断章 終わるリベリオン①

 身体の至る所から流れ落ちる血液。足元に咲く赤い花。もう何度も見た光景である……他人の物、自らの物関係なく。


 この感覚に気が付いたのはいつだっただろうか。この世界が紛い物であり全てが無意味だと知り絶望したのは、呪ったのは。


(……長かった。本当に長かった。だが、それもようやく終わる)


 繰り返される世界には必ず死ぬ人間と何があっても死なない人間がいた。目障りだからと殺そうとしても必ず失敗した。どれだけの力を付けても、知識を以てしても死なない人間達。こちらの強さに比例するように相手も強くなる。……全くもって忌々しい限りである。


 何が起きるのか、どのような役割を持っているのかを事前に把握しているのは何ものにも代え難い優位性だった。だが覆すことの出来ない事象も存在した。……番人化は必ず起きてしまう。――だから心を殺して感情を封じて奴らの駒になった。自らの行動が両親の命を奪う引き金になったとしても。


精霊の因子を与えた。これで剣聖を殺せ』


(世界は壊せても自らの親を殺すのは怖いのか? だから貴様は失敗するんだよ。『願い人ディアバレト』になるのはこの俺だ)


『……哀しい目をしておる。もっと周りに目を向けんか。この世界にあるのは不幸だけではないぞ』


(貴様らからすればそうなんだろうな。俺達ラギアスに居場所なんてなかった)


『そう。あの白髪の女が『導き手』なんだよ。それを君がよく知るラギアス邸の裏手にある湖まで連れて行くんだ。そうすれば『異界の門』へ続く道は現れる』


(クソガキ。貴様は俺が何も知らないと本気で思っているのか? 全部分かった上で道化を演じているんだよ。貴様らの喉元を食い千切る為にな)


 正義面した連中とは何度も殺し合いを演じた。


「どうしてお前は簡単に人を殺せるんだ。サマリスの人達は何も悪くないのに」


(バカが。何も知らずにヘラヘラ生きている連中に価値はない。だから俺が価値を与えてやった。贄としてのな)


「何故憎しみを世界にばら撒くのですか? 争いからは何も生まれません」


(争い? この世界が争いの果てに生まれた世界だろうが。廃棄された妾の子が笑わせやがる)


「……父さんの仇だ。お前だけは絶対に許さない!」


(抜かせ。貴様らは父上と母上を殺しておきながら何を言っている? 貴様らが殺し、犠牲にしてきた連中がいるとも知らずに……軽々しく正義を騙るな反吐が出る)


 門を開く『鍵』として使ってやろうと考え、実行に移したが悉く失敗した。世界の強制力とでも言うのか、見えない鎖によって阻まれた。


「もう止めなさい。あなたでは私達には敵わない」


(群れることしか出来んゴミが。世界の祝福を自らの力だと過信する勘違い共め)


「あなたはもっと周りに目を向けるべきでした。心を許せば必ず人は応えてくれます」


(無様だなクソ爺。……貴様は知らないだろうが貴様の魔法は大いに役に立った。これだけ何度も目にすれば習得するのは難しくなかったぞ)


 死に戻り。地獄のような世界を何度も繰り返すことになるが、逆を言えば無限に時間があるとも言える。得た力を持ち越すことは出来ないが記憶や知識は問題なく引き継げる。


「……あなたは悪。だから、もう殺さないといけないの」


(ミストラーゼ。貴様だけは何があっても俺の手で殺してやる。貴様さえ、貴様ら『導き手』さえいなければ俺達『番人ラギアス』は……)


『異界の門』へと続く道で必ず起きる剣聖の孫達との戦い。どのような手を使っても必ずジーク・ラギアスは敗北すると決まっていた。――そう、ではなくなのだ。


(魔法を使って俺の心臓を一時的に凍結させた。……バカが、まんまと騙されやがった)


 奴らが完全に遠ざかるのを確認した後、魔法を解き動き出す。治癒魔法で身体を癒し、薬師協会を脅して作らせたポーションで魔力を回復する。


(思った通りだ。――これでこの世界を)


 元剣聖候補のエルゼン・フリーク。こいつだけは殺せなかった。世界のルール以前に精霊パリアーチの加護がある以上手出しは出来ない。――だから奴の息子を利用する。

 不死身ではあるが無敵ではない。同等とも言える精霊の加護を持つヴァン・フリークならエルゼンを殺せるはず。一種の賭けではあったが――その賭けに勝った。


「――冷界召喚」


 目障りなゴミ達が弱ったところに放つ禁忌の古代魔法。術者以外の全員が概念事凍結し消滅した。

 世界の裏をかき、死ぬはずのなかったヴァン達諸共あの世へ送り付けた。世界の因果を断ち切ったのだ。


(クソガキ。これを俺に教えたのは失敗だったな。禁忌の意味を正しく理解していないからこうなる)


「く、ククク……」


 笑いが溢れる。


(やっとだ。ついにやったぞ。ミストラーゼ、貴様をやっと殺せた。ラギアスの仇を討った。最高の気分だ)


「ハハハハハハハッ……」


 精霊の力によって生まれた『鍵』は宙に浮いていた。『スペアライズ』によって造られた代替三本の鍵。第三王女と王家遠縁の貴族に侯爵家。……毎回のように『鍵』へされる哀れなゴミ。ラギアスの為に死んでくれて感謝する。


(これが……世界の果てか)

 

 オリジナルの『鍵』でなくとも問題なく役割を果たせるらしい。――その証拠に『異界の門』が開かれる。


「貴様が神……オラシオンか。――ゴフォッ⁉︎ 」


 古代魔法の反動により血を吐きその場に倒れる。

 何度も夢見た光景を目に宿そうとするが視界はボヤけてしまう。どうやら限界は近い……だがまだ死ねない。死ぬわけにはいかないのだ。


「……聞け、オラシオン。俺が願い人だ。俺の願いを叶えろ!」


(父上、母上、遅くなり申し訳ございません。やっとです。これでラギアスは……)


「俺達ラギアスを『番人』の役割から解放しろ! こんなくだらない役割は他のゴミにくれてやる! 今すぐやれ、これが俺の願いだ!」


 思いの丈をぶち撒ける。繰り返された世界で何度も渇望した願い。

 何人も殺した。父と母を見殺しにした。自らの感情もプライドも捨てた。――全てはこの瞬間の為に。この為だけに生きてきた。何もかもを捨てて。


「………………」


 祈りの神オラシオンが何かを口ずさむ。精霊の言葉は耳で聞くのではなく頭に落ちてくるような感覚であった。
































 ――オラシオンはその願いは叶えられないと無機質に言い放った。


「……は? 何を言っている貴様は……」


 ラギアスは『番人』。言わば世界の枠組み、仕組みの一つである。それに干渉するということは世界を造り変えるに等しい。――多くの魂、即ち贄が必要であるとオラシオンから伝わってくる。……何だそれは。そんな話は聞いてない。どの世界でも聞かなかった。


「ふざけるな! 俺がどれだけの人間を殺してきたと思っている。サマリスのゴミ共に父や母、貴様ら精霊のお墨付きの継承者達も殺したんだぞ! ――⁉︎ グハッ⁉︎」


 身体中に亀裂が走り血が噴水のように弾け飛ぶ。無理矢理古代魔法を使ったツケがここで回ってきていた。

 ――視界が悪くなる。意識が遠ざかる。身体が動かない。


(俺は何の為にここまで……。父上、母上、申し訳ございません。……俺は無力なラギアスのままでした)


 世界から忌み嫌われたラギアス。生まれた瞬間から周囲に疎まれた。自由に生きることも許されない世界の傀儡でしかなかった。そんな理不尽な現実を変える為に強くなった。全てを捨てた……そのはずなのに。


(ああ、これで終わりか。……叶うことなら共に歩める存在が欲しかった。……ハハ、嫌われ者のラギアス、世界の敵のラギアスには到底無理な話か)


「……もう、俺は疲れた。もう戦いたくない。何もしたくない。誰でもいいから、――



























 ――その願い、確と受け取った。

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