第3話 愛が重いのもどうかと思う



 魔物討伐を終えて王城へと戻ったシセロは割り当てられた執務室で、くっついて離れないサフィールを横目に書類をまとめていた。



「シセロさんよー、今日もいちゃこらとしてたらしいですねぇ」



 そう言ってやってきたのは同僚の魔導師だった。赤毛の短い髪を掻き上げる男はサフィールに手を振る。


 彼はサフィールに手を出そうとして彼女に殺されそうになった女たらしだ。


 死ぬかもしれない恐怖を味わって以来、サフィールには手を出そうとも言い寄ろうともしなくなった。



「リーベル。好きでこうなったわけじゃないんだよ」

「え、自分好みに育てて手を出すつもりじゃなかったのか?」

「違う。俺の手足になればいいと思っていたぐらいだよ」



 面倒なことは嫌いだ。それを請け負ってくれる代わりになるような魔導師に育てばいいと思っていた。気まぐれに拾ったけれどこれといって目的というのはなかったので、手足になればいいぐらいにしか考えてもなかった。


 それだというのになぜこうなった。


 彼女は妻になると自信満々に思ってるし、自分以外の弟子を取らせるつもりもない。女も男も敵と判断した瞬間から殺す勢いで排除していく。こんな可愛らし顔だというのに考えが酷く恐ろしい。


 年頃なのだから自分の歳と近いもっと良い男がいるはずだ。こんな年上の男を狙う必要はないだろう。



「誰がこうなると思いましたか?」

「お前が育てたからだろう」

「どうしてこんな愛の重い娘に育ちましたか、全く……」

「どうしたんですか? 私の愛では足りませんか、お師匠さま」

「そんなんことは言っていません。それ以上、重くならないでください」



 これ以上、重くなっては身が持たないとシセロは深い溜息を吐いた。


 サフィールは「大丈夫ですよ、私はお師匠さま一筋ですから!」と見当違いなことを言い始める。


 べったりとくっついて離れない彼女の様子にリーベルはシセロに同情しているようだ。こんな重い愛を一心に受けるというのは大変だろうなと。



「もう諦めて手を出して嫁にしろ」

「なんでそうなりますか」

「え! 嫌なんですか? 私が嫌なんですか? どうして手を出してくれないのですか!」



 もう十八にもなるいうのにどうして手を出してくれないのだ。私以外に妻に相応しい女はいないでしょうと、サフィールはそれはもう自信満々に言った。


 どうしてこうなったと、何度目かの疑問をシセロは思う。


 シセロが「まだ若いでしょう」と言ってみるのだが、サフィールには「私の知っている女の人はもう経験済みですよ!」と返されてしまう。誰だその女は、余計なことを教えるなと思わず突っ込みたくなった。



「さぁ、さぁ!」

「やめなさい、サフィール」

「もう、襲ってしまえよサフィールちゃん」

「やめなさい、やめなさい。リーベル、余計なことを言わないでくれ」

「いいじゃないか、どうせ嫁にするんだろう」



 此処まで嫁として広まっているのだ。サフィールの押しと行動力もあってか、今更逃げることはできない。彼の言う通り、逃げ道はもう残されてはいなかった。


 別に彼女を愛していないわけではない。そんな感情がないわけではないのだが、本当に妻にしていいのかという葛藤はある。



「大丈夫ですよ! 私はお師匠さま一筋ですから!」



 ねっと笑む彼女にシセロはこれはもう逃げられないのだなと悟る。


 あぁ、どうしてこうなってしまったのだろうかと深い、それは深い溜息を吐いた。



「それで、リーベルは何のようだったのですか」

「あぁ、そうだった。また討伐依頼が来てるんだよ」



 リーベルはそう言って数枚の紙束を差し出してきた。受け取った用紙には討伐依頼の内容が記されている。


 王都から少し離れた先にある村がゴブリンの襲撃を受けたというものだった。規模も大きく、自衛団でもある近くのギルドでは対処ができないといことで、ここまで回ってきたようだ。


 ギルドというのがこの国にもいくつか存在する。それは自衛団のようなもので基本的には小規模な魔物討伐などを引き受けている場所だ。ギルドで対処できないと判断された依頼は王国直属の討伐部隊が担当することになっている。


 シセロはその討伐部隊を指揮する立場にいた。立場的に言えば上の位であるのだが本人はそんなふうを見せない。



「あぁ、なるほど……リーダーゴブリンがいるだろうねぇ」

「偵察隊が確認はしているぜ」

「リーダーがいるというのがまた面倒だ。他にも役割を担当しているのがいるだろうけれど……まぁいい」



 用紙に記されている偵察隊の報告を読みながら、シセロは考えるように顎に手をやった。



「ジュダの森に住処があるのは間違いない」

「それはオレも思った。他の連中も村の近くにあるジュダの森を捜索している」

「さすが、指揮官補佐だ。俺が指示する前にやってくれているねぇ」

「これぐらいは朝飯前だぜ、シセロさんよぉ」



 得意げにリーベルは言う。仕事が早いことは良いことだとシセロは用紙を捲りながら村の現状などを確認する。


 どうやら何人かは死亡し、多くの女性は幼児も含めて連れされたようだ。生き残っていても手酷い扱いを受けているだろうと想像ができた。



「女性隊員を連れて行くのはあまり進めないが……」

「え、私は行きますよ?」



 シセロの言葉にサフィールが返す。「お師匠様が行くのなら私も行く!」と詰め寄った。


 ゴブリンに捕まる可能性などを考えると、あまり女性を連れて行くのはお勧めしない。けれど、討伐部隊に選ばれた女性というのは歴戦をくぐり抜けた強者ばかりだ。


 彼女たちの腕は確かなので問題はないだろうとはシセロも思っている。むしろ、女性であることを武器にして戦う者もいるのでそれを利用する手もあるのだから悪いとは言えない。


 とはいえ、前に出てしまう癖があるサフィールを連れて行くのはとシセロは考えてしまう。それを察してか、リーベルが「大丈夫だろ」と言った。



「むしろ、連れて行かなかったら勝手についていくぞ」

「それもそうだねぇ……仕方ない。サフィール、俺の指示にはちゃんと従いなさい。いいね?」


「はい! サフィールは良い子なのでお師匠様の指示には従います!」



 元気よく返事をするサフィールにシセロは返事は良いだがなぁと少し心配げに彼女を見つめる。



「お師匠様を一人でなんて行かせませんよ! 私だけを見て、私が支えて行くんですから!」


「愛が重いねぇ……」

「シセロ、頑張れ」



 サフィールの当然だろうといった表情にシセロは言い返す気力も出なかった。



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