とも申し訳さなげに眉を下げている。どうかしただろうかとシセロが問えば、彼女は「サフィール殿が」と指をさした。


 隣を見ればシセロに抱きつきながら、冷たい眼差しをセルフィアに向けるサフィールがいた。じぃっと睨むように敵意を向けている姿にシセロはあぁと額を抑えた。



「気にしなくていい。これは発作みたいなものだから」

「そう、ですか……」

「お師匠様の隣にふさわしいのは私だけですからね?」



 威圧の籠められた言葉にセルフィアはすぐに返答ができず、一歩引く。少しばかりサフィールのことを恐れているようだった。



「こら、サフィール。およしなさい」

「何でですか? お師匠様は私だけを見てくれるのですから、私が一番ふさわしいですよ?」


「いや、そういうことでは……」


「いいですか、お師匠様にふさわしいのは私なんで、そこのところ気をつけてくださいね。セルフィアさん」



 じとりと睨むように見つめられてセルフィアは黙って頷いた。サフィールの迫力に負けて何も言い返せなかったようだ。セルフィアが言い寄っているわけではないというのにとシセロは思うけれど、この状態で指摘したとしても通じないのは弟子として育ててからよく知っていることだ。


 だから、シセロはそこには触れずにサフィールに「落ち着きないさい」とだけ言葉をかけてセルフィアの方を見遣る。彼女はなんとも言えない表情をしていた。



「なーに、やってんの?」

「あぁ、リーベル」



 微妙な空気が漂っている中、リーベルがやってきた。三人の様子に彼は数度、瞬きをすると首を傾げる。それにシセロが無言でサフィールを指差せば納得したようにリーベルは指を鳴らした。



「出た、サフィールちゃんの牽制」

「言い方」

「何を言っているんです、リーベルさん。私は本当のことを言っているだけですよ!」



 むすっと頬を膨らませるサフィールにリーベルは「そうだった、そうだった」と少し慌てた様子で返す。彼女の機嫌を損ねてまた痛い目を見たくはないようだ。


 リーベルの登場にセルフィアがぴしりと姿勢を正す。彼女にとって彼は上司でもあるのでこの行動は間違ってはいない。いないのだが、セルフィアの様子が少しだけ変わったような気がシセロはした。



「セルフィアちゃんも報告書出しにきたの?」

「は、はい。リーベル殿」

「オレもなんだよねぇ。にしてもセルフィアちゃんは今日も可愛いねぇ」

「えっ、いや、その、あありがとうございます!」



 可愛らしいと言われ慣れていないのか、わたわたと慌てながらも返事を返すセルフィアにシセロはあぁと理解した。



「わ、わたしは報告が終わりましたので、その、下がります。それでは失礼いたします」

「えぇ、ありがとうございます」



 素早い動きでセルフィアは扉の前まで歩むと敬礼を一つして部屋を出ていった。その背をリーベルは見送るように「またねぇ」と手を振っている。にこにこと笑みを見せる様子はなんともだらしないものだった。



「リーベル、お前は彼女にも手を出すつもりかい」

「いやー、同じ隊の連中には手を出さないつもりだけど?」

「セルフィアが可哀想になるねぇ。こんな女ったらしを俺は勧めないよ」

「やっぱ、オレって顔が良いからな!」

「お前は謙遜しないさい」



 きらっという擬音がしそうなキメ顔を決めるリーベルにシセロは呆れたように言う。けれど、彼は謙遜などするような人間ではないので適当な返事しか返ってこない。


 確かにリーベルは容姿が良い方だ。彼に近づく女性というのは多く、それと同じくらい離れていく。リーベルの女ったらしな部分で皆が引いていくのだ。それでも食いしばっている人もいるので、彼は相手に困ったことはない。



「多少、性格が悪くても他が良ければ許されたりするからな!」

「それをクズだと言うのですがね」

「なんだよ、お前だって顔は良いだろうが、顔は」

「それは性格が悪いって言いたいんだろう」

「お前も酷いじゃん」



 周囲の人間などどうでもよくて、仕事ができればそれでいい。自分に迷惑をかけてこなければそれでよくて、なるべく面倒なことないは関わりたくはない。時に人を見捨てることも厭わず、自分から手を差し伸べることはそうない。これが性格が良いと言えるのかとリーベルは言う。


 確かにそれはそうなのだが、街で噂されているような非道なことはしていないし、そもそも他人に少々興味がないだけである。シセロは「お前と一緒にしないでくれ」と返した。



「そうですよ! お師匠様はかっこいいだけじゃないんですよ! 魔術は優秀ですし、強い! 優しいですし、約束は守ってくれるんですから! リーベルさんのような人と一緒にしないでください!」


「地味にダメージくる言い方しないでくれよ、サフィールちゃん」

「私、お師匠様以外に興味がないんで」



 ばっさりと切り捨てられてリーベルはぐでっと肩を落とす。そんな様子にシセロが「落ち着きなさい」とサフィールに言う。



「今日はどうしたんだい。セルフィアは別に何もしていないだろう」

「だってー」



 むーっとしながらサフィールは「褒めるんだもん」と答えた。



「お師匠様が他の人を褒めるのが嫌だなーって思ってー。私だって頑張ったんですよー。ちょっと失敗しちゃいましたけど」



 師匠が誰かを褒めるのは嫌だなと聞いていて思った。もちろん、上司として部下を褒めるのが大事なことだというのは理解している。でも、受け入れられない自分がいて、つい口に出していたとサフィールは言った。


 親が他の子を褒めた時の子供のような心境を話すサフィールにシセロは不覚にも、なんと可愛らしいことを言うなと思ってしまう。


 あーっと目元を押さえながらシセロはどう返すか考えていた。その様子にリーベルが「やっぱり、嫁にしろって」と笑う。



「今、随分と気持ち揺れなかったか?」

「そんなことはない、ない」

「長い付き合いのオレに嘘は通用しないんだなぁ」

「面倒すぎる」



 にやにやと緩んだ顔をしているリーベルをひと睨みすると、シセロは抱きつくサフィールへと視線を移す。むーっとしながらも眉を下げている様子というのはなんとも愛らしい。


 シセロは弟子として可愛いとは違った愛らしさに葛藤しながらも、サフィールの頭を撫でることで気持ちを落ち着かせようとした。



 結論、病んでいても可愛い


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