黒翼の魔導師は弟子(ヤンデレ)に愛されすぎて困っています!

巴 雪夜

気まぐれに拾うのは考えものだと実感した

一.出会った当初を思い出して、現在を見る

第1話 それは気まぐれだった



 それは偶然だった。王城の呼び出しに仕方なく出向き、仕事を終えて帰っている時だった。


 外は真っ暗で月が空に昇り、城下の町を照らしてる。誰一人として出歩いている者はいなかった。昼間ならば活気づいている市場も店が閉まり静かだ。


 そんな夜も更けた時刻に住宅地の路地をシセロは男一人で歩いていた。黒い魔導服の長い裾を靡かせながら暗い道を進んでいく。


 はらりと一つに結われた艶のある黒と白のグラデーションが綺麗な長い髪が風に揺られた。


 ぴたりと足を止める。風に生臭い匂いが混じっていて、これは嗅ぎ慣れたものだなとシセロは思った。何処からするだろうかと辿っていくと、路地の裏に隠れるように建っている家が目に止まる。


 匂いはその家から漂っており、シセロは何も言わずに扉を開けた。



「これはこれは」



 室内は見事に無残なものだった。


 テーブルは倒れ、椅子は転がり無数の皿が割れて散乱している。床は赤黒く濡れ、暴れ回った後があった。


 家に入り、見渡してみればそれはあった。匂いの原因であろうぐちゃぐちゃに腹の中を掻き回された男の死体だ。苦悶の表情を向けた眼がシセロを映している。


 身体の節々が捻り曲がっているその形状をふーんと眺め、床を見る。引き摺った跡のようなものが奥へと続いていた。


 奥の部屋へと続く扉に手をかけて何の躊躇いもなく開け放つ。目に飛び込んできた光景にシセロは思わずほうと声を溢した。


 簡素な部屋の中心に娘が一人、座っていた。まだ幼さの残るその可愛らしい顔には似つかわしくない真っ赤な液体が頬を彩っている。肩にかかる綺麗な白金のふわふわな髪にも飛び散っていた。


 丸くくりっとした蒼眼はシセロの方へと向けられている。突然、入ってきた知らない男に驚いているようだった。


 そんな彼女の腕には女の首が大事そうに抱きしめられていた。


 女の身体だろう物体が欠片のように周囲に散らばっている。一段と血塗れの室内にシセロは笑いそうになった、これは酷いと。



「これはお前がやったのかい?」



 その問いに娘は頷く。分かっていたことなのだろう、だろうねぇと可笑しそうにシセロは呟く。



「お前、魔力が暴走したのだろう?」



 意味がよく理解できていないのか、娘は首を傾げていた。無自覚による魔力暴走かと、シセロはこれは面倒なモノを見つけたなと思う。


 魔力の値が極端に高い人間がたまに起こすのが魔力暴走だ。それが幼い頃だと特に厄介で、制御できず被害を出すことが多く、彼女はそれだった。


 自身に魔力の素養があるのを自覚せず、親もそれを知らなかったのだろう。もっと早くから気づき、訓練を積んでいれば暴走は起こらないで済んだはずだ。なんと可哀想な事件だろうか。



「お前が父を、母を殺したんだよ」

「分かってる」



 娘は頷く、知っていると。自分がやったことだというのは分かっているらしい。それにしては大人しいなとシセロは思った。


 一般的な子供の魔力暴走というのは現実を受け入れた瞬間、感情が爆発する。悲しみや後悔、怒りが溢れてくる。親兄弟を殺してしまったのなら、なおさらだ。けれど、この娘はそうではない。違和感を覚えるほどに大人しく、落ち着いている。



「……お前、親を殺したかったのかい」



 娘は頷いた。シセロは興味が湧いて、彼女に近寄ってみた。


 母親だろう女の首を抱きしめながら娘は逃げることもなく座っている。元の色が分からないほどに血が染み付いたワンピースの袖をシセロは捲った。


 くっきりと残った青痣にシセロは娘の了承など得ずに服の下を覗き見る。無数に点在している肌を埋めるように残った痣の数々に目を細める。


 顔に無いということは誰かに見つからないようにしていたのだろう。虐待を受けていたのだ、この娘は。



「憎かっただろう。殴られ、蹴られ、蔑まれて」

「誰もわかってくれないの。あの男は酷い奴なのに」



 父親だろう男のことを娘は話す。あれは外面はよかったから、周囲の人間は誰も気づかないと。


 母親は男が好きだった。男は女には優しく、娘にはそうでなかった。何かあるたびに娘に暴力を振るい、母はそれをただ笑いながら見ていた。


 どうして誰も気づいてくれないのだろう。母はこんな醜い男の何処がいいのだろう。娘には考えても考えても分からなかったようだ。



「お母さんはね、とっても綺麗な人なの。ほら、綺麗でしょ? だから、余計にわからなかったの。どうしてあんな男が好きなのか」



 娘は母親の首を持ち上げて、シセロへと見せた。恐怖と苦しみに悶え苦しんだ顔をしているが、普通の表情ならばきっとそれなりに綺麗だっただろう。


 娘は「私もお母さんに似て可愛いのよ」と笑む。



「でも、誰もそう誰も気づかないの。お母さんもそう。誰も、そう誰も気づかないの。だからね、そうだから」



 殺したの。娘は当然だといったふうに言葉を発した。私を理解してくれない、こんな親は要らないと。


 なんと傲慢な子だろうかとシセロは思った。


 魔力暴走は彼女の殺意が発端となって起こったことだった。もともと殺したと思っていたのだから暴走する力を止めようとは思わず、殺したことを受け入れられたのだ。



「このままだとお前は親殺しとして処罰されるけれど、いいのかい?」

「別に。もうどうでもいいの」



 娘は「誰も私のことを分かってくれないのだもの。なら、生きていてもしょうがない。死んでしまった方がいい。」と言って何もかも受け入れていた。


 幼く見えるというのにそれほどまでに達観しているというのは珍しいなとシセロは思う。


 少しばかり興味が湧いたシセロは娘の腕をとり、魔力を測る。魔力暴走後ということもあり、魔力は昂っていた。この量ならば訓練すれば優秀な魔導師にはなれるだろう。


 ふむとシセロは顎に手を当てる。娘は魔術の素養が十分にあり、殺した後だというのに冷静だ。魔道士としての素質はあるのではないだろかと考える。



「お前、名前はなんていうんだい?」

「サフィール」

「ねぇ、サフィール。お前、俺の弟子になるかい?」



 サフィールは目を丸くする、彼は何を言っているのだろうかと言いたげに。そんな彼女にシセロは笑みをみせる。



「お前は人を殺せるんだ。その度胸なら魔導師になれるよ、素養は十分にある」

「アナタは魔導師様なの?」

「そうだよ」



 信じられないといったふうに見つめてくる彼女に、シセロは「仕方ないねぇ」と小さく呟くと指を鳴らした。


 ばさっと黒い羽根が舞うと、闇夜のような翼がシセロの背から生えていた。



「黒翼の、魔導師……」



 サフィールは知っていた、城下で有名な魔導師のことを。


 黒い翼を持つ悪魔のような魔導師がいる。その男は人を殺すのを躊躇わず、何とも思うことはない。困っている人が居ようとも手を差し伸べることもない。自分の思うままに、気まぐれに動く狂った奴だと。



「気まぐれに子を拾うというのも面白いだろう」

「気まぐれなの? 私は気まぐれで拾われるの?」

「そうだよ、気まぐれさ。でも、お前のことはちゃんと見てあげるよ」



 シセロに「お前は見て欲しいのだろう?」と問われてサフィールは頷いた。


 サフィールは「私を見て欲しい。私を知って欲しい、私だけを」と返す。シセロは「見てあげるよ」と返した。


 サフィールは抱きしめていた母の首を放ってシセロに抱きついた。



「私を見てくれるの? なら、私は頑張るわ、アナタのために頑張るわ!」

「それはそれは嬉しいことを言ってくれるねぇ」



 シセロは愉快そうに笑い、抱きつくサフィールを抱え上げた。



「では、お前は今日から俺の弟子だよ。ちゃんと師匠の言うことを聞くんだ。そうしたらお前を見てやろう。お前だけを見ていてやろう」


「言う事聞くわ! 私、頑張る!」



 それは契約の言葉だった。


 気まぐれに、そう気まぐれに捨て猫を拾うように。



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