第十五話

 ディアバレト王国の王城に作られた大きな書庫。王国の有権者しか立ち入ることが許されておらず、歴史的な書物が数多く保管されている。そこに賢者と呼ばれる最高峰の魔術師と異国から来た令嬢が足を運んでいた。


「書庫というよりは大きな図書館ね」


「はい。本来なら多くの人々に開放されるべきなのですが……重要な書物もあるようですからね」


 グランツがここに立ち入ったのは過去数回程度。近衛兵同伴でなければ許可が降りない程厳しく管理されていた。現在グランツとセレンが制限なく入ることが出来ているのはアルデリクの計らいによるものであった。


「それで……どうして私もここに?」


「外国出身のセレンさんの意見を頂きたいと思いまして。――精霊の存在。世界から消えても存在した記録までは消せないようですからね」


 グランツが手に取った古い本。そこには過去に起きた戦争や自然災害、超常現象について記されていた。現代の魔法技術だけではどれも説明がつかない内容ばかり。についても触れられていた。


「待って……この天へ続く階段って」


「異界の門へ続く道――『宙の道』とありますね」


 愚者と橋を架ける者が邂逅する時に現れる世界の始まり。それが宙の道だと記されている。


「王様とジークが言っていたことがより信憑性を増すわね」


「そうですね。この書物が空想の産物とは思えません。つまりは、エルゼン・フリークが新たなディアバレトになる可能性も現実味を帯びる……ということです」


 グランツにしてもセレンにしてもジークを疑っているわけではないが、ここまで合致する文献があれば受け入れざるを得ない。願いと精霊。番人と贄に継承者達の存在を。


「じゃあ……この地へ続く階段は何かしら?」


「『星の道』ですか」


 宙の道と同時に顕現する星の道。宙が始まりなら星は終わりと書かれていた。一体どのような意味なのか。


「『宙の道』と違って詳しくは記されていないわね」


「これだけでは分かりませんが頭の片隅に入れておきましょうか」


 他にも精霊信仰や神降ろしなど現代では耳にすることのない言葉が記されていた。中には神殺しといった不穏なワードまである。


「この戦いの役に立つかもしれません。貴重な時間を頂いて申し訳ないのですが……」


「構わないわよ。力だけが戦いじゃないから。――そういう意味でここに呼んで貰えたのなら光栄ね」


 主人公パーティの頭脳コンビが情報収集に当たる。これもまた彼らの戦い方であった。




****




 エルゼンの襲来から二週間が経とうとしていた。あの段階で折り返し時点だったことからもうすぐリミットを迎える。つまりはこの死の森での特訓も残り僅かということになる。長かったのか短かったのかは何とも言えない。毎日死ぬような思いで戦ってきたことから正直時間は余り気にしていなかった。遅刻さえしなければいいだろうと。


 壊れた人形のようになったヴァンは一転してやる気に満ち溢れていた。空元気や気合いだけではなく本当に変わった。魔物と戦う様子を見れば分かる。明らかな別人である。


(エルゼンと話して吹っ切れたのか? まあやる気なのはいいことだ)


 ヴァンの剣は見違えるような変化を見せた。剣術も体捌きもこれまでのものとは違う。目を見張る速さで強くなっていく。成長スピードだけで言うならジークやルークよりも上かもしれない。浩人もうかうかしてはいられないと特訓のペースを上げるくらいである。


 他に変わったことと言えばヴァンの態度である。以前からジーク浩人には何処か遠慮があったがそれが無くなった。積極的に教えを請うようになりそれ以外の雑談も増えたのだ。……雑談と言ってもジークの口調は問答無用で切り捨てるのだがヴァンはそれを意に介さない。

 主人公がお構いなしに話しかけてくる状況。正直言って鬱陶しく……気色悪かった。余りにもしつこいことから今度は浩人が音を上げそうになったくらいである。やはりメインキャラは油断ならない。


(さて、この特訓も佳境だ。次で最後になる)


 浩人が最初から計画していた特訓の終着点。この為に派手な陣取りゲームを行なってきた。樹海の奥地を彷徨うプレイヤーキラーの魔物と主人公を戦わせる為である。

 ヴァンが余計なことを考えないよう集中出来る環境作り。修行の一環でもあったが多くの魔物を削れた。頭の良い魔物ならもう下手に襲ってはこないだろう。――舞台は整った。


(例の魔物を突破出来るか否か。それがヴァンの運命と世界の命運を分けることになる……かもな)


 戦闘になればもう浩人には手出しが出来ない。ヴァン一人で乗り越えるしかないのだ。勝てば飛躍して成長する。負ければ全てを失い死んでしまう。大きな賭け。対症療法に近いのかもしれない。それでも……やるしかない。


 目的の魔物を目指して樹海の奥地を目指す。緊張感を感じ取っているのかヴァンは口を開くことはない。特訓の初めと比べヴァンの身なりは大きく変わった。身に着けた服はボロボロ。剣は予備最後の一本。浄化の魔法で身体を清潔に保つことは出来るが物損などには効果がない。――だがとてもいい顔をしている。


(見せてくれよ主人公。お前の覚悟を)




****




 ジークに先導される形で樹海の奥地にまで進んできたヴァン。空間がピリつく程の濃い魔力の影響からなのか息苦しさを覚える。高く群生する巨大樹により太陽の光も届くことはない。そして何よりも異質なのが生物の気配を感じないことであった。


(ジークを警戒しているのとも違う。そもそもここは魔物が棲める環境じゃないんだ)


 魔物がいないのなら一体何を目的にここまで来たのか。この環境でジークと修行でもするのだろうか。特訓と考えるなら最高の相手かもしれないが、ジークがそんな安直な思考をするとも思えない。


「ここが最後の特訓場所だ」


 前を歩くジークが足を止める。景色に変化はない。強いて言うなら開けている場所である。


「言葉にするなら――最終試験だ」


「……最終試験」


 息を呑むヴァン。ジークから感じる緊張感はこれまでのものとは一線を画す。


「試験の内容は魔物一体を倒す。……バカにも理解出来るだろう?」


「ああ……ただの魔物じゃないってことはよく分かる」


 索敵を巡らせるが反応はない。薄暗い森の中にはヴァンとジークしかいないように感じる。


「魔物の名は――メンテルだったか? まぁ名などあれには不要だがな」


 メンテル。聞いたことのない魔物である。名前に意味がないとは一体……。比喩か何かだろうか。


「特徴としては――敵対する相手の心を映す魔物だ。あれが展開する領域内には貴様とメンテルしか立ち入ることが出来ない」


「つまり、一騎打ち。俺が勝つしかないってことか。心を映す……幻覚か何かか?」


「実体を伴う幻影といったところか。貴様がこれまで敵対したに成り変わり襲ってくる」


 最も強い相手。ヴァンの中に浮かぶ候補としてはマスフェルトだ。その他にはルークやフェルアート、オーガキングにラギアスダンジョンにいた猿か。……思い出したくないのは近衛師団の変態雷使い。あいつは特に強かった。正直もう戦いたくはない。


(親父ってこともあるのか? 本気で戦ったことはないけど)


 思い返すだけでも強者揃いである。誰に化けても簡単には終わらせてくれないだろう。最終試験というだけのことはある。


「強いといっても要は貴様の心次第だ。何を以て最強とするかは千差万別。不確かな要素だ」


「俺次第……か。なあ、ジークにとっての最強は何なんだ?」


「……さあな。それを確かめるには貴様が逃げ出すか敗れた時だ。メンテルは一体しか存在しない」


 つまりは希少種中の希少種ということ。いつも思うがジークはどこからそのような情報を仕入れてくるのか。知らないことがヴァンには多すぎる。


「メンテルが張る領域は貴様と奴のどちらかが死ぬまで消えることはない。……出来損ない。――覚悟は出来たか?」


「ああ、当然だ。俺はもう逃げない」


「ふん、口先だけにならないよう精々抗うんだな」


 ジークはその場から消える。転移魔法ではなく単純な脚力で遥か後方まで移動していた。相変わらず速すぎる。

 

 その場に一人残ったヴァン。周囲を警戒していると前方に小さな存在が現れる。子供の背丈よりも低い何か。葉や蔦に覆われた球体と表現するべきか。植物なのか魔物なのかよく分からない。


(おそらくあれがメンテルなんだろうな)


 キョロキョロと周りを窺っているメンテル。その行為に何の意味があるのか。


「! ^$>}~~€#\@&€%#<}>$*」


「何だッ⁉︎」


 理解出来ない言葉を発するメンテル。叫ぶのと同時に両者を覆う黒い壁のような物が顕現する。おそらくこれが領域。ヴァンを逃さない黒の天幕である。

 あっという間に閉じ込められてしまったヴァン。……逃げるつもりはないことから抵抗はしなかったのだが。


(暗いけど普通に目は見えるな。これなら戦える)


 静かに剣を抜き敵を視界に入れる。そのメンテルは黒い領域に覆われながら姿を変えてゆく。巻きついていた蔦や葉は剥がれ落ち等身も高くなる。――現れたのは人の姿をした何かだった。


「そうくるのかよ……確かに最強だ」


 オリジナルよりも黒みがかっているのはメンテルの性質なのか。もう何度も目にした黒髪に何処か不適な態度。ヴァンが知る得る最強であり憧れた存在。偽物とはいえまさかこのような形で命の取り合いをすることになるとは思いもしなかった。


「俺にジークを超えられるのか?」


「……」


 言葉はない。代わりに吹き荒れるのは冷き魔力の嵐。ある意味では本物よりも手強いのかもしれない。この偽物には手加減という概念はないのだろうから。




****




 黒いドーム状に目をやるジーク浩人。一旦はその場を離れていたのだがメンテルが現れ力を行使したことを確認した後に戻ってきた。


(計画通り……って感じか)


ゲーム同様に臆病な性格らしい。件の魔物は勝てる勝負しか挑まない。敵が単体でなければメンテルの能力を十分に発揮することが出来ないからである。いくら敵が思う最強に変化したところで相手が複数いるならその前提が崩れ去るからだ。


(さて、この世界の主人公が思う最強は何なんだろうな)


 ゲームではメンテルとの戦闘は一対一。そのキャラクターが今までで一番苦戦した相手に変化する設定。死の森はクリア後に訪れる関係上、どのキャラクターにしても最強判定はラスボスとなる。……もちろん例外もあるが。

 つまりはソロでラスボス戦に挑むということになるのだ。中々にハードモードである。


(さすがにエルゼンはないだろうが……)


 主人公が今までどのような敵と戦ってきたかは分からないがヴァンからすれば強敵であることに違いはない。楽に勝たせてはもらえないだろう。


(気張れよ主人公。これでダメならシナリオブレイクかもしれないが……俺はそんな未来は望んでいない)


 大役を自ら引き受けたのだ。こんなところで躓かれては困る。

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