第七話

 反ラギアス派が連行され会議室内には空席が幾分できていた。彼らの退場に合わせて文官が新たな資料の配布を始める。そこには予想される敵の戦力や戦略、対する王国側の対策などが記されていた。


「決戦の地はラギアス領。新月の夜に『異界の門』へ続く道が現れる。其方ら王国軍にはその地で戦ってもらう」


 騎士団や魔術師団だけではなく、近衛師団や冒険者に教会の神官など全てを動員する王国軍を編成する。出し惜しみは一切しないという明確な意思が伝わってくる状況に各々が気を引き締める。


「この戦い中は騎士団、魔術師団の全権を各副団長に与える。騎士団の団長をシュトルク・ラルク、魔術師団の団長をメルラン・ルーニーとする」


「……承りました。全力を尽くします」


「必ずや御期待に応えて見せましょう」


 シュトルクとメルランが承諾する。

 騎士団と魔術師団に団長は存在しない。その立ち位置は国を治める国王であることが決まっており、有事の際は明確な指揮系統を示すことが目的であった。

 代理副団長であるシュトルクが一時的とはいえ団長に抜擢されるのは異例であり、メルランに於いては初の女性魔術師の団長ということになる。


「王国軍の総大将はバッカス・アブリエートとする。やれるな?」


「大役ですの。そろそろ隠居しようと思っていたのですがの……」


 苦笑いのバッカス。五年前に魔術師団を離れていたグランツに意味ありげな視線を送る。お主だけズルいぞと目で語っているようにも映る。


 その後アルデリクから冒険者協会や薬師協会にマリア教会などの外部団体へ正式な要請が行われた。どの団体も承諾する。

 世界崩壊の危機と言われたところで現実味は薄いが、大国であるディアバレト王国に睨まれでもすれば今後の活動に支障を来たすことは明らかである。事実上首を縦に振るしか選択肢はなかった。


「陛下。確認なのですが、フリーク商会――敵兵に対して王国軍の戦力は些か過剰とも取れますが……」


 アライト公爵が当然の疑問を投げかける。確かにエルゼンを始めとした強敵に精霊の力まで加わった敵兵は手練れであることが分かる。これまで王国で好き勝手に暗躍してきたのだから十分脅威であることも。だが、王国のほとんどの軍を投入したところで数の差から却って戦い辛いことが想定されるのだ。


「ハンハーベル・プラント。フリーク商会と奴は繋がっていた。敵に騎士団の情報は全て漏れていると思え。奴らは特定の人間の力を再現することが出来る。……つまり、敵には騎士団がいるということだ」


 ジークが補足する。かつてジークは騎士団の元副団長であったハンハーベルの裏切りにいち早く気付き、捕縛した功績を持っていた。


「そうか。あの影のような存在か。儂の生き写しのようじゃったの」


 バッカスだけではなくジークの偽物まで存在していた。それが騎士団の全てを模倣した存在が敵にいる可能性があるとジークは示唆したのだ。それだけでも十分脅威である。


「貴様らが醜態を晒した入団試験、オーステンやウェステンを狙った襲撃もそう。奴らは魔物を使役する手段を持ち合わせている。戦場には大量の魔物が湧くだろうな」


「⁉︎ クソったれが……舐めやがって」


 二年前の入団試験の指揮をしていたハーレスが悪態吐く。彼からしてみれば入団試験は忘れられない出来事であった。終わりの見えない魔物の襲撃にどんどん倒れてゆく味方の騎士や魔術師。入団希望者であった若者は何人も死んでいた。

 忘れられない出来事という意味ではシュトルクやブリンクにヨルン、そしてルークにしてもそうであった。地脈に干渉した人工ダンジョンに意図したスタンピードを引き起こしたロヴィンズとの戦い。――自然と力が入る。


「アライトよ。投入する戦力としては理に適っておる。寧ろ不足する可能性すらある」


「……厚かましい発言失礼致しました。隣国への救援要請は如何されますか?」


「本来ならそうすべきではあるが時間がない。今ある戦力で叩く」


 世界の危機ですといきなり他国へ要請したところで信じられるはずもない。何かの策略ではないかと余計な混乱を招くだけであるとアルデリクは話す。


「陛下……その異界の門へ続く道についてですが、例えば転移魔法などで敵よりも早く先回りするなどはどうでしょうか?」


 魔術師団の副団長を務める妙齢の女性、メルランの問いに対して答えるのはジーク。


「不可能だ。『異界の門』はもちろん、道も魔力が定まっていない。無理をして飛ぼうとすれば空間の狭間に取り残されるのがオチだ。――精霊の加護を持つ奴らは別だがな」


「……その精霊とやらはそんなにも厄介なの?」


「意思を持つ魔力集合体。こいつら精霊が発端で世界が壊れかけたんだ。――弱いわけないだろうが」


 ジークによるとエルゼン達は精霊の加護――精霊の因子を持っているとのことであった。現代には存在しない古代魔法によって強力な力を手にしている。つまりは、自分達とは異なり新月の夜に道が現れた瞬間に『異界の門』まで転移することが可能なのだ。


「は⁉︎ それじゃあ門を開けられちまうじゃないか!」


「……バカなのか貴様は? 『鍵』はまだ二本しか揃っていない。話を聞いていたのか出来損ない?」


 残念な物を見るような視線をジークから浴び縮こまるヴァン。アトリ達は恥ずかしそうにしている。国軍や貴族達からはこれで本当に剣聖の孫なのかといった感情が滲み出ていた。


「こちらからすれば道に戦力を大量投入したところで却って邪魔になる。奴らからしても『異界の門』に有象無象を近付けたくはない。だから戦場は自ずと道が現れる地点――ラギアス邸の裏の湖になるというわけだ」


 なる程と理解しているのかよく分からない曖昧な頷きを見せるヴァン。もう静かにしてとアトリに脛を蹴られ涙目になる。


「エルゼン・フリーク達が待ち構える『異界の門』には少数精鋭の部隊が好ましい。その役目は其方らに背負ってもらうぞ――英雄達よ」


 アルデリクに指名されたのはヴァン達であった。『鍵』の継承者達であるヴァン、シエル、ルーク。シエルの護衛を務めるセレン。役割を終えた『導き手』であるアトリ。彼らをここまで導いてきた賢者グランツ。


「御言葉ですが陛下。鍵が狙われている状況下で彼ら三人を向かわせるのは疑問に思いますが……」


「ブリンク、お主の考えは尤もだ。……もちろん理由がある」


 精霊の加護の中心にいるエルゼン。理から外れているエルゼンにはどのような攻撃も通らない。こちら側からいくら攻撃したところで死ぬことのない不死者になっていると説明するアルデリク。


「事実だ。奴を俺は三度殺した。二度心臓を貫き首を刎ねた。それでもエルゼンは蘇った」


 剣聖亡き今現代最強の剣士となったエルゼンが不死者となっている。加えて精霊の力も合わさったエルゼンは文字通り最強である。


「……だが、奴は無敵ではない。精霊の加護がないなら手に入れればいい。理の外にいるなら同じ土俵に立つまでだ。その為に継承者達を使う」


 ヴァン達三人も言ってしまえば精霊の加護を受けているに等しい。即ちエルゼンと同じ力を持つ存在なのだとジークは話す。


「その三人の攻撃なら最後まで通る。つまり、奴を仕留めることが出来るというわけだ。……失敗すれば最後の『鍵』として使われるがな」


「ハイリスク、ハイリターンということですか。シエルは神聖術師ですから戦闘には不向きです。……必然的にその大役はどちらかになりますが……」


 アクトルの視線の先にはヴァンとルーク。連隊長達の視線も集まるがほとんどがルークへ向いていた。それも当然であった。剣聖の孫とはいえ無名に等しいヴァンと経験と実績の豊富なルークとでは差がありすぎるのだ。


「エルゼンを討つのは――その出来損ないだ」


 ジークに指名されたのはヴァンであった。ヴァン自身も驚くが周囲も驚愕していた。ジークとルークの関係性を考えればその役目はルークになると誰もが思っていたからである。


「今回の騒動はフリーク家を起因としたものだ。なら身内であるその出来損ないに責任を取らせるのが筋だろうが」


「ジーク。貴方の理屈は理解出来ますが……はっきり言って彼では荷が重すぎます。厳しいことを言いますが、勝負にすらならないでしょう」


 アクトルの指摘に俯くヴァン。真正面から実力不足だと言われてしまえば反論すら出来ない。ヴァン自身も事実だと理解しているからこその反応であった。アクトルと同意見なのか、周囲の考えも同じようである。


「だろうな。その出来損ない以外だったとしても前提が厳しい。――奴は剣聖に次ぐ剣士だ。死なないから戦いが雑になっていただけで、次は必ず修正してくるはずだ。……だが勝機はある」


 沈黙する会議室。全員がジークの次の言葉を待つ。


「俺がその出来損ないのをする。対等とまではいかなくとも、奴に喰らい付けるレベルにまで押し上げる。――これで勝率は上がる」


「と、特訓⁉︎ ……何を言い出すかと思えば……次の新月まで後一ヶ月程度しかありませんよ? それを剣聖候補レベルにまで引き上げるのはさすがに無理です」


「無理でも無茶でもやるんだよ、やるしかないんだよ。負ければ全てが消えてなくなる。何もかもが無意味になる。ラギアスの死が無駄になる。――だから俺は戦う。――必ず勝つ。――死んでも勝つ。その為に身に付けた力だ」


 ジークの気迫を前に口を噤むアクトル。ヴァンは呆けたようにジークをただ見ていた。


「そうか。か」


「ふん、分かっているじゃないかクソ顎髭。さっさと手配しておけ」


 国王に対してクソ顎髭呼ばわりなど最高峰の不敬発言である。周囲は絶句にドン引きとリアクションに忙しない。


 アルデリクの言う死の森とは大陸に広がる巨大な樹海のことである。ディアバレト王国だけではなく複数の国と隣接する魔物の領域。過去に各国が領土拡大に乗り出した経緯があったが悉く失敗に終わっていた。桁違いの強さと凶暴性を誇る魔物を前に人間は無力でしかなかった。

 現在は緩衝地帯として扱われ誰も近寄ることのない通称死の森と呼ばれている樹海。そこでジークはヴァンを鍛えると言う。


「国家戦力が返り討ちになるような場所へたった二人で、いえ……事実上貴方一人で赴くつもりですか? ――死にますよ」


「死なねえよ。俺は最後のラギアスとしての責任を果たす必要がある。……ラギアス領主は死ぬ間際までこの国の連中の幸せを願っていた。復讐ではなく許してあげて欲しいと言っていた。――なら俺が戦うしかないだろうが。この理不尽な現実と」


 ジークの意思は固い。何を言っても止まらないだろうと判断したアクトルは説得を諦め口を閉じる。……だが当事者であるヴァンは揺らいでいた。


「時間は有限だ。見込みがないと判断した瞬間に捨てて行く。強制も無理強いもしない。――死んでも勝ちたいのならついて来い。地獄を見せてやる」


「お、俺は……」


「しかしのう、ジーク。仮にそのヴァンとやらが本当に道半ばで倒れたらどうする? リスクでもあるが、エル坊に対抗する切り札でもあるんじゃろう?」


「その時はルークに討たせる。確実性や効率重視ならどう考えてもルークが適任だ。……貴様がそれで納得するのならな」


 非情なように見えて義理堅いジーク。彼を知る者はそれを理解していた。ヴァンに対して選択肢を与えているのだ。――後悔がないようにと。


「死の森に行くのなら専任の神聖術師が必要だろう。一人派遣しよう」


「陛下。それでしたら私がジークに同行します」


 アルデリクの発言にいち早く反応したのはアルニカであった。王女でありながら彼女もまた実力のある神聖術師である。

 本来王族が魔物が蠢く危険地帯に赴くなどあり得ない。当然周囲が難色を示すが。


「要らん。余計な荷物が増えるだけだ。神聖術なら俺でも使える。貴様ら王家の連中だけが特別だと思うなよ」


 一刀両断である。

 同行を見送ったことは歓迎したいが言い方があるだろうとまたしても周囲は引いていた。……当のアルニカは気丈に振る舞っているが、彼女を幼い時から知るバッカスには平静を装っているようにしか見えなかった。


「いいかゴミ屑共。何度も言うが負ければ終わりだ。隣にいる奴がこの先も一緒だと思うなよ。出し惜しみは無しだ。全てをぶつけろ。王家や公爵家は神聖術師を総動員しろ」


 世界を造り変えようとするエルゼン。その世界に彼らが存在出来る確証は何処にもない。


「エルゼンが何を願うのかは知らんが、奴が望めば貴様らはオークになるやもしれん。……それはそれで笑えるがな」


「お、オーク⁉︎ じょ、冗談じゃありませんよ!」


 ジークの笑えない冗談に顔を青くし狼狽えるアクトル。貴様は銀の豚だなと追撃され更に取り乱している。


「……話は纏ったようだな。各人「お待ち下さい陛下ッ!」」


 アルデリクの締めの言葉を遮ったのはある意味では誰もが知る王国の異端。家柄は優れているのだが当の本人は変わり者……というよりは変人。寧ろ、よくここまで黙っていたなと彼を知る者は感心していた。


「アッ! モ〜〜〜〜レッ! 私を忘れてはいないかマイフレンド?」


 高々と脚を上げ決めポーズを取るのは近衛師団所属のアーロンである。裏の顔も合わせ持つ狂人が回転しながらジークの元へ躍り出る。さすがのアルデリクもアーロンの奇行を前に珍しく動揺していた。


「マイフレンド、私は何をする?」


「……あのガキの本体はエルゼンにベッタリだが、仮の身体があれば自由に動ける。――パリアーチは必ず戦場に現れる。王国軍を引っ掻き回す為にな」


「……」


 パリアーチの名を聞きアーロンの纏う雰囲気が豹変する。漏れ出す殺気を前にふざけた空気が一瞬で霧散する。


「貴様はパリアーチを討て。……取るんだろ仇を」


 アーロンの兄であるクロテッドとツァイティはパリアーチに唆されて国を裏切っていた。次兄のツァイティはスペアの『鍵』に変えられ長兄のクロテッドは捕まっている。本来なら極刑物だったが捕縛した当人の進言とアクトルの計らいにより死刑は免れていた。

 二人の兄の謀反によりイゾサール侯爵家は取り潰しの可能性もあった。それでも、アーロンにとっては大事な兄だったのだ。いつか分かり合える日が来ると信じていたが結局それは叶わなかった。アーロンにもまた戦う理由があった。


「……イエス、マイロード。私の剣に誓おう。あのキッズは私が仕留める」


 騒ぎ出したかと思えば急に殺気を放ち王でもないジークに誓いを立てるアーロン。事情を知らない者からすれば意味が分からない状況である。騒ぎの中心にいたアーロンは静かに元の席へ戻ってゆく。


「陛下、私からもございます。彼は戦場でどのように動くのでしょうか?」


 騎士団の連隊長であるエルティアの疑問は王国軍全体として見れば重要な情報である。自ずと注目が集まる。


「特に明確にするつもりはない。私兵団を含めたラギアスについては当人らに一任する」


「当然だ。貴様に指図される謂れはない」


 最早誰も諌めない。何を言っても無駄だと全員が理解しているからだ。


「そうですか……それは残念です。戦場で肩を並べられると思っていたのですが」


「か、勝手なこと言って! 大体何でアンタが当たり前のようにここにいるのよ! 牢屋に入りなさいよ!」


「そうだそうだ! ジークの冤罪を僕達は忘れていないぞッ!」


 エリスとクラッツからブーイングが飛ぶ。二人からしてみればジークの捕縛に動いていたエルティアが当然のように王国軍にいる。それが納得出来ないのだ。表情には出さないがシモンも内心怒り狂っていることだろう。


「あれは不幸なすれ違いによるものでした。騎士団の方針に従うしかなかったのです。――これからは手を取り合い共に頑張りましょう」


「よく言うよ。君ノリノリだったじゃない」


「……あなたこそクビになったのでは?」


「僕もそのつもりだったんだけどね。なんかまだ働けって言われてね、参ったよホントに……」


「……やはりふざけている」


 白々しく弁明するエルティアに彼女を揶揄うヨルン。エルティアを睨むエリスやクラッツとヨルンを毛嫌いするエルティア。彼らの蟠りもそう簡単には解消されそうにない。

 そもそも彼らに限らず色々な集まりとなっている現状、一つに纏まるには本来なら多くの時間を要する。それを一ヶ月で形にしなければならないのだ。バッカスが渋るのも頷ける。


「――ではこれにて閉会とする。各人戦いに備えよ」


 アルデリクの号令により第一回目の対策会議は終了したのだった。

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