第六話

 突然現れたジークを見て混乱が広がる会議室内。単純に驚いた者もいるが、中にはジークの存在を快く思っていない者も多数存在する。アルデリクの言葉が真実であったとしても、いきなり切り替えることも難しい。頭では理解していても心が、感情が追いつかないのだ。


「これで役者が揃ったか……」


「勘違いするなよ。貴様の為ではない」


 加えてジークのこの態度。相手が国王であっても振る舞いを変えないラギアスの麒麟児。ジークと面識がない者も話には聞いていたがここまで酷いとは思わなかったのか顔を引き攣らせている。逆にジークを知る者は顔を青くしていたり、苦笑いなど様々である。


「き、貴様⁉︎ 陛下になんという口の利き方を!」


 今しがたの発言は有力貴族の一人。これまで何度も反ラギアスを唱えてきた人物である。

 不当に扱われてきた領民に対して義憤に駆られての行動……というわけではなく、取り潰された後のラギアス領を狙っていた者である。

 それがここにきてラギアスは国を裏から支えてきた英雄だったと明らかになる。風向きが変わり自分の立場が危うくなるのを恐れての発言だった。


「貴族の末席が何を勘違いしている!」


「力しか持たぬ野蛮人がッ!」


 異議を唱える身分の高い貴族達。釣られるように批判意見が殺到する。

 彼らからすれば当然である。いきなり湧いて出たラギアスの真実だけでも驚愕する事態。更には剣聖殺害容疑は誤りであり、国を裏から守り戦ってきた功績まである。

 そんなジークが自分達に従えと宣っている状況。アルデリクを見る限り否定する様子もない。これまで散々下に見てきた国の恥晒しであるラギアスに命令されるなどプライドが許さないのだ。ましてやラギアスへ対して嫌がらせ行為を重ねてきた者もいる。ジークの振る舞いからして復讐されることも十分考えられる。

 ラギアスが英雄になってしまえば自分達の立場がなくなると分かっての行動だった。


「黙って従えだと⁉︎ 何を言う若造が! 国軍にすら所属していないお前のような小僧が図に乗るな!」


「陛下! この小僧は信用なりません! ……陛下が仰るラギアスの真実があったとしても、この小僧が何かをしてきたわけではないのですぞ!」


「危険すぎます。その者の力は……。いずれ其奴を中心に争いが起き国が崩壊します」


 一部の者達により紛糾する会議。単にジークが気に食わない。信用ならない。恐れているなど理由は様々である。何としてでもラギアスを悪者にしたいのか奮闘する必死な姿は却って周囲を冷静にさせる。


「論点がズレていますよ。彼のことよりも気にすべきはエルゼン・フリークのはずですが。……見苦しい真似はもう止めたらどうですか?」


 アクトルが軌道修正を図る。

 彼らからしてみればアクトルやアステーラ公爵家は非常に厄介な存在になってしまったと言える。ジークという勝ち馬を早い段階から抱え込んでいたのだ。それがここにきてディアバレトの盟友など寝耳に水である。

 国を裏から制御する諜報機関の存在により余計に身動きが取りにくくなる。


「アクトル殿! そのような我らを侮辱する発言は看過出来ませんぞ! ……公爵家の陰で日和見か小僧!」


 話題の中心であるジークは先程から一言も発していない。無関係だと、成り行きを見守っているかのような態度が余計に彼らを逆撫でする。そんな彼らを見てアクトルが止めましたからねと落胆したように呟く。ジークをよく知る者達も同情したような表情を浮かべていた。


「陛下! まさかとは思いますがその者を起用するおつもりか? いけません、騙されているのです!」


 訴えに対してアルデリクは何も答えない。無機質な瞳に彼らは映っていない。即ちそれが答えであった。

 顔を青くする反ラギアス派に初めてジークがリアクションを見せる。憐れみを浮かべ冷笑していた。


「な、何がおかしい⁉︎」


「いや、な……貴様らの全てが滑稽でな。面白い喜劇だった。貴様らは最高だ」


 会議室内に木霊する乾いた音。ジークがパチパチと拍手している。蔑んだ笑顔を見せながら。

 馬鹿にされたと思った貴族達は青くしていた顔から一転、顔を真っ赤にしてジークを捲し立てる。だが当の本人には全く効果がないのか依然として嘲笑している。クククッと馬鹿にするように笑っていた。


「さて、茶番は終わりだ。晩節を汚す……という言葉が貴様らに相応しいかは知らんがもう消えろ。邪魔だ」


「何を言うか! 消えるのはお前だ若造!」


 紛糾する会議。緊急事態にも関わらず一向に話が進まない。見兼ねたアライト公爵が場を取りまとめようと口を開きかけるが、先に動いたのは最後のラギアスであった。


「聞こえなかったか? 消えろと言った。――もう貴様らは終わったんだよ」


 放たれるプレッシャー。有無を言わせぬ物言い。今まで経験したことのない殺気を前に押し黙る貴族達。

 ここまで身勝手な言い分ばかりをしてきた彼らに対して不快感を抱いていた者は多い。エリスやクラッツなど一部の者はやってやれ!という表情を浮かべている。


「口の利き方? 貴族の末席? ……頭がイカれているのか? 散々忌み嫌ってきたラギアスに何を望んでいるんだ? 俺が貴様ら無能に恭順するわけないだろうが」


 始まってしまったと頭を抱えるアクトル。ここまで来てしまったらもう止まらない。そもそもが間違いであった。舌戦で敵うわけがないのだ。


「小僧が図に乗るなとほざいていたな。その小僧に萎縮している貴様らは一体何なんだ? 分かりやすいように教えてくれよ、なぁ?」


「信用ならないだと? バカか貴様は。世界が壊れるかもという段階で己の利権や保身に執着する貴様らの方が余程信用出来ないだろうが」


「俺を中心に争いが起き国が崩壊する? バカが……もう崩壊は始まっているんだよ。貴様らが無能なばかりにな。これでは反逆者と変わらんな」


 炸裂する罵詈雑言の嵐。悪意に研がれた鋭い言葉の刃が容赦なく貴族達を斬り刻む。負けじと言葉を紡ごうとするが圧倒的な口撃を前に歯が立たない。格の違いとでもいうのか。付け入る隙がない。


「貴様らの尻拭いを俺がどれだけしてきたと思っている? 王都にしてもウェステンにしてもサマリスもそうだ。俺がいたから貴様らの財と地位に権力は今も存在する。逆を言えばそれしかない無能というわけだ。……野蛮人と言ったな。その野蛮人に縋り付く貴様らは卑しいドブネズミ以下の虫ケラだ。ゴブリンの方がまだマシだな」


「何か反論があるなら言ってみろ。俺と同じことをやって見せろ。納得出来ないのなら剣を取れ。この状況を覆せると言う者がいるなら出てこい。常に安全な場所から好き勝手してきた貴様らに何が変えられる? 口だけならそこらのガキと変わらんぞ」


 ジークの独壇場を前に批判してきた者は黙るしかない。納得出来ないという感情が前面に出ているが安易に口を開けば倍返しがくる。既に戦意喪失して項垂れる者もいた。


「起用する? 騙されるな? 何を勘違いしているのかは知らんが、俺は貴様らに協力するつもりは一切ない。ラギアスを散々利用してきた貴様らにな。……俺は俺の為だけに戦う」


 思うところがあるのか苦々しい表情をしているのは貴族だけではない。国軍である騎士や魔術師、王族警護の近衛兵もそうであった。本来であれば自分達がやるべき責務をジークに背負わせてしまっていた。本人にどのような考えがあろうが、救われた命があることに変わりはないのだ。


「理解しているだろうがこの国は腐っている。貴様らがどうなろうが俺には関係ないが、足を引っ張られでもすれば興醒めだ。――だから消えてくれるよな?」


「き、消えるだとッ⁉︎ 何を言って……」


 ジークが視線を向ける先には反ラギアス派の者達。分かりやすく纏って席に着いていた。


「膿は出し切らないとな。貴様らが大好きなこの国の為に消えられるんだ。本望だろう?」


「わ、私は貴族だぞ⁉︎ これまで国の為に尽くしてきた我らが何故消えなければならないッ⁉︎」


「その結果がこの様だからだ。たかが商会相手に手を焼く連中が貴族とは笑えるな。だから良いように利用される。……地位の陰から日和見か老害?」


 煽るように笑うジーク。その姿は悪魔そのものである。

 己を否定されたと思った貴族が再び逆上する。


「黙れ黙れ! 政治を知らぬ小僧が! ラギアス風情が調子に乗るなよ! 私がどれだけ国に貢献したと思っている? 身を粉にして働いてきたか分かるかッ⁉︎ お前のような力しか持たぬ若造が一番危険なのだ! この国を地獄に落とす悪魔めッ! お前なんかに進退を決められてたまるか!」


「当然だ。下の責任は上に立つ者が決めることだ。……貴様の進退なんぞ知るか気色悪い」


 ジークの心底嫌そうな発言を聞きハッとなる貴族。慌てて国王へ弁明するが……。


「陛下! この者を信用してはなりません! 協力するつもりはないと断言しております! もしかすればフリーク商会の手の者かもしれませぬ! きっとそうに違いない! 皆の者、騙されるな! 長年国へ仕えてきた私とラギアスのどちらが信用出来るのか、少し考えれば分かるはずだ!」


 他の反ラギアス派も追従するように喚く。その姿は追い込まれた手負いの獣。劈くような叫び声が虚しく会議室内へ木霊するが誰の心にも響かない。


「嘆かわしいな。……連れて行け」


「⁉︎ へ、陛下……何を……」


「汝等は何も


 アルデリクの指示により近衛兵が会議室に現れる。そのまま反ラギアス派の貴族達を拘束して連行する。


「な、何をする⁉︎ は、放せッ⁉︎ 陛下、陛下ーー!」


 静まり返ったところへアルデリクが言葉を発する。


「ラギアスはディアバレトの盟友だ。では許されんぞ」


 ギロリとアルデリクが周囲を見渡しながら睥睨する。連行された貴族達に近い立場にあった者もここまで明確に釘を刺されてしまえば反論出来ない。


「納得の行かない者はこの場を去れ。我が国には必要ない」


 推し黙る一同。ジークに否定的だった者達は身を縮こませながら嵐が過ぎ去るのを待つ小者に成り果てていた。

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