第2話 成長したら病んだ弟子になっていた



「お師匠さまー! サフィール頑張りました!」



 白金の肩にかかるふわふわの髪を揺らしながらサフィールは叫ぶ。黒い魔道師服の長い裾を翻す彼女の手は真っ赤に染まっていた。


 目の前に転がる魔物の数にシセロはその黒と白の綺麗なグラデーションの髪を掻く。


 サフィールを拾ってから数年、彼女は十八歳となり立派な魔導師となっていた。才能があったこともあり、この若さで国に認められている。



「お師匠様、何を考えていたんですか?」

「お前の姿を見て、昔のことを思い出しただけだよ」



 シセロがこの現場に到着したのは少し前のことだ。近くまで来ていた魔物の群の討伐を任された部隊からの報告を受けてやってきた。


 ちゃんと任務が遂行できているのか、後始末ができているのかなどを確認するためだったのだが、その光景にシセロは思わず過去のことを思い出してしまった。


 にこにこと笑みを見せる血濡れの弟子、サフィールの様子に出会った時と似ているなとそんなことを思ったのだ。



「それより、私やりましたよ!」

「あぁ……よくやりましたね、サフィール」

「当然ですよ! 私はお師匠様の弟子ですよ?」



 褒められて嬉しいのか、サフィールはデレデレとシセロに甘えていた。そんな彼らの様子に近くにいた魔導師たちがこそこそと話す。



「出たよ、シセロの嫁さん」

「シセロよりも残虐だと聞いていたが、こうも簡単に魔物を殺せるとは……」



 サフィールは黒翼の魔導師のシセロの弟子として、そしてなぜか妻として有名になっていた。


 そんな視線にシセロは苦笑するしかない。実際、こうなるはずではなかったのだ。


 そう、ただ気まぐれに捨て猫を拾う感覚でサフィールを弟子にした。彼女は言われた通りに師匠であるシセロの教えを守り、学んできた。


 魔力の素養があったこともあってみるみる成長していった。それは喜ばしいことで、自身が弟子にしたのだからそうなってもらわねば困る。何もできない奴になど興味はないのだから。


 けれど、サフィールはそれだけでは終わらなかった。


 自身を見てくれる、自身のために教えてくれるシセロに彼女は落ちきっていた。もう、彼だけしかいないと。


 恐れられはしているものの、シセロに近づいてくる女性というのは実際多かった。容姿が良いのとその力が目当ての者ばかりで、そんな女達を彼女は許さなかった。


 牽制など生温い。殺す気でいや、殺そうとするとことまでいくほどに撃退していった。シセロに止められるたびに彼女は言うのだ。



『お師匠さまは私だけを見てくれるって約束してくれましたから。だから、それを邪魔する奴を排除しようとしただけですよ?』



 どうして止められなくてはいけないのだと言いたげに。


 シセロのことは信頼しているサフィールは、彼に寄ってくる邪魔なものをただ排除しようとしているだけだ。悪気など悪意など一切ない、純粋な愛を持っての行動なのでさらに質が悪い。


 何度、止めるように言ってもどうしていけないのか理解できないのだ。これにはもうシセロは諦めるしかなかった。



「私はお師匠さまのこと大好きですから!」



 そう言ってサフィールはシセロに抱きつく。


 そんなこともあり、恋人にも妻にした覚えもないと言うのにいつの間にそのように広まってしまった。


 サフィールは「私以上の女なんていませんから、私がお師匠さまの妻になるのは当然ですよ!」と言っているでさらに拍車が掛かる。


 とんでもない女に自分は愛されてしまったなとシセロは少しばかり後悔した。



「俺は弟子をとったはずなんだけどなぁ」

「弟子ですよ、私は。なんですか、他に弟子を取ろうと言うのですか?」



 さっとサフィールの目の色が変わる。私がいるというのに私以外を見るのですかと言うように。



「誰ですか、お師匠さまに近づいた虫は」

「落ち着きなさい、サフィール。俺はお前しか見ないよ」



 シセロが「大丈夫、大丈夫ですから」と言えば、サフィールは元の無邪気な表情へと戻る。「そうですよね!」と元気いっぱいに笑う。



「危ない!」



 少し離れた先から叫びのような声が響いた。振り返れば大人一人分ほどはあるだろう大柄な狼の魔物が飛びかかってくる瞬間だった。


 これにはサフィールも驚いて瞬時に動くことができない。シセロは彼女は後ろに隠して、素早く手を前に出す。ぱっと光って薄いベールのようなものが壁のように現れた。


 薄いベールにぶつかった狼の魔物はバチッと火花を散らして吹き飛ばされる。その一瞬の隙にシセロが拳を握って振り上げた。


 拳は狼の魔物の顎に入り、骨を砕く音を鳴らす。シセロは魔力を集めて淡く光る拳で倒れる魔物の頭を殴った。


 勢いよく砕かれ破裂する頭から脳髄が飛び出る。ぐちゃりとめり込んだ拳を離して、シセロはこびりついた汚れを払うように手を振った。



「し、シセロ様、申し訳ありません」

「ああ、気にしないでいい。これぐらいの魔物ならば大したことはないですから」



 魔物を追ってきた部隊の騎士が慌てて謝るのに対して、シセロは気にしていないといったふうに返事を返していた。


 一連の流れを見ていた周囲の魔導師や騎士たちがひそひそと声を顰める。また何か言っているようだったが、シセロは言いたいように言えばいいと無視をしてサフィールの方へと目を向けた。


 サフィールは「さっすがお師匠様!」と目を輝せながらシセロを見つめている。そんなに見られても困るのだが、彼女は尊敬の眼差しを向けてきた。



「媒体無しで魔法使えるなんて、さっすが選ばれた魔導師様!」

「俺以外にもできるのはいるよ、サフィール」



 魔法を使うには触媒が必要だ。杖だったり、剣だったりと媒体は多種多様であるのだが、稀にそれらが無くとも魔法を使える魔導師も存在する。


 珍しい部類には入るものの、だからといって強いとは限らない。特別扱いされるほどのものではないのが、一部の人間というのはそう見てしまうようだった。



「これでもう魔物はいないね?」

「はい、今ので最後です」

「そうですか。では後処理は任せましょう」



 騎士から話を聞いてシセロは散らばる魔物の亡骸を彼らに任せることにした。周囲はまだ何か言っているが状態はちゃんと確認はしていたらしく、シセロの言葉に同意するように「あとはしっかり片付けるように」と騎士たちに指示を出していた。



「では、此処はもう終わりましたから戻りましょう」

「はい!」

「腕に引っ付かないで歩きなさい」

「嫌です!」



 ぎゅっと抱きつきながらサフィールは答える。その様子を見ている周囲の魔導師の視線というのをひしひしと感じながらシセロは苦笑するしかなかった。






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