田中美咲⑤
目的の温泉宿につくと、卓也の名前でチェックインの手続きをした。
当の本人は、急な仕事で午前中は出勤することになってしまい、少し遅れて宿に来るとのことだ。
フロントには後から1人遅れてきますと伝え、客室への案内を受ける。
部屋は想像していたよりも広くて気持ちがよかった。
テラスには露天風呂がついており、そこから葉を色づかせ始めた木々が見える。
深呼吸をすると、山の新鮮で冷たい空気が体内に取り込まれていくのが分かる。
交際してから初めての旅行。本来であれば楽しい気持ちでいっぱいのはずだった。
しかし、先日美容院で聞いた話が心にひっかかり続けている。
あのあと、卓也には直接会って聞きたいことがあると伝えていた。
互いに忙しかったため、結局今日まで会うことができなかったが、彼が来たら、まずはそのことを確認したい。
はっきりさせてからでないと、この旅行を楽しむことはできないだろう。
不安な気持ちでしばらく過ごしていると、テレビの横に置いてある電話が鳴った。
「フロントでございます。お連れ様がいらっしゃいましたのでお通しいたします」
まだ仕事が終わったという連絡が来ていなかったので、思ったより早い到着に驚いた。
「分かりました。ありがとうございます」
卓也と会うのは1週間ぶりだが、例のことがあるせいか少し緊張している。
遠くの方から微かに女将さんの話し声が聞こえる。
それからしばらく経つと、1人分の足音が近づいてきた。
そして、扉をノックする音が響く。
「はーい」
私は小走りで入口まで行くと、勢いよくドアを開けた。
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