最終話
「渡辺くんお疲れ様。温泉旅行楽しんでね」
「お疲れ様です! お土産買ってきますんで!」
上司に挨拶すると、小走りで職場を後にした。
すっかり仕事が長引いてしまった。美咲は怒っているだろうか。
少し前に「お待たせ。そろそろ出られそう」というメッセージを送ったが、既読がついていない。
美咲から美容院へ行った日に、直接会って聞きたいことがあるという連絡があった時は、「とうとうバレてしまったか」という思いだった。
あれは一目惚れだった。
仕事終わりに、駅で友人らしき人物と話している美咲を偶然見かけた時に、好きになってしまったのだ。
彼女たちの会話が聞こえ、美咲という名前であることを知った。
家の方向が同じだったので彼女の後方を歩いていると、美容院へ入っていくのが見えた。
その日はそれっきりだったが、彼女のことが忘れられなかった僕は、馬鹿だと思いながらも同じ美容院へ通うことにしたのだ。
いつか何かのきっかけで仲良くなれるかもしれない。
しかし、それからしばらくの間は進展もなく、次第に美咲のことを忘れていった。
だから、本屋で偶然彼女が話しかけてきた時は、心臓が口から飛び出るかと思った。
付き合ってからも美容院の件は、ずっと心にひっかかっていた。
なぜなら、初めて美容院に行った日に、うっかり美咲が通っていないかと聞いてしまったのだ。
担当の由紀さんは怪しむ素振りもなく「昔から通ってくれているわよ。もしかして知り合い?」と聞いてきたので、適当に相槌を打っておいた。
もし、このことが美咲の耳に入れば、出会う前にそんなことを聞いている僕に不信感を持つだろう。
宿に着いたらちゃんと説明しなければ。
優しい美咲のことだ。全て正直に話せば、怒らないとは言わないまでも、許してくれるのではないだろうか。
小田原駅で箱根登山鉄道に乗り換えると、スマートフォンでSNSをチェックする。
すると、「箱根 事件」という言葉が急上昇ワードになっていることに気づいた。
「なんだ? 箱根でなんかあったのかな」
スマートフォンをスクロールすると、たくさんの投稿の中からニュース記事を見つけたので、読み始めた。
------------------
(速報)箱根で女性の遺体発見
[2022/2/26 15:12]
本日午後1時頃、神奈川県箱根町にある旅館で、宿泊客の田中美咲さんが倒れているのが見つかり、その場で死亡が確認された。
そばで座り込んでいた男が、遺体に向かって叫び続けていたため、警察は殺人の疑いで逮捕し詳しい経緯を捜査している。
------------------
次第に荒くなっていく息遣い。
全身から血の気が引いていく。
震える手で何とか美咲へ電話をかけた。
「頼む、別人であってくれ……」
すがるような思いで、彼女が出るのを待ち続けた。
耳元では、無機質なコール音が鳴り続けている。
ストーカーが中学生の頃に好きだったクラスメイトを探し出す話 あいうら @Aiura30
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます