2.床上の伊織

「陽菜さん…僕、今日体調悪い…」


午前6時。

伊織は、顔面を蒼白にしながら、額を抑え、ふらふらとした足つきでベッドから降りてきた。


「伊織!?どこか痛いの?病院行く?」


「病院はいいや、頭痛いだけだから、寝てくるね。」


珍しく慌てふためく陽菜とは対照的に伊織は冷静に対応し、自分の部屋に戻っていった。






午後1時。

伊織は耳元にある棚に何かが置かれた音で目が覚めた。

重い瞼を開け、随分軽くなった頭を持ち上げた。

視角には、天使。

嗅覚には、神米。

聴覚には、声音。

触覚はなかった。


「あ、起こしちゃった?」


それらの正体を一身に背負う者が口を開いた。


「お粥、作ったから。元気になったら食べてね。」


味覚には、風情。

それは伊織を起き上がることができる程度回復させた。

陽菜に同伴してもらいながら一階へ降りると、伊織はあることに気が付いた。


「陽菜さん、学校は?」


「…え!?今日は学校の創立記念日だから、休み…だよ?」


そんな訳はなかった。通う高校は一緒なのにそんな嘘が通じなかった。

しかしながら、陽菜さんの気遣いを無下にできるはずもなく、「そっか」とだけ伝えた。


午後5時。

家の前に男が立っていた。チャイムが鳴らされる。

伊織、陽菜双方誰だかわかっていなかった。

陽菜が玄関の前に立ち、ドアにてをかける。

その時、伊織は今朝のメッセージを思い出した。



「すみません、葵先輩。今日お休みします。」


「大丈夫か?学校終わってから、桃缶とか、スポドリとか届けるわ!」



そのメッセージを見たかどうか、そのタイミングで伊織はベッドに張り付いた。

それが今になって記憶の住処から蘇った。


記憶が急に蘇るとき。

それは恐らく、危険を伝えるとき。

また姉と比べられる。葵先輩もあの目に変わる。

そう思って陽菜を制止しようとしたが、遅かった。

陽菜と葵は対面した。


「え!?あの時の…」


「はい?」


「この前、校門前で声かけさせて頂いた者です!」


「はぁ…?」


陽菜には、日常茶飯事だった。声をかけられることも、そしてまた、適当にあしらうのも。


「まぁ、そんなことよりこれ…」


葵は桃缶、スポーツドリンクの入ったビニール袋を陽菜に渡した。


「ありがとうございます!伊織のために?」


「はい!まぁ自分、伊織の先輩みたいなもので。…ところで、伊織とはどういったご関係で?」


「きょうだいです。」


全て終わったかのように思えた。

もしかしたら、「カップルです。」とでも、答えてくれた方が良かったのか。

きっと自分の恋も、学校生活も、ひいては人生すら終わったのではと思った。

葵は、「そうなんですね」とだけ言って別れの挨拶を告げた。

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