第九話

「えっと……ジーク様。このポーション類は何に使われるんですか?」


「貴様が知る必要はない」


 馬車に詰め込まれた沢山の物資。ポーションやマナポーションなどの回復薬から剣などの武器や衣類など多くの物品が積載されている。その様子をネル、リッキー、メイは不思議そうに眺めていた。


 王都の大通りを歩いていたところを三人の少年少女に絡まれた浩人。以前も同じようなことがあったなと思っていたらまさかの同一人物達だったのだ。

 何の用だと聞けば永遠が何だの訳の分からないことを叫ぶ不審者にそれを止める二人の友人。一向に埒が明かないことから無視して道具屋を回っていたら何故か付いてくる三人。なら労働源として使ってやろう思いつき現在に至る。


「リッキー、キサマは相変わらずマヌケだな。これは約束の地へ旅立つ為のレクイエムなのだ」


「……もう僕ツッコまないからね」


「恥ずかしい……」


 メイと呼ばれる変質者に溜息を吐くリッキー、周りをキョロキョロしながら恥ずかしそうにするネル。話を聞けば彼らは王都に住む幼馴染で冒険者らしい。まだ駆け出しのFランクパーティとのことである。


(年齢十五でFランクか……俺とルークはその頃はもうBランクだったな)


 二年前の王都襲撃時事件により不要な冒険者は一掃された。加えて厳しい基準が設けられ、王都で冒険者として活動するには一気に敷居が上がったのだ。ただでさえランクアップが難しい状況下で何故活動拠点を王都に選んだのか。出身というだけで王都を選択するのは浅さかとしか思えなかった。


(……まあ、その決断が出来るだけ凄いのかもしれないな。俺なら危険のない仕事を選ぶはずだし)


 浩人が冒険者として活動することを決めたのはジークという天才に憑依したからである。人も魔物も関係なく叩き潰せる暴力じみたまでの才能を持つジーク。並の相手ならまず負けることはない。それが分かっていたから冒険者という金を稼ぐ手段を選択したのだ。

 ジーク浩人とルークの冒険者ランクは本来ならあり得ない。運や努力だけでどうこうなるものではない。あくまでも才能があった。だから最年少でBランクに至ったのだ……Aランク昇格はアクトルの嫌がらせであることを浩人は今も忘れていない。


(これが凡人と天才の差か。こいつらはいずれ現実を知ることになるんだろうな)


 才能の壁に遮られ絶望して現実を知り大人になる。それならばまだマシだろう。この世界の命は余りにも軽すぎる。最悪は命を落とすことになってしまうかもしれない。


(俺が普通にこの世界に来たなら冒険者なんてお断りだな)


 平和な世界にいた人間が異世界に行ったところで命のやり取りなど出来るはずがないのだ。勝手に勘違いして魔物の餌になるのがオチである。自ら危険なことに突っ込んでいく必要など何処にもない。――だからこそ、この三人の選択を立派に思う。


「思いついたぞ! 我が竜を召喚すればAランクの依頼を受けれるはずだ!」


「何でAランク? ……でもドラゴンを召喚出来るなら依頼を斡旋してくれるかもね!」


「二人とも……仮に竜を召喚出来ても言う事を聞かないんじゃ……。そのまま私達は犯罪者になっちゃうよ」


 ……前言撤回である。やはりこの三人はどうかしている。頭がおかしくなっているのだろう。


「おいクソガキ共。次はここだ。真面目に働け」


 また別の道具屋にたどり着いたジーク浩人達。馬車を置きそのまま入店する。……余談ではあるが馬車を管理する男は知り合いでも何でもない。偶々目に入った馬車に乗る男を馬車ごと購入して雇ったのである。金をチラつかせたら素直に首を縦に振ったのだ。


「はい、いらっしゃい! ……⁉︎ あ、アンタはラギアスの……」


 店主と思われる人物が顔を引き攣らせる。これまで回ってきた店と全く同じ反応に内心笑ってしまう浩人。


「何だこの店は客を選ぶのか? 大層なご身分なんだろうな貴様は」


「……そんなつもりは。善良なお客様なら商売を断ったりはしない」


「ふん、分かっているならそれでいい」


 棚に陳列されている商品に目を向ける。緑色の液体が封入された瓶はポーションである。王都ということもあり品質はそれ程悪くはない。これまでの店と同じ注文を店主へする。


「この店にあるポーション類の回復薬を全てよこせ」


「はあ? アンタ何言ってんだ?」


「聞こえなかったか? この俺が特別に貴様と商売をしてやると言った。……クソガキ共、やれ」


 懐から取り出した白金貨を店主へ投げ渡す。それを見た男性は一瞬呆けたものの直ぐに状況を理解して取り乱す。商売人なだけあって貨幣の価値が分かっているらしい。最高峰の白金貨を手にして腰を抜かしている。


「は、白金貨だとッ⁉︎ む、滅茶苦茶だ! うちの商品全てかけ集めても釣り合わない! お釣りだって用意出来るわけが……」


「そんな物は要らん。貴様に後ろめたさがあるのならその金に見合う商売人になれ……何をしているクソガキ共。さっさと馬車へ積み込め」


 振り返ると立ち尽くす三馬鹿の姿が。ネルとリッキーは目を輝かせメイはキャラ設定を忘れたのか興奮していた。……もう何度も同じ光景を目にしている。やはりこの少年少女は狂っているのだろう。


 平静を取り戻した三人と店主が忙しなく物品を馬車に積み込んでゆく。浩人も手伝おうとしたのだが店主に休んでいて下さいと力説され今に至る。そんな彼らの様子を見ながら浩人は考え事をしていた。


(繰り返される世界、か……。結局のところそれを解決しないと意味がないんだよな)


 アルデリクの言葉は決して無視することは出来ない。前に進むと決めた浩人ではあるが、この問題も解決しなければ本当の意味でラギアスを解放することにはならないのだ。


(ゲームではエルゼンを倒して終わりだった。やっぱりその先のシナリオがないからループするのか? ……そんな安直な理由で?)


 主人公達は死闘の果てにエルゼンを倒す。後日談は特になく、エンディング中にキャラそれぞれのその後が少しだけ描かれているだけであった。

 浩人が知る限り『ウィッシュソウル』にマルチエンディングなど存在しない。ボス戦で負けてもコンテニューになるだけである。構想や裏設定として別のエンディングが用意されていた可能性もあるが、それを浩人が知らない以上今更考えても仕方がない。


(国王ともう一度話してみるか? いや、第一前提としてエルゼンを倒さないとループ以前の問題だ。今は強くなることだけを考えよう。最善じゃないかもしれないがベターではあるはずだ)


 主人公を強くして終わりという考えは微塵もない。浩人もガッツリこの戦いに関わるつもりである。だからこそ強くならなければならない。その為の死の森である。


「ジーク様? どうかされましたか?」


 視界に差す影。視線を上げるとリッキーと目が重なる。背後にはネルとメイもいた。……店主は一人黙々と働いている。


 ――どういう訳かこの時浩人は彼らの考えを聞いてみたいと思った。事情を知らなければただの子供でしかない三人に。ゲームに登場することのなかったモブキャラ以下の凡人に。


「クソガキ共。貴様らは……終わることのない問題に直面した時、どのように解決する?」


「終わることのない問題? えっと、それは……」


「何かの頓知でしょうか? メイは分かる?」


「当然だ。コムシには分からなくとも我には分かる。何故なら我とジークはイニシエの時代より続くインガのクサリによって固く結ばれているからだ」


 どうやら気の所為だったらしい。考え過ぎで浩人の頭がパンクしていたのだろう。急いで準備を終わらせて今日はゆっくり休もう。


「終わることのない……と言えば我ら『ダークネス・トライアングル』の依頼はいつになったら終わるのだ?」


「……確かに。僕達Fランクの依頼すら完遂出来てないよ」


「冒険者協会の教官達怖いよね。厳しいし直ぐ怒鳴るし。ヒントくらいくれてもいいのに……」


(だ、だーくねすとらいあんぐる? 何だそのダサいネーミングは。まさかパーティ名か?)


 戦慄する浩人。そんな恥ずかしいパーティ名で活動しているのかと思うと他人のことながらドン引きしてしまう。……ちなみにだが当時ジーク浩人とルークはパーティを組んでいたわけではない。都合が合う時に依頼を共にしていただけで正式なパーティではなかった。


「我らはちゃんと薬草を採取している。にも関わらずあのコムシ共は騒ぎ立てる。きっと我のイコウに恐れを成しているのだろう」


「沢山集めたから正解はあるはずなのに。……もしかしてまだ足りないとか?」


「う〜ん、数については指定なかったけどね」


 悩む新米冒険者パーティ『だーくねすとらいあんぐる』。事情を何も知らない浩人ではあるが冒険者協会の判断は正しいと思う。こんな連中に他の依頼を回していれば王都本部は崩壊してしまうだろう。


「あっ、すみませんジーク様。僕達で言う終わることのない問題はFランクの依頼ですかね」


「ウム。我に見合わないワイショウな依頼だ」


「もう何度もやり直しなんです」


 その壊滅的なパーティ名をやり直した方がいいと思う浩人。そもそも何故初級の初級である薬草採取の依頼を失敗しているのか。話を聞く限り手当たり次第生えている薬草をデタラメに採取したのだろう。図鑑や実物と見比べれば何の問題もなく終わる初心者向けの依頼である。


(依頼達成の条件を満たしていないんだから、そりゃあやり直しになるだろ。………………満たしていない?)


 満たしていないからやり直し……それは何をだ?

 何度も繰り返される世界。主人公達は必ず勝ちエルゼンは必ず負ける。ゲームでもそうであり、確かにアルデリクもそう言っていた。――つまり、『異界の門』は開かれていない。


(いや、開かれたことは過去にあったかもしれない。ただ、そこにエルゼンやはいなかったはずだ)


 初代ディアバレトはラギアスと共に『異界の門』を開き祈りの精霊――オラシオンと邂逅した。彼らが願ったことはこの世界から精霊を遠ざけること。にも関わらずパリアーチは今も存在し続けている。


(願いが完全じゃない? どんな願いも叶うはずなのに。そうか。今の状況は矛盾してるんだ……)


 光明が見えた気がした。何の根拠もなければリスクも伴う。しかも現状では条件を満たしていない。――だが頭の片隅に置いておく価値は十分ある。……まさかまたモブ以下の凡人の力を借りることになるとは。


「もう夕方だね……。僕達今日は何だか凄いことをした気がするよ」


「闇夜は我のチカラを強くする」


「……ねえメイ。最早全然似てないよ。別人だよ。本物は気品もあるしかっこいいしオーラが違うよ」


 金に物を言わせた爆買いは終わった。馬車を明日指定の場所まで運ぶよう指示を出し御者の人物は承諾して去ってゆく。浩人も今日は早めに休む必要がある。


「クソガキ共。これは対価だ。光栄に思え」


 一人一人に手渡したのは銀貨である。さすがに子供へ白金貨を渡せば色々と不都合が生じる。トラブルの火種にもなりかねない。


「こ、こんなに……。ジーク様ありがとうございます!」


「やったよ二人とも! 初依頼達成がジーク様の依頼だなんて! 私この銀貨家宝にするよ!」


「……」


 喜ぶリッキー少年と少女ネル。対照的に変質者のメイは無言になっている。否、正確には小さく言葉を呟いていた。’どどど、どうしようジーク様の手に触れちゃった。恥ずかしくて今日は眠れない’とぶつぶつ言っている。……ラギアスに触れるのがそこまで嫌かと浩人は呆れていた。キャラ設定も崩壊している。


「クソガキ共。本気で冒険者業を極めたいなら……レント領の冒険者支部を訪ねろ。じゃあな」


 彼らを残してジーク浩人は進む。もう立ち止まることはない。




****




 早朝。王都がまだ寝静まる頃。

 東門には大きな馬車が一台と黒髪の人物が佇んでいた。御者台には誰もいない。それどころか馬すら繋がれていない。

 そんな異様な光景の場所へ移動してくる影があった。


「尻尾を巻いて逃げ出すと思っていたんだがな」


「……そんな訳ないだろ。俺は逃げない。俺は戦う。後悔したくないからな」


「ふん、口先だけにならないよう精々励め」


 大きな鞄を背負った茶髪の人物。腰には複数の剣がかけられている。――ヴァン・フリーク。剣聖最後の弟子である。


「で、貴様らは出来損ないの見送りか? 過保護な連中だな」


「ほっほ……正確にはお二人のお見送りです」


「しばらく会えませんから。せめて目に焼き付けておきたかったんです」


「そういうことよ。……本当は付いて行きたいくらいなんだから」


 グランツやシエルにセレンが見送りの言葉を投げかける。


「……ヴァン。泣いたらダメ。ジークを困らせるのもダメ。分かった?」


「俺はお前の弟じゃねえぞ……」


 アトリとヴァンはいつも通りのやり取りである。


「ジーク。――強くなろう。そして、絶対勝とう。僕達の未来はこれからも続くんだ」


「…………当然だ。お前はお前の成すべきことをやれ」


 ジークとルークの会話は少ない。これが永遠の別れでないことを理解しているからだ。これからも続いていく。きっと……。


 ジークに近付くヴァンは馬車を見ながら不思議そうにしている。


「……なあ? 何で馬がいないんだよ?」


「バカなのか貴様は。移動の時間など無駄でしかない。


「は……? ……いや、ちょっと待てッ!」


 何かに気付き慌てるヴァンではあるが遅かった。ジークとヴァン、それに馬車は光に覆われる。もう何度も見た転移である。

 

 一瞬で構築された転移魔法によって二人は姿を消す。地獄の入口へと向かって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る