第十一話
魔物の襲撃を返り討ちにしたヴァン。そのまま追っ手を振り切り鞄を回収した後にジークが放ったと思われる魔法の地点まで辿り着く。そこには夥しい数の魔物の亡骸と死の気配が満ちていた。
「遅かったな出来損ない。逃げ出したのか死んだものだと思っていたんだがな」
「……ふざけるな。俺は逃げない」
馬車に背を預けるジーク。いつものように不敵な笑みを浮かべヴァンを嘲笑している。
「お前がこれをやったのか?」
戦闘後と思われるがジークの衣服に乱れはない。対してヴァンは土埃や泥に魔物の返り血で酷い状態だ。緊張感の中駆けてきたこともあり息が上がっている。
「他にいると思うのか? ――デルタストーム」
「⁉︎」
魔法の発動を予見したヴァン。慌てて魔法の範囲外――馬車のある場所へ飛び込む。振り返れば仄暗い黒の嵐が魔物の死骸と地面を削りながら天へと立ち込めていた。
しばらく続いた嵐。魔法が消えた後には馬車の周囲は更地となっていた。
「これで多少はマシになったか。……血の臭いまでは消えんか」
「い、いきなり何するんだよッ!」
ジークの言葉からして邪魔だった魔物の死骸を処分したつもりだったのだろう。だが、ヴァンが少しでも気付くのが遅れていれば同じ末路を辿っていたはずである。自然と怒りが湧いてくる。
「何だ貴様……魔法の扱いを知らないのか? 使えない奴め」
「⁉︎ 俺だって魔法は使える……少しは。俺は剣士だ。剣術が基本だ」
ヴァンの強がりに近い言い分に対してバカにしたように笑うジーク。
「……何がおかしい? どういうことだ? ……言えよ。言わなきゃ分からないだろ」
「古いなと思ってな。剣聖は貴様に剣しか教えなかったのか?」
ジークは相変わらずヴァンを蔑む。見下したような目はヴァンの全てを否定しているかのように感じられる。
「貴様がぶら下げている剣全てがダメになったらどうするつもりだ? 剣が無いから戦えません、見逃してくださいとでも泣き喚くのか? 笑えるな」
「何だとッ!」
「剣が無いなら魔法。魔法がダメなら剣術。それでも無理なら体術に魔道具。身体を癒すなら治癒魔法。俺は一人で全てを補えるようにこれまで力を付けてきた。それに対して貴様は何だ?」
ジークの言葉は正論だった。確かにジークは一人で全てをこなす。表現するならヴァンやアトリ達六人分の戦闘スタイルを確立している。
「自惚れるなよ。貴様の祖父は剣聖かもしれんが貴様はただのゴミ屑だ。加えて貴様の父親は犯罪者。何一つ特別ではない。……フリーク商会は事実上解散。つまり貴様は無職の出来損ないという訳だ。良かったな」
「お、お前だって貴族の地位は無くなるんだろ!」
「だからどうした? 俺には金を稼ぐ手段はいくらでもある」
Aランク冒険者。王都では現在一人しか存在しない唯一無二。ジークには実力はもちろん実績もある。
「貴様は多少剣を振れるだけ。地位がなければ力もない。半端な力しかない貴様はそこらの盗賊と何も変わらん。そんな貴様に何の価値がある?」
「誰が盗賊だッ! ……人の価値は誰かが決めることじゃない。今は確かに弱いかもしれない。でもいつかは強くなれるはずだ!」
「剣なら出来る。いつかは強くなれる。……バカか貴様は。言い訳しか出来んのか? ――まあ、いい」
ジークが腕を振るうと同時に冷剣が現れ魔物を串刺しにする。音を立てずに迫っていた魔物は悲鳴を上げることすら叶わず絶命してしまう。――ヴァンは魔物に気付けなかった。
「先ずは貴様の甘ったれた思考を矯正する。――この馬車を魔物から守れ」
「⁉︎ クソッ、いつの間にか魔物に囲まれてる……」
「本能で理解しているんだろうな。貴様が
剣を抜くヴァン。先程のジークの魔法で視界はよくなり、開けた土地だからこそ戦いやすい。逆を言えば恰好の的でもある。
「馬車の全壊、物資がゴミに成り果てたら死の森での特訓は終わりだ。その時点で貴様は用済み、無価値と判断して捨てていく」
「馬車を守りながら戦えってことかよ……この魔物達を相手に」
「魔物に遅れを取るようでは話にならん。――さあ、抗って見せろ」
ジークは戦うつもりがないのか自らを氷壁で覆う。お手並み拝見とでも言いたいのか傍観の姿勢を見せていた。
ヴァンの生存競争はまだ始まったばかりである。
****
スピリトの地下に存在する巨大な閉鎖空間。
有事の際に発動する王都を守る銀の結界。ディアバレト王国にとっては重要な魔道具が設置された地下には王家の血を引く者しか立ち入ることが許されない封印区画。
何処かヒンヤリとした音の無いその地には公爵家のアクトルと異母妹に当たるシエルが足を運んでいた。
「ここが王都の守りの要……」
「本来なら貴方の立ち入りは認められていません。……ですが神聖術を鍛えるのならここが一番適しています」
聖域とでも言うべきなのかこの地は常に神聖な空気が流れている。それを肌で感じることの出来る二人は王家の血を引く存在であることの証明でもあった。特殊な魔力に満ちるこの空間に反応しているのかアクトルとシエルの銀の髪は淡く輝いている。
「貴方には今よりも高度な力を身に付けてもらう必要がある。……神聖術をただ扱えるだけなら代わりはいますからね」
国王の命によりエルゼン達との戦いに赴くシエル。アクトルは知らないが、繰り返される世界というアルデリクの記憶と経験からなる任命でもあった。
正直シエルからしてみればいきなりそのようなことを言われても直ぐに実感は湧かない。確かにヴァン達には初対面でありながらも何かを感じてはいたがそれだけでしかない。無視出来ない内容ではあるが先のことを考えすぎても何も解決しない。今は目の前のことに集中する。強くなる為にこの場に来たのだ。
「よろしくお願いします。皆さんの希望になって見せます」
「……本当に変わりましたね。貴方は」
「?」
厳しい表情をしていたアクトルの雰囲気が変わる。突然の変化にシエルは疑問符を浮かべる。
「昔の貴方は何もかもを諦めた人形のような存在でした。正直に言いますが……気味が悪かったです。そして目障りでした」
アクトルの言う昔は二年前までのシエル。ジークに出会う以前のことなんだとシエル自身にもよく分かる。
「誰よりも力を持つはずなのにそれを行使出来ない。全てが銀に染まった髪色を持つ貴方は妾の子だった。公爵家からすれば疫病神でしかなかった」
現公爵と平民の間に生まれたシエル。気の迷いから生まれた妾の子だけならまだよかったのだが、幸か不幸かシエルは銀を完全に受け継いだ存在だった。
血の濃さは髪色に比例すると言われている。神聖術の力が強いほど髪に現れると。全てが銀のシエルは庶子として暮らすことなど許されなかった。
「……否定出来ません。今なら分かります。私の存在は多くの人を困惑させたでしょうから」
唯一シエルの味方であった母は病気により逝ってしまった。ゴルトンやシュティーレという信頼出来る部下もいたが公爵家の事情となれば深入りも難しい。
期待され落胆され己を責める日々。シエルはアクトルが言うように感情を無くした人形のようになってしまった。
「前にも少し言いましたが――私はあの時の判断が誤っていたとは思っていません。必要な犠牲。公爵家や国のことを考えれば当然の選択でした」
頭に浮かぶのは地方都市アピオンへの赴任。表向きは疫病に苦しむ住民達を救う為のものだったが、そんなことは不可能であると誰もが思っていた……シエル含めて。
事実上の死刑宣告であった。
「結果的に貴方は今も生きています。銀の聖女と呼ばれ地位を確立しました。ですが、何かが違えば貴方はここにはいなかったでしょう。……私を恨んでいますか?」
「……正直、悲しかったです。関わりは薄かったですが家族であることに変わりはありませんでしたから――でも」
全てを諦め死を受け入れるしかなかったシエル。本物には決してなれない偽物。生まれてこなければ良かったと何度も自分自身を呪った。大変だった。本当に大変だった。――それでも……シエルにも救いはあった。
「アピオンでの出来事があったからあの出会いに導かれたのです。私にとっては大切な思い出です」
公爵家も神聖術も銀の髪も関係ない。ある意味誰にでも平等で公平。歯向かう者がいるのなら全力で叩き潰してしまう。誰よりも口が悪く誰よりも優しい悪徳貴族。その特別な出会いがあったからシエルはここまで強くなれた。
「ですからアクトル兄さんを恨んではいません。まだまだ兄さんのことは分からないですが、少しずつ……兄妹になれたらいいなと思っています」
「…………そうですか。ならもうこの話はしません」
シエルの立場は辛いものだったが、アクトルの立場も決して楽ではなかったはずだ。次期公爵として、諜報機関のトップとして辛い選択を重ねてきたのだろうと今なら理解出来る。そういう意味ではアクトルも被害者なのかもしれない。……だからこそアクトルにとってもあの黒髪の貴族との出会いは特別だったのだと分かる。何だかんだで彼と一緒にいる時間は楽しそうにしている。
「それにしても…………立場を捨てるとは驚きました。貴族でさえあれば私もやりようはあったんですがね」
「?」
どうしたものかとシエルを見ながらため息を吐くアクトル。話の内容からして彼に関することだとは分かるが。
「まぁいいでしょう。償いになるとは思いませんが出来ることをしましょう。……父上に話を通すか、いやここはこれまでの功績を武器に国王へ嘆願するべきか……」
ぶつぶつと何かを呟くアクトル。悪いことではないのか楽しそうにも見える。深く関わる前は冷酷なイメージしかなかったが意外と人間味があるのがアクトルという人物である。
「おっと……失礼しました。脱線しましたね。――そろそろ始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
誰も死なせない。理不尽な不幸も覆せる程の神聖術を身に付ける。マスフェルトやラギアス領主達のような犠牲はあってはならない。
シエルはもう逃げないと決めたのだから。
****
鼻をつくような臭いが周囲に広がる。魔物の血なのか自らの血なのか最早判断がつかない。
「はぁはぁ……終わった、のか?」
辛うじて立っているヴァン。気を抜いてしまえば意識を失ってしまいそうである。身体も剣もボロボロになっていた。
「この程度で根を上げるとは情けない奴め」
ヴァンとは異なりジークは平常運転である。戦わずに見物していたから……というわけではなかった。氷壁を張るジークにも魔物は群がっていたのだが目障りに感じたのか全てを瞬殺していた。今のヴァンとジークの差は単純な力の差である。それを見せ付けられているように感じてしまうのは劣等感故か。
「――デルタストーム」
黒い嵐が巻き起こり魔物の死骸と樹々を薙ぎ払ってゆく。いきなりの魔法だったがヴァンには文句を言う余裕すらなかった。
陣取りゲームでもしているつもりなのか更地は前よりも広がっていた。……一体何の意味があるのか。
「⁉︎ つ、冷てッ……これはポーションか?」
冷んやりとした液体が頭から流れ落ちる。見ればジークが乱雑にポーションを振りかけていた。
「何を呆けている? ――貴様に余裕があるとは思えんがな」
唸る咆哮に揺れる大地。樹海からは夥しい数の魔物が押し寄せていた。
「休む暇もないのかよッ!」
「当然だ。貴様にあるのは生か死だけだ」
刃が潰れてしまった剣を投げ捨て新たな剣を抜くヴァン。持って来ていた武器に限りはあるが出し惜しみをして死んでしまえば元も子もない。
ヴァンは終わりの見えない戦いに否応無しに飲み込まれてゆく。
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