第八話
会合が一段落となり各々が会議室から出てゆく。決戦まで残された時間は短い。今出来ることを大急ぎで行い形にする必要があるのだ。一刻も無駄には出来ない。
会議の中心にいたジークの元へ彼の部下でありラギアス私兵団の団長であるシモンが訪れる。膝を突き首を垂れる姿は主従関係の表れであった。
「話は聞いていたな」
「はっ、直ちにラギアス領へ帰還致します」
隠世の遺跡から急いで王都に向かっていたシモン達。そこから会議に参加しラギアス領へ即刻帰還など中々にハードであるが当の本人に疲れは見られなかった。シモンからしてみれば日常訓練の方が余程厳しいからである。
「王国軍は近いうちにラギアス領へ出軍するはずだ。奴らが面倒事を起こさないようしっかり監視しておけ」
監視とは言っているが要はジーク不在の間、各種対応を抜かりなく実施するようにという指示である。大人数がいきなりラギアス領に現れれば領民達が混乱するからである。
「貴様らはあくまでもラギアス領の私兵だ。この戦いは本来なら国が責任を持って対処する案件だ。必要以上に付き合ってやる義理はない」
「重々承知しております」
「領民は邪魔だから遠ざけておけ。……いいか、損害は認めん。勝手に死ぬことも許さん。危険と判断したなら迷わず逃げろ。貴様らの穴埋めなど俺一人で十分だ」
深く頭を下げるシモン。他の者が言うならばともかくジークの言葉なら重みが違う。発言の意味を理解しているからこそシモンには忠誠を示すことしか出来ないのだ。誰よりも口が悪く誰よりも領民を想う主人の考えを尊重することしか。
ジークへ挨拶をして足早に去っていくシモン。気を使って待っていたのか次はエリスとクラッツがジークの元へ訪れる。
「ふふん、見てて気分が良かったわ。頭の悪い貴族達が連行される姿は最高だったわ」
「確かにそうだけど、さすがに王様へのあの態度はまずいよ。僕はヒヤヒヤしてたよ……」
満面の笑みを浮かべるエリスと苦笑いのクラッツ。ジークとの関係は戦友とも言えるのか。死線を乗り越えた間柄である。
「放っておけ。所詮は身内でしか役に立たん肩書きに執着するゴミ屑共だ。国から出ればただの老害だ」
「……いや、王様は違うよね」
ジークの超理論に引いてしまうクラッツ。ある意味では誰が相手でも平等に扱うジークである。……思えばリーデル大統領にもそうであった。
「何だかすごいことになってきたわね……」
「そうだね。世界の仕組みとか精霊とか難しいことだらけだ」
エリスやクラッツにしても初めて耳にする内容ばかりであった。ラギアスの役割を知った時は驚愕し、世界を壊そうと企むエルゼン達の野望には戦慄した。
「……貴様らが付き合う必要はない。命を懸けるなら他のことにしろ」
「何言ってるのよ。――もう今更なのよ。知ってしまったからには戦うわよ。……勘違いしないで欲しいけどジークの為だけじゃないわ。私にだって戦う理由があるもの。王都を襲ったフェルアート達を許すつもりはないわ」
スピリト出身のエリス。王都襲撃時には大勢の王都民が傷付いていた。その中にはエリスの知り合いもいたのだ。
「僕だって戦うよ。……僕は弱いし外国人だしいたところで何の役にも立たないかもしれない。でも……何もしないで見ているだけなんて嫌だ。もう僕は弱虫クラッツじゃないんだ」
二年前のクーデターにより祖国が壊滅の危機に陥った経験を持つクラッツ。必死になって戦ったが余りにも無力だったことを今でも覚えている。……覚えているからこそ戦わなくてはならないと強い意志を持っていた。
「そうか。なら止めん。これは返すぞ」
ジークからクラッツへ渡されたのは一本のサーベルである。リヴァイアサンの宝玉の欠片が埋め込まれている特殊な魔剣であった。
「役に立った誉めてやる。……だがもう俺には必要ない。非力な貴様にこれはお似合いだ」
「そうね。クソ雑魚クラッツはただでさえダメダメのおじさんなんだから少しは着飾らないと」
「……ねえ、やっぱり二人とも僕を馬鹿にしてるよね? そもそも僕はまだ二十代! おじさんじゃないの! クソザコとか失礼だよホントにッ!」
自然に貶すジークとエリスに怒り出すクラッツ。世界の危機を前にしても彼らの関係性は変わっていない。……きっとこれからもそうであると信じて。
「……さて、じゃあ行くわ。冒険者協会で打ち合わせがあるからね。クラッツも行くわよ」
「うんそうだね。ジークも大変だと思うけど、お互い出来ることを頑張ろう」
エリスとクラッツが会議室を出てゆく。あれだけ多くの人間がいたのだが今ではジークとヴァン達の姿しか見られない。各々が自身のやるべきことに向かって動き出していた。
「ジーク。名演説だったね。何かの舞台を観ているような気分だったよ」
「抜かせ。どいつもこいつもバカばかりだ。お陰で俺の仕事が増えた」
揶揄うようにジークへ話しかけたのはルークである。ジークを自然にイジれるのはルークぐらいだろう。二人の関係もまた特別だった。
「それで――僕達はどうする?」
ルークの言葉により全員の注目がジークへ集まる。
「シエル。貴様は最終防衛線だ。アクトルや王家の連中から神聖術の技術を奪えるだけ奪え。貴様の存在が戦局を左右するはずだ。……公爵家には話を通しておく」
「分かりました!」
シエルと公爵家は微妙な関係ではあるが今はそれどころではない。ジークの信頼もある。絶対に強くなると心へ刻むシエル。
「セレンとアトリは魔術師団へ合流しろ。ゴミ屑のような集まりだが魔法を学ぶには最適だ。グランツ、貴様が話を付けておけ」
「ほっほ、久しぶりですね。お二人はもちろん、他の魔術師達へも指導を行いましょう」
「魔力の扱いを学べってことね、了解よ」
「……うん。頑張る」
ヴァン達の連携も大事ではあるが各々の戦力アップもまた重要である。戦闘スタイルから魔術師団で力を付けろというジークの考えを三人は素直に受け取る。
「ルーク。お前は言わずもがなだ」
「分かってる。騎士団と合流するよ。……辞めたばかりで少し恥ずかしいけどね」
元騎士となったルーク。まさかこのような形で騎士団と関わることになるとは思いもしなかったが、これもまた何かの縁かと割り切る。
「最後は貴様だ出来損ない」
「……俺だけ出来損ないかよ」
顔を顰めるヴァン。隣で得意気な表情をするアトリが内心腹立たしい。
「一晩時間をやる。覚悟が決まったのなら明日の朝、王都の東門に来い」
「あ、明日⁉︎ ……いきなりかよ」
「バカなのか貴様は? 貴様のようなゴミ屑に時間の猶予があると思うのか? 年単位で必要な時間を三十日足らずへ省略するんだ。本来なら今すぐ動くべき状況だということを忘れるな愚鈍」
正論でジークに叱られるヴァン。周りと違って肩身が狭い。
「さっきも言ったが強制するつもりはない。貴様が決めろ。この戦いにすら関わりたくないのなら消えても構わん」
「そんなこと出来るかよ……親父は俺が止めないといけないんだ」
「止めるだと? この期に及んで何をとち狂っている。――殺せ。殺さなければ奴は何度でも同じことを繰り返す」
俯き手を強く握るヴァン。
頭では分かっていてもどうしてもヴァンはその言葉を口にすることが出来ない。
「この前散々吠えていたが結局はそれか? ……ふん、まあいい。精々悔いのないよう足掻いて見せろ。――俺はもう選んだぞ」
転移の光に覆われるジーク。光が消えた後、ジークの姿も消失していた。
****
賑やかな王都のメイン通りを歩く
二年前に起きた襲撃事件の際は被害の大きさから仄暗い空気が流れていたが今ではかなり解消されている。復興作業も進み本来ある王都の姿に戻りつつあるのだろう。
(あの時とは何もかもが変わったな……)
目的があったとはいえ浩人自身も襲撃事件の時は戦っていた。自分一人の行動だけで全てが解決したなど自惚れた考えはしていないが、結果的には救われた命があった。それだけでも自分がしてきたことが無駄ではなかったのだと今では思えるようになった。
いつまでも部外者のままではいられない。浩人も前を向いて進まなくてはならない。これまでの行いを否定してしまえば亡くなった人達の死を無駄にしてしまうことになるからだ。
気持ちを新たに臨んだ王国の主要人物達との作戦会議。ジークの口の悪さは改善されず、ジークを毛嫌いする貴族は存在し、騎士団や魔術師団にその他組織の纏まりはない。どいつもこいつも相変わらずである。……浩人も決して人の事は言えないが。
全てを知るアルデリクの存在もあり、情報共有や今後の軍事展開はスムーズにいったと思われる。後は各々がどこまでレベルアップ出来るかである。
ゲームでならパーティのことを気にするだけで良いがここは現実世界である。戦えば怪我もするし痛みもあり最悪は命を落とす。王国軍にも可能な限り被害が出ないように立ち回る必要があるのだ。……善人が死ぬところなど見たくはない。
(今は一人一人に頑張ってもらうしかないな。メインキャラ達がいい刺激になればいいが)
メインキャラ達の成長も狙っているが、合わせて組織の活性化も目論んだ采配でもあった。相乗効果でお互いが強くなればそれだけ勝率も上がり被害も少なくなるだろうと。
(問題はヴァンだな。特訓とか偉そうなこと言ったけど大丈夫か?)
浩人に指導の経験などあるはずもなく、そもそも他人を気にする余裕があるかすら分からないのだ。
大陸に広がる巨大な樹海――通称死の森。
ゲームではストーリークリア後に解放される高難易度ダンジョンである。
現れる敵は魔物のみ。ストーリーのラストを飾る『異界の門』へ続く道――『宙の道』よりも高いレベルを誇る魔物がひしめく地獄のような場所である。クリア後に何も考えずに突っ込めば即ゲームオーバーとなってしまう。浩人にとっては苦い思い出である。
(アクトルが言ってたみたいに下手をしなくても死ぬ可能性がある。……だがヴァンだけじゃなく俺のレベルアップも望める、か)
正にハイリスク・ハイリターンである。
原作では宿敵だったジークが味方として加わり原作以上の力を持つ。敵味方共に能力が上がっている状況下でジークの存在が何を変えるのか。シナリオブレイクという意味でも浩人は負けられない。
(時間があるなら『星の道』にも行ってみたかったけど……手一杯だな)
死の森と同じくクリア後に解放される『星の道』。『異界の門』へと続く『宙の道』と対を成す存在。宙が始まりなら星は終わりを告げる……という設定である。ストーリー上では番人化のイベント後に『宙の道』と同時にラギアス領に顕現していた。
(まあいいか。あそこはどちらかと言うとエンドコンテンツに近いからな。……とりあえず物資を揃えるか)
死の森に篭って修行をするのだ。身一つで挑める程甘い場所でないことは分かっている。ポーションやマナポーションに食料や衛生品に着替え。武器の予備も必要になる。
ヴァンが本当に来るかは分からないが明日の朝までに準備をしなければならない。最悪ヴァンが逃げたなら……恥ずかしいから一人で特訓をする。あれだけ啖呵を切っておきながら行きませんでは間抜けすぎる。
購入備品を頭の中で整理しながら歩いていると毎度の如く王都民の視線を浴びることになる。黒髪と言えばラギアスであり、剣聖殺害の容疑がつい最近まで掛けられていたのだ。当然の反応である。
(絡まれないだけマシなのか)
色々な感情が視線に込められているが今更である。何も知らなかった王都民を恨んだところで意味はない。浩人としてもラギアスの真実を国中に発信したいわけではないのだ。――ただ、歴代のラギアス達が安らかに眠れればそれでいい。
最初に目に入った道具屋の前で止まる。大通りに面していることから品揃えはそれなりに期待出来る。ラギアス相手にまともに商売してくれるかは分からないが、文句があるなら金で黙らせればいいのだ。無駄に貯めた軍資金が火を吹くだけである。
入店しようとする
全身を覆い隠すような真っ黒な衣服に明らかに人工物だと思われる黒髪のウィッグを被っている少女。はみ出た地毛の自己主張は激しい。
「今こそ契約の時!」
加えてこの異常な発言。どこからどう見ても不審者である。ジークの方が余程まともである。行き交う人々は
(この下手なコスプレみたいな格好に脈絡のない言葉使いは……)
何処かで見たような気もするが思い出せない。浩人の記憶が拒んでいるのか答えが出ない。
「このイニシエより伝わる書物にナンジの名を刻め! サスレバ我らは永遠となるだろう」
「ならないよッ! 何やってるのメイ!」
不審者が突き付けてきていた書類を掻っさらう少女。か、返せ無礼者!と抵抗する変人。そんな二人を前にして動揺する少年。
「ネルもメイもやめてよ! ジーク様が困ってるじゃないか!」
確かに困っている。
「これは我とジークを結ぶ
「⁉︎ だから! 似てないって! そもそも永遠って何⁉︎ 何か変な含みがあるよねッ⁉︎」
(……思い出した。この間抜けなトリオは)
前に王都で同じように絡まれたことがあった。王都襲撃時にジークに助けられたと言っていた少年少女である。
「あの時のクソガキ三兄妹か……」
不思議な縁に導かれ彼らは再会した。
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