スターダスト

madoka

1.校門の天使

私立桐塔高校。県内トップクラスのその高校は特別だった。


その高校の正門には毎朝、天使が降臨する。




ピンと伸びた背筋から芽吹く、少し赤みがかったセミロングに目を奪われない者はいない。


凛々しい顔立ちの中に確実にある可愛らしさに惚れない者はいない。


制服に隠された、発育がよい胸に心惹かれない者はいない。


膝下5センチメートルのスカートから萌えたつ白く品のある脚に首ったけにならない者はいない。


堂々としつつおしとやかな歩き方にメロメロにならないものはいない。


そしてそんな彼女を想わない者はいなかった。




「君、いつも思ってるんだけど可愛いね。今度俺と一緒にご飯いかない?もちろん俺のおごりで!」




黒髪でセンター分けの男が話しかけてきた。


どよめきと嫉妬が渦巻いた周りとは裏腹に、彼女は一切表情を変えず、




「遠慮しておきます。」


とだけ発声した。




少したじろいだ男は、厚かましくも質問を投げる。




「えと、連絡先交換とかどう?」




「遠慮しておきます。」




「男性のタイプとかってありますか?」




「ないです。」




「趣味は…」




「ないです。」




少し食い気味に答えた彼女に男は嫌な表情を浮かべたが、それでも引き下がらず、核心に迫る。




「今、彼氏とかって…」




「いません。」




男はその言葉に嬉々たる表情を浮かべ、




「え、なら俺を彼氏候補に…」




図々しいのかただ鈍感で馬鹿なのか。男は不作法にも詰めよる。




「じゃあ、今彼氏持ちです。」




そこまで言われた男は、白くなり風に流された。


彼女はそれを何もなかったかのように歩き去った。




「葵あおいせ~んぱ~い?だいじょぶですか~?」


葵と呼ばれたその男は笑い交じりに肩をたたいてきた茶色のベリーショートの男の子に励まされる。




「ぁあ、伊織いおり。人ってあんなに塩対応できるんだな…」




葵は落胆しながら伊織に向き直る。


何かを悟ってしまそうな葵を伊織は慌てて引き戻そうとする。




「ほら、あの人も何となく気分が悪かっただけですよ。多分。」




「そうかなぁ」




先程の威勢はどこへやってしまったのやら、葵はメソメソと俯いていた。




「葵先輩ってイケメンですし、あの人に次いで学年2位の秀才じゃないですか!」




「うん、ありがと。」




「それに、昨日、女の人に告白されていたじゃないですか!いくらでもいい人いますって!」




そう言って笑う伊織が嘲笑、激励以外の感情があることに、葵は気が付かなかった。




「うん、ありがとう。…でも、あの人じゃなきゃヤダ。」




すっかり女々しくなってしまった葵が立ち直るのには半日を要した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「じゃ、葵先輩また明日!」




「おう!」




伊織は葵が去って行く姿を愛しそうな眼差しで、見えなくなるまで見つめていた。


伊織は葵が見えなると、家路についた。




「お帰りくらい言いなさい!」


伊織は、今朝葵に口説かれていた彼女に怒られた。




「…ただいま、陽菜さん。」




よそよそしく帰宅の挨拶をした伊織を陽菜と呼ばれた彼女はさらに叱った。




「陽菜お姉ちゃんね!」




「…陽菜おばさん」




どう呼ぶか困ってしまった伊織は思ってもいない言葉を吐いた。




「えぇ!?私とあなたは2つしか違わないのよ!?」




「だって、本当の姉弟じゃないし…」




「そうであっても私たちは家族なの!あなたは私の大切な弟なんだから!」




母親が他界してから3年後、こんなにも麗しい人がいるのかと驚いた。


母娘双方、本当に美しかった。


一時は、こんなにも美しい人たちが家族になる嬉しさのあまり、「お姉ちゃん」「お母さん」とよく呼んでいた。


完璧すぎる義姉、美人過ぎる義母。それはいつしか、重い重い足枷となっていた。


あの姉の弟というレッテルをいつも貼られ、完璧にできて当たり前、それ以上を求められることもしばしばあった。


周りからいつも比べられ、オプションとして、おまけとして扱われてきた。伊織自身、何でも平均以上にできる方ではあったが、評価はいつも最低クラスだった。


入る高校も県内トップクラスの朝桐高校に入学して当たり前という雰囲気には敵わず、入学せざるを得なかった。


幸いなことに、義母、義姉、父親は一切そういう扱いはしなかったが、周りの対応は伊織の心を深く傷つけた。


その扱いに反するように「お姉ちゃん」「お母さん」と呼ぶのをやめ、反抗するようになった。




「自分の部屋行ってるから。」




陽菜に冷たく告げ、伊織は去ってしまった。




「もしもし、葵先輩?」




「おう!今日も始めるか。」




「はい。よろしくお願いします。」




毎週金曜日恒例の学習会。


伊織は、この時間を何より大切にしていた。


葵や他の友達は伊織の姉の存在を知らない。あの偏見の目で見られることもなく、フラットに接してくれた。


伊織はそれが当たり前としてあることに歓喜し、姉の存在がなく過ごせる唯一の場所だった。




小一時間後、


「伊織、ご飯できたよ!」




「…はい」




伊織は面倒くさそうに食卓につき、無言で伊織の大好物であるオムライスを頬張った。


一切表情を変えないつもりでいたが、あまりの美味しさに頬が緩んでしまう。


それを陽菜は見逃さなかった。




「ふふ、美味しい?」




美しさの極致へと辿り着いている笑顔に思わず目を逸らす。




「そうだ!今度二人でご飯いかない?もちろん私が出すから。」




「いや、別にいいかな。」




冷たく突き放された陽菜は少したじろぎ、質問を変える。




「えと、女の子タイプってある?」




その質問に固まった伊織は長考の末、




「特に。」


と、短く終えた。




「え、彼女もいないの?」




「いないよ。」




「え、お姉ちゃんが彼女になってあげようか?」




「じゃあ、僕今彼女いる。」




「なんで!」




ひとしきり陽菜が笑った後、口を開いた。




「…今朝の見てたの?」




「まぁ、…陽菜さんってモテるよね」


自分から陽菜を褒めるなど、珍しいことをするものだなと伊織は自分を疑う。




「そんなことないよ、遊ばれてるだけだって。」




「そうかなぁ…」


ここだけは本心だった。


今朝の葵の様子から察するに本気だった。周りからも




「葵クラスの万能イケメンでもダメか…」


「俺らなんて相手してくれないよ。」




という言葉を聞いた。


恐らく葵は本気だったし、陽菜がモテるのも間違いない。


だからこそ、弟としての位置はつらかった。




「どうしたの?思い詰めた顔しちゃって?」




「はるn…」




伊織は何か言いかけたが、周りの目が厳しくなるのには陽菜に問題があるわけではないし、陽菜に悩みを投げるのは何か、違う気がした。




「そっか、言えないのなら、言いたくなったらいつでも言ってね。お姉ちゃん待ってるから。」




暖かく包み込むように笑顔で言ってくれた。




「陽菜さんはさ、好きな人とかっていないの?」




その場を繋ぐための他意のない質問だったが、それは陽菜の心を乱した。




「いないよ。…でも、強いて言うなら伊織かな。」




「あっそ。」




陽菜に好きと言ってもらうことは、この世の全生物の願いだった。伊織を除いて。




「僕、自分の部屋戻ってるから。」




伊織は姉にしか当たれない自分に嫌気がさしながらもドタドタと階段を上り、6畳の部屋に溶け込んだ。




「はぁ、行っちゃった。」




どうして伊織が懐いてくれないのか、どうして伊織が素直になれないのか。陽菜には一切わからなかったが、原因は自分にあると思っていた。


もっといいお姉ちゃんにならなくては。もっと伊織のことを知らなくては。もっと伊織に愛を注がなくては。


陽菜が、そういった意識を持つことで伊織がさらに陽菜から遠ざかるのに陽菜自身は気付かず、陽菜はまた完璧に近づいていった。




そして、陽菜は、伊織は、葵は決心した。




絶対に、伊織を、落として見せる。


絶対に、彼女を、落として見せる。


絶対に葵先輩を、落として見せる。




これは、姉弟の、友達の、憧憬の、愛の物語である。


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