第四話
アルデリクから聞かされた真実。一人の人間が背負うには余りにも重すぎる世界の仕組み。
言葉を失い動揺するヴァン達にグランツから一つの提案がなされた。王都にあるグランツの別邸に招待すると。今は一人一人に考える時間が必要であると。
「……すげえなグランツさん。王都にこんなデカい家を持ってたのか」
「ほっほ……仮にも魔術師団の副団長を務めていましたからね。王都に呼ばれた時はこちらの家で休むのですよ」
キョロキョロと家の中を見渡すヴァン。ヴァンからしてみれば他意のないリアクションだが、この純粋な反応から一種の和みが生まれていた。それを今はありがたく他の面々は感じていた。
客間に案内されお茶と茶菓子が振る舞われる。普段口にすることない高級品を前にヴァンとアトリはウキウキである。
「お代わりはありますから遠慮せずにどうぞ」
グランツの言葉通りに遠慮なく食べるヴァンとアトリ。逆に遠慮しながらゆっくり食すシエルとルーク。異国の食文化が珍しいのか観察するように嗜むセレン。三者三様の反応を見て笑顔を浮かべるグランツ。……ただ一人、ジークだけはソファやイスに座らず窓際に背を預け佇んでいた。
「ジークさんも如何ですか? 茶葉には自信がありますよ?」
「……」
反応はない。腕を組み視線は床を向いている。何か考え事をしているのだと直ぐに分かる。深刻そうな思い詰めた表情である。
……余談ではあるが茶菓子に夢中になっていたヴァンはジークの姿を見て不謹慎ながらも’なんてカッコイイんだ’と思い、慌てて表情を取り繕う。――セレンの冷めた視線に気付くことなく。
「……賢者、貴様は国王の言葉を聞きどう思った?」
珍しくジークから他者へ求める意見。その声色には普段の鋭さが感じられない。傲岸不遜な態度は影を潜めていた。
「陛下から齎された情報は余りにも膨大です。一度精査する必要があるでしょう」
「そんな時間が貴様らにあると思うのか? 次の新月までにどう国王の言葉を裏付ける? ……エルゼンは確実に動くぞ」
エルゼン・フリーク。
ヴァンの父親であり剣聖の息子、そして元剣聖候補。ディアバレト王国を揺るがす一連の事件は彼の人物が発端。祈りの精霊――オラシオンを巡る争いであると言える。
「陛下のお話にも出てきましたが、そのエルゼンさんは何が目的なのでしょうか?」
「ヴァン、何か心当たりはあるのかい?」
「分からない。……親父は俺には何も話してくれなかったからな。ただ――「どうでもいい」」
シエルの疑問とルークの問いかけに答えるヴァンを遮るジーク。
「理由なんてどうでもいい。奴はこの世界が気に入らない。だから自らの都合の良いように世界を変えようとしている。どれだけの命を犠牲にしてもだ。――それを貴様らは許容出来るのか?」
「……出来るわけないだろ」
どのような理由があったとしても無差別殺人など許されるはずがない。エルゼンの動機が分からないから確かめるでは遅いのだ。もう何人もの人々が傷付き命を落としているのだから。
「『異界の門』を開くには三本の『鍵』が必要だ。奴らは既にスペア二本を所持している。足りない分をどう補うのかは知らんが貴様らが狙われる可能性もある」
継承者であるヴァンとシエル、そしてルーク。エルゼンを止める為に動けば狙われる可能性も十分高まる。鍵化は即ち死を意味する。
「好きにはさせないわ。シエルは私が守るから」
「私も守られているだけではありません。……正直陛下のお話を聞いても理解出来ていない部分が多々あります。ですが、分からないからといって失われた命から目を逸らしていい理由にはなりません」
「……戦う。じゃないと亡くなったフールさんとノイジーさんが報われない」
世界の仕組みや成り立ち。そしてアルデリクの言う繰り返される世界。
いきなり言われてはい、分かりました……とはならない。シエルのように理解や納得の出来ていない者がほとんどだろう。――それでも彼女達は戦うことを選んだ。
「陛下の御言葉が真実なら、私達は幾度となく彼らと戦ってきたのでしょう。――でしたら、今回で最後にしましょう」
「グランツさん……俺も戦う。戦わなくちゃいけない。親父もトレートおじさんもフェルアートも、他の連中も。それが俺の責任だから」
剣の柄を力強く握るヴァン。一連の事件の首謀者がエルゼンなら尚更戦わないといけない。マスフェルトの仇でもある。何故このようなことをしたのか問い正さなければならない。……ジークは自らの親を殺してまで責任を果たしたのだから。
「……そうか。やはり貴様らは繰り返すのか」
一種の意思確認だと誰もが思った。
ここまでジークとヴァン達はすれ違いがあったものの衝突してきた。ジークが重要なことを話さないのも理由だったのだろう。ヴァンの思い込みもよくなかった。
それでも、ジークはずっと独りで戦ってきた。ヴァン達を陰から支え引っ張ってきた。アルデリクの言葉を聞き尚更それを理解した。
敵はジークも認める強者であり剣聖マスフェルトを殺害した現代最強の剣士。ヴァン達よりも世界の仕組みを理解する得体の知れない人物。
不安もある。エルゼン以外にも強力な敵がいる。
だが、こちらにはジークがいる。口も態度も悪い最強がいる。いざという時は必ず決めてくれる存在が。ジークがいるなら大丈夫だと誰もが思っている。――きっと今回も。
「…………俺はもう、戦えない」
初めてだった。ジークの弱り切った姿を見たのは。
****
「た、戦えないってどういう意味だよ?」
「……言葉通りだ。理解出来ないのなら医者に行け」
思いもよらないジークの発言に動揺するヴァン達。全員が耳を疑った。ある意味ではアルデリクの時よりも困惑は大きかった。
「――っ! どうするんだよ親父のことは⁉︎ 王様が言ってただろ! 放置すればどうなるか分からないんだぞ! ……お前の親が死んだのだって元を正せば親父達が原因だ。なのに……」
「軽々しく調子の良いことをほざくな。……貴様こそ国王の言葉を聞いていたのか?」
「……繰り返される世界ってやつか? でも王様は未来は変わったって」
永遠と繰り返される世界にただ一人だけ存在する王。何をしても未来が変わることはなかったが、今回初めてそれが変わったと言っていた。ジークを中心に世界に変化が現れたと。
「奴の魔力に乱れはなかった。嘘はない。だが……これで世界が進み出す保証はどこにもない」
死した後、気が付けば再び幼少期だったとアルデリクは語っていた。どのような結果になったとしてもまた始まってしまうと。
「俺は貴様らと違い特別だった。だから戦えた。この理不尽な現実に抗う為に」
「ジークさん……」
「それでも完全ではなかった。アルデリクが言う世界の仕組みを俺は知らなかった。……ラギアスの真実も知らずに俺は愚かな行いをした」
いつもの傲岸不遜な態度は見られない。普段の強い瞳とは異なり影を落としていた。
「何をしようがまた繰り返されるのなら、何もしないのと同じだ」
「でも、だからって見過ごす理由にもならないだろ! 未来が変わったならこの世界だって……みんなで頑張ればどうにかなるはずだ!」
「無責任なことを吠えるな出来損ない。頑張った結果がこの様だ。――終わった後に’俺達頑張ったよな’ってバカみたいに傷の舐め合いでもするのか? 現に俺達よりも事情を知っているアルデリクは失敗している。話を聞く限り一度や二度ではない。何度もだ。――貴様は同じことをあの王にも言えるのか?」
「それは……」
国王の力強い瞳の裏にあったのは仄暗い想い。アルデリクからは諦めの感情が伝わってきていた。不幸を覆そうとアルデリクもたった一人で戦い、そして最後には諦めた。
「俺や貴様らに記憶は継承されない。つまり……最善だと信じてまた同じことをするわけだ。……歴代のラギアス領主達は終わることのない地獄を永遠に強要される。俺達ラギアスが本当の意味で解放されることはない。ラギアスはこの世界の捨て駒でしかなかった」
「……今回は違うかもしれないだろ。仮にダメでも次は上手くいくかもしれないじゃないか」
「貴様は俺にまた両親を殺せと迫るのか? 一人では何も出来ない無力な貴様が。俺達ラギアスにまた犠牲になれと? 貴様は他人の力無しにエルゼンに勝てるのか?」
「……」
――勝てる……と言えればどれだけ良かったか。ヴァンは理解していた。今の自分の剣では単純な勝負ですらエルゼンには敵わないことを。
「俺が全てを投げ出したところで結果は変わらん。だが貴様らはエルゼンと戦うことを選んだ。次の世界で俺が『番人』と戦わなかったとしても……貴様らは確実に『番人』を殺す。――結局のところ、本質は、未来は何も変わってはいない。これが現実だ」
「……勝つ、ことだけが大事なのかよ。それ以外にも大事なことは無いのかよ……」
「無い。死ねば終わりだ。全てが消えてなくなる。貴様らには次があるのかもしれんが……俺にはその保証がない。次の世界でも
アルデリクの言葉によるとジークは常に敵対していたらしい。今のジークが今までと違うからこそ未来が変わったと。
「全てが無駄だった。全てが無意味だった。俺は何を勘違いしていたんだろうな……」
ゆっくりと歩き出すジーク。足取りは建物の出口へ向かっていた。――そのジークの前に立つシエル。
「無駄なんかじゃありません。ジークさんの歩みは、私達の出会いは決して無意味ではありません!」
手を広げ声を張り上げるシエル。目には涙が溜まっていた。
「ジークさんがいたから今の私があるんです。ジークさんがいてくれたから私は変われたんです! 私だけではありません。セレンもルークさんも、グランツさんにアトリさん、それにヴァンさんだって……もっともっと沢山いるはずです。――ですから、そんな悲しいこと言わないでください。無意味だったなんて言わないで、否定しないでください! どうして貴方はもっと周りを見てくれないんですか! 私は、私は……」
ポロポロと涙がこぼれ落ちる。言葉を返すつもりがないのかジークは無言である。
「全く、罪作りな男ね。……初めて会った王様の言葉よりも――私はあなたを、ジークを信じるわ」
「……あの王様は嘘は吐いてないと思う。でも本当のことも言っていないと思う。だから確かめる。みんなで」
最後のラギアスが口を開くことはない。
「ジークさん。今のあなたなら我々の言葉が届くはずです」
「ジーク。君がどんな選択をしたとしても僕は君の力になるよ。ただ、そうだね……僕の予想が正しければ君は必ず王都に戻ってくる。――だから準備を進めておくよ、色々とね」
セレン、アトリ、グランツ、そしてルーク。彼らの言葉は届いたのかそれとも……。
転移魔法によりジークは姿を消した。
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