第十話

 死の森。巨大な樹木により形成された樹海は天然の要塞のように感じる。外から見た印象と同じように樹海の中は薄暗い。そして大気に満ちる魔力はとても重々しい。魔術師の適性がないヴァンでも分かる程にこの地の魔力は濃かった。重圧感により呼吸が荒くなる。


「クソッ! ジークの奴ふざけやがって!」


 走りながらどこに行ったのか分からないジークへ悪態吐くヴァン。今回の修行の為に用意した鞄は既にヴァンの背中から離れていた。今頃樹海のどこかへ散らばっているはずだ。後で回収しなければと思いながら手に握った剣で敵を迎え撃つ。


「火炎斬!」


 飛ぶ炎の斬撃を背後の追っ手達に放つ。本来なら森林地帯での熱を伴う術は御法度なのだが、そんなことを気にしている余裕はない。濃い魔力の影響からなのかは不明だが、ヴァンの炎が樹木に当たっても燃え広がるどころか燃える様子すら見られなかった。なら好都合だと気にせず力を振るうことにした。


(……と言ってもこいつら全然攻撃が通らねえ)


 炎の斬撃が命中するが余り効果は見られない。なりふり構わずヴァンを追いかけてくる。――敵ではなく獲物。そう魔物達は理解しているのか互いの足を引っ張りながらヴァンを狩ろうとしてくる。


(完全に舐められてる。……けど油断している今がチャンスだ)


「対式火炎斬!」


 飛翔する炎の刃。連続で放たれる斬撃を煩わしそうに身に受ける熊型の魔物。他にもトカゲのような魔物に通常とは異なる黒い肌をしたゴブリンなどが我先にと追ってくる。


 ジークの転移魔法により死の森へ移動したヴァン達。馬車と共に転移した先はなんと樹海のど真ん中だったのだ。

 タイミングが悪かったのか多種多様な魔物が争っていた戦場に割り込むように突如現れた人間二人と馬車。戦いを忘れぽかんとした魔物の表情をヴァンは一生忘れないだろう。


 縄張り争いを中断してヴァン達に襲いかかってきた魔物の塊。いきなりかよと思いながら剣を抜くヴァン。修行の前に先ずは協力して魔物を倒すぞ――と振り返ればジークと馬車は消えていた。一瞬の判断で魔法を構築して転移したのだ……ヴァン一人を残して。

 そこからはヴァンと魔物の死の追いかけっこが始まり現在へと至る。


(効果は薄い……いや、ほとんど効いてないな)


 これだけ濃い魔力の環境下に生息しているのだ。必然的に体は生まれつき強靭なのだろう。魔法耐性も高いと予想がつく。何より他の魔物との日々の争いが彼らをより高みへと誘っているはずだ。おそらくはまだ序の口。もっと恐ろしい存在がゴロゴロいると思われる。


(そう。まだ始まったばかりなんだ……)


 美しい毛並みを誇示する狼型の魔物が一団から抜け前へ躍り出る。体の特徴を活かしたしなやかな動作と速さで足元の悪い樹海を駆ける狼。

 ここにきて変化を見せたのはヴァンに決定打はなく格下の獲物だと断定したからであろう。勝負を決めにきていた。


 狼の鋭い牙がヴァンを捉えようと迫る……だが牙は空を切るのみ。ヴァンの姿は狼の真横へ移動していた。


「遅えよ。ジークあいつの方がもっと速かった」


 剣に炎を纏わせ己の肉体は魔力で強化する。魔法が苦手なヴァンにとっては基本中の基本である身体強化と魔力の属性変化。

 何年も剣を振り続けて得た剣技を狼へ放つ。炎の斬撃をモロに受け断末魔を上げながら絶命する狼。その流れで背後から追ってきていた魔物の群勢に突っ込む。


(ジークなら何の苦もなく片付けるんだろうな。……まぁ俺はあいつじゃないから自分のやり方で倒すまでだ)


 ヴァンの突然の方向転換、そして絶命した狼を見て魔物達に動揺が広がる。隙としては十分。油断していたからこそ効果は大きい。そこへ剣技を叩き込む。高く跳躍してからの振り下ろし。――回避する暇など与えない。


「豪火戦鎚刃!」


 猛る炎剣による唐竹割りをお見舞いする。まともに攻撃を食らった熊系魔物は両断され、熱を帯びた衝撃が周囲の魔物を呑み込み灰へと変える。


「俺は強くなるんだ。こんな所で躓くわけにはいかねぇんだよ」


 燃え盛る炎の餌食となった魔物を尻目にヴァンは足早にその場を後にする。魔物の領域で連戦はまずいと判断しての行動であった。鞄を回収して消えたジークと合流しなければならない。


「……捨てられたわけじゃないよな」


 当然の如くヴァンの問いに答えるものはいなかった。




****




 馬車の周りに漂う死の気配。夥しい数の魔物の死骸が地面を血で染めていた。


(やっぱり感覚が狂うな。死の森入口を目標に転移したんだけどな)


 剣聖の状況を確認する為にかつて訪れたヴェルデ樹海。そこにも異様な程の魔力が満ちていたがここはその比ではなかった。濃い魔力の影響により空間把握が定まらない。長距離転移にはより神経を尖らせる必要があるだろう。……つまりは『異界の門』やその周辺では転移魔法を使うのは不可能に近い。あの地の魔力は不規則に移ろうからだ。


 ゲームではキャラの掛け合いから死の森が異常な場所であることが理解出来たがテレビ越しに魔力を感じるなど不可能である。……そもそもそんなこと考えたことがなかった。考えていたら変人である。


(とりあえずはここを拠点にするか)


 転移の直後に異変に気が付いた浩人。魔物を殲滅するだけなら問題なかったが物資を積んだ馬車を狙われるわけにはいかない。態勢を整えること、拠点に適した場所を見繕う為に再度転移した。……ヴァンは一旦置き去りにして。


 本来ならこのエリアも魔物のテリトリーだったのだろう。己の縄張りを守る為に群れは一斉に襲ってきた。

 戦いながら思ったのはやはり外の魔物とは強さが一線を画す。ゲーム風に表現するならレベルが違う。今の主人公パーティなら戦えないこともないが長時間居座るのは厳しいだろう……だがジークは違う。


(戦えてる。ジークとして修行してきた成果だ。油断は禁物だがこれなら……)


 魔物との生存競争に打ち勝つ。その初手としてこの縄張りを魔物から奪い取った。既にこの地に棲まう魔物は異常を感じ取りこちらを警戒しているに違いない。この陣地を奪う為に画策していることだろう。

 魔物からすればいきなり現れた新参者に蹂躙され命を狩られるのは堪ったものじゃない。……だがそんなのは知ったことか。こちらにも戦う理由が、強くなる必要があるのだ。可哀想だなんて思わない。対等に殺し合う。


(さて、ヴァンの奴は大丈夫だろうか)


 上空へ目掛けて派手な魔法を放つ。主人公が生きているなら魔法を目印にこの地へたどり着くだろう。

 

 ヴァンの実力なら油断さえしなければ問題ないとは思う。あの魔物の群れなら連戦を避ければどうにかなるはずである。そもそもこの程度で脱落するならエルゼンに勝てるはずもないのだ。

 この死の森で心身ともに成長させる必要がある。それがこの世界の最善だと今は信じるしかない。


 新たな気配と敵意を察知し振り返る。隠密のつもりなのかは知らないが殺気がダダ漏れである。悪意には誰よりも敏感なのだ。見落とすはずがない。


「光栄に思え。貴様らは俺の踏み台になることが決まった。……俺の為に消えてくれ」


 悪意には悪意を。遠慮する気などない。徹底的に潰す。浩人には戦う理由が出来てしまったのだから。




****




 ジークとヴァンが王都からいなくなり数日が経過した。残った者達は新月の夜までの約一ヶ月間、今出来ることを、少しでも強くなる為にという想いで武を磨き見識を深めていた。


「これが基本の訓練メニュー……結構ハードなことをしてるのね」


「今の時代、魔法を放つだけが魔術師ではない……というのが副団長の考えですから」


 魔術師団の訓練に加わり特訓しているのはシエルの護衛を務めるセレンである。現在は鍛錬を優先していることからシエルとは離れ別行動をとっていた。

 魔法というよりは魔道具である魔導銃が戦闘スタイルであるセレン。だが根幹にあるのが魔力という意味では通ずるものがある。魔力の扱いや基礎トレーニングの見直しも兼ねて訓練に励んでいた。


 ――そして、もう一人魔術師団に合流した人物。彼女は連隊長から直接指導を受けていた。


「なーんで僕が指導なんかしないといけないのかな?」


「……知らない。グランツさんからの指令」


 活気ある他の魔術師達の訓練とは異なり、ゆったりとした雰囲気の二人。ヨルンとアトリの間には何とも言えない空気が流れていた。

 ジークを巡る争いで面識のある両者。ヨルンはジークの協力者として。アトリはヴァンの仲間。直接戦闘することはなかったがその一歩前まで行ったのだ。ある意味では複雑な関係である。


「賢者様ね……適当に頑張って終わらせる? うわっ、滅茶苦茶見られてるよ」


 ヨルンの視線の先には離れた位置からこちらに目を向けるグランツと上司であり副団長のメルランが共にいる。グランツは朗らかな笑顔、メルランは微笑を浮かべている……だがどちらも目は笑っていなかった。真面目にやらなければどうなるか、という言葉が不思議と頭に流れてくる。


「……嫌なら無理しなくていい。セレン達に合流する」


「真面目だね。……でもそれは何の為に?」


「?」


 アトリのことはもちろんヴァン達やその関係性も深くは知らない。だが先日行われた会議で王家やラギアスのこと、継承者の存在を知ったヨルン。その中には導き手のことも含まれていた。


「立場を考えれば君も立派な被害者なんだと思うよ。……でもね、それは彼にしてもそうだ」


「……」


「別に君を責めてるわけじゃない。単純に気になってね。僕なら罪悪感から前を向く気力を無くしちゃうと思ってね」


 導き手であるアトリの存在により番人であったジークの両親は死を辿ることになった。誰にも責任がないからこそやるせない。恨むべきはフリーク商会なのかもしれないが、そうなんだと簡単に割り切れる者も中々いないだろう。


「彼が君を恨んでも仕方ないし、正直僕なら――君を許せないと思う」


 ヨルンの故郷であるウェステンは狙われはしたがジークの活躍により被害を免れた。だが何か間違えばオーステンと同じ未来を辿ることになったのだ。崩壊の原因がアトリにあったのだとしたら……ヨルンは平常心を保てなかっただろう。


「だから僕が君の立場なら……彼とは距離を置く選択をするかもね。許す許さないで解決する問題じゃないから」


「……あなたの言う通りなんだと思う。私がジークの側にいる資格はない。ジークに殺されても仕方ないよ」


 アトリを糾弾したいわけではない。単にヨルンは気になったのだ。役目を終えたアトリがこの戦いに加わる必要がなければ義務もない。更には命じられた役割は一番重要であり命の危険も伴う。不死の人間相手に本当に勝てるのかさえ分からないのだ。


「……でも、ジークは私を助けてくれた。殺すのではなく――生きろと言ってくれた。だから私は戦うの」


 感情の起伏が少ないアトリ。付き合いがほとんどないヨルンから見てもそれは明らか。だが今のアトリはとても強い目を、強い感情を全面に出していた。


「……私は戦う、戦えるよ。ジークに二回も救ってもらった命。それが消されるかもしれない。そんなの納得出来ないから」


「彼に否定されてもかい?」


「……構わない。もう決めたから」


 揺れることはない強い意思。決して折れない気持ち。やる気のないヨルンの心を動かすには十分であった。


「君は闇魔法が得意なんだってね。……専門外だけど見てあげるよ。――闇魔法は心の表れ。感情が強ければ強い程真価を発揮する」


「……頑張る」


 一時的ではあるがここにもまた新たな師弟が誕生していた。




****




 魔術師団の訓練やヨルンとアトリの鍛錬に目を向ける二人の魔術師。元魔術師団の副団長と現副団長――グランツとメルラン。新たな時代を刻む若者を見て何を思うのか。


「彼女凄まじい才能ですね。副団長が指導されたのですか?」


「今の副団長はメルランさんですよ。……アトリさん。才能ある若者です」


 グランツが魔術師団を離れて五年が経過していた。その後副団長の座を引き継いだメルラン。前任が偉大な賢者ということもあり色々と苦労していた。


「今でも私にとっては副団長ですよ。……ヨルンがもう少し真面目になってくれれば私も楽なのですが」


「魔術師にも色がありますからね。何だかんだで彼はやる時にはやる方です」


 才能は誰よりもあるはずなのにやる気は誰よりもない魔術師。行動原理が読めず度々問題を起こすが、指名手配されたジークに付くとは思いもしなかった。時折見せるその凄味を常時発揮して欲しいと溜息を吐くメルランである。


「ただ……最近は何か変わったような気がします」


「ジークさんやルークさん、多くの出会いによって何か思うことがあったのでしょう」


 ジークと出会い変わったというのなら……グランツもまたそうなのだろう。後進に道を譲る名目で退いた理由にジークが含まれていたことは間違いない。

 

 機会があればジークと話してみたいと思うメルランであった。

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