第三話

 案内されたのは王城内にある豪華な部屋であった。

 堂々とした佇まいで鎮座するのは――アルデリク・フォン・ディアバレト。国王と向かい合う形でジーク浩人とルークが席に着く。

 その他には誰も存在しない。アルデリクにより人払いされているからである。本来なら国王と部外者が密室で対談するなどあり得ない。だがこの世界ではそれがあり得る。原作でも同じ流れだったが……悪役のジークはいなかった。


「楽にしろ。尋問をする為に招いたのではない」


「し、しかしながら陛下」


「畏まる必要はない。そいつがいいと言っているんだ」


 国王相手でも横柄な態度は相変わらずである。『番人』から解放されたのだから口調の制限もなくなるかもと淡い期待を抱いていたのだがこの有様である。


 アルデリク・フォン・ディアバレト。

 ゲームの終盤で登場するキーパーソン。原作では主人公達にこの世界の成り立ちを説明する役割を担っていた。ラスボスであるエルゼンの目的が判明する重要なイベントだった。


(オーラが凄いな。絶対強キャラだろ)


 実際に対面すると放つ圧が桁違いである。見た目から分かる屈強な肉体に内包する魔力から感じる凄味。圧倒的なカリスマ性も相まって本当に国王なのかと疑うレベルである。ルークが萎縮してしまうのも頷ける。


(だが……それがどうした。こいつはラギアスの真実を知っていた可能性がある。分かっていながら今までラギアスを利用し続けてきた)


 原作でラギアスの真相はこの場ではもちろん、シナリオ上でも語られることはなかった。ファンブックや設定資料集にもラギアスのことはほとんど触れられていなかった。それが何を意味するのかは分からない。……だが浩人はもう知ってしまった。この世界はラギアスの犠牲の基に成り立っていることを。


「お前がジーク・ラギアスか。……国中の者達が騒ぐのも頷ける」


「黙れ。貴様は俺の問いにただ答えるだけでいい」


 銀の髪は王族の証。アルデリクに至っては瞳の色に眉毛や睫毛に髭まで銀色である。

 下手な人間が真似れば出来の悪いコスプレとなり興醒めするが、この人物にはそれがない。生まれ持った気品とでも言うのだろうか。……気色悪い。


「貴様はディアバレトとラギアスの間に交わされた誓約の本当の意味を把握していたのか?」


「認識していた。初代を除く歴代のディアバレト王は皆な」


 ――ピキ。


 漏れ出す魔力により室内が凍てつき窓に亀裂が走る。


「……それを知りながら傍観していたのか?」


「我々では交わされた誓約に干渉することは不可能だった。……当時のラギアスの思想が関係していると思われる」


 ――パリン!


 全ての窓が一瞬で砕け散る。荒ぶる魔力が冷気の嵐となり室内を極寒の世界へと変えてしまう。


「…………世界の平和を貴様の先祖は願った。それはラギアスを犠牲にしてまでも成し得なければならないことだったのか?」


「新たな世界の礎になることをラギアスは望んだ。決してディアバレトが強要したわけではない……だが、結果としてはそうなってしまった」


 殺意を前にしても恐怖の感情は見られない。沈痛な面持ちで当時のディアバレトとラギアスの関係性を述べるアルデリク。そこに悪意は感じられない。本心なのだろう。本心からラギアスの犠牲を正当化している。


(仕方なかった。こいつはそう言ってやがる。ラギアスの犠牲は仕方なかったんだと)


「態々王都まで出向いて良かった。貴様ら歴代の王がゴミ屑だと知れて本当に良かった」


「返す言葉も無い。これはディアバレトの罪だ」


 潔く自らの罪を認めるアルデリク。初代が勝手にしたことだと言い訳がましく騒がないのは王としての胆力故か。だが浩人には却って開き直っているようにも見えてしまう。


(……抑えろ。フールとノイジーあの人達は血を望まなかった。二人の想いを俺が踏みにじる訳にはいかない)


「感謝するんだな。ラギアス領主は貴様の惨殺を、国への復讐を望まなかった。……本来なら貴様の首を王都で一番目立つ場所へ掲げて、貴様の国民共を皆殺しにする予定だった」


 乱れた魔力を整える。今この場で好き勝手暴れたところで死んだ人間が生き帰ることはない。神聖術を以てしても死を覆すことは出来ないのだから。


「精々足掻け、そして懺悔しろ。俺達ラギアスは貴様らをずっと見ている。卑しく生にしがみ付き生き恥を晒し続けろ。……じゃあなクソ野郎」


 納得は出来ないしディアバレトを許すことなどあり得ない。……それでも王の口から罪を自白させることが叶ったのだ。それだけでも価値がある。

 

 静かに席を立つ。もうここに用はない。これ以上留まれば気が狂い、精悍な顔つきをした王を殴ってしまうかもしれない。


(二人に、歴代のラギアスの彼らに報告しないとな。もう、やっと終わったって。ゆっくり休んでくれって)


「待つのだ。まだ話は終わっていない。「もう黙れよ」」


「この世界が『願い人ディアバレト』によって造り変えられた世界だと貴様はほざくんだろう? 精霊を使役した戦争によって滅びかけた世界を救う為にディアバレトが願ったと」


 精霊と呼ばれる意思を持つ魔力集合体。それらを人間は使役することで超常的な力を手にすることが出来る。

 魔法よりも遥かに強力な力を得た人間が望んだことは世界平和などではなく侵略であった。同じ人間同士が少しでも多くの富を得る為に殺戮を繰り返す。その結果、環境は破壊され世界を循環する魔力は枯渇した。


(……って設定。それを憂いたディアバレトが願ったんだ。――精霊をこの世界から遠ざけて欲しいと……祈りの精霊オラシオンに)


「バカか貴様は。それを俺に伝えて何になる? エルゼンが何を願おうが俺には関係ない」


「――そうか。やはり知っているか。


 アルデリクの発言につい顔を顰めてしまう。思わせぶりな言動で気を引かせるつもりなのだろうか……バカバカしい。一発殴って黙らせるべきかもしれない。


「ヴァン・フリーク達も直にここへ来る。だからな。ルーク・ハルトマンが……いや、が彼らから離れて行動するのは初めてのことではあるが」


「……貴様何を言っている?」


(何度も? 何言ってやがる。頭がおかしくなったのか……待て、こいつルークのことをフォンセルって)


 アルデリクと視線が重なる。口から出任せを言っているようには見えない。


 ――嫌な予感がする。この感じは番人化した彼らと戦っていた時の感覚と似ている。ゲームにはなかった国王の言葉。それが意味することは何だ。


 妙な緊張感が漂う中、近衛兵に案内された者達が入室してくる。窓ガラスが全て割れ、所々が凍結した室内を見てギョッとしている主人公達が現れる。


「さて、これで揃ったな。世界を救う英雄達が」




****




 アルデリクに促され席に着くヴァン達。明らかに動揺しているがそれは浩人も同じ。原作にない流れに内心狼狽えていた。


「昔話をしよう。ディアバレト王国建国の歴史を」


 アルデリクがディアバレト王国の始まりについて唐突に話し始める。いきなり何を言っているんだと普通の者なら考えるが、それを口にしているのが大陸有数の大国の王であれば事情は異なる。本人のカリスマ性も相まってか全員が聞き入っていた。


 アルデリクの話は浩人がゲームをプレイして知った内容と同じものであった。


「魔力集合体である精霊を利用した世界大戦を終結させる為にディアバレトは願ったのだ。その願いが精霊オラシオンによって実現され精霊は姿を消した。この世界は願いの先に生まれたモノなのだ」


「……いきなりそんなことを言われてもです。何で王様は俺達にその話を?」


 ヴァンの頓珍漢な敬語に対して気を悪くしないアルデリク。お互い原作と変わらない反応である。他のキャラ達も含めて。


「ヴァンさん。あながち絵空事ではないのかもしれません。伝承として遺されていた内容には意識を持った魔力の存在が触れられていました。……おそらくはあのパリアーチと名乗る存在も精霊」


「⁉︎ そうか、親父達と関係があるから……」


「賢者、理解が早くて助かる。ヴァン・フリーク。其方の父であるエルゼン・フリークの目的が祈りの精霊オラシオンなのだ。彼の精霊が眠る地が『異界の門』となる」


 オラシオンの元へ辿り着いたディアバレトとラギアス。世界大戦で失われた命を贄として捧げ、造り変えたのが精霊のいない世界だった。

 

 叶えた願いが捻じ曲げられないように造った世界の秩序。それが『鍵』と『導き手』に『番人』であった。必要な手順と犠牲を払わなければ誰も『異界の門』へ近付けないようにと。


「陛下……『異界の門』へ対するセキュリティとして『鍵』などが存在することは理解出来ました。ですが、逆を言えば何故抜け道のようなモノを後世へ遺したのでしょうか?」


 同じディアバレトの血を引くシエルがアルデリクへ疑問を投げかける。


「当時のディアバレトからしても願いが正しいと断言することもまた出来なかった。それ故に継承者という仕組みを造ったのだ」


 願いの結果、より世界が不幸となるのであれば元の世界へ戻す為の言わば保険として用意されたのが継承者達であった。


「ラギアスが洗脳じみた言動を取るのも世界の秩序の為なのかしら? ――誰かの犠牲の基に成り立つ世界に意味があるとは到底思えないのだけれど」


 国王相手にも容赦なく正論をぶつけるセレン。……正論ではあるが原作でこのセリフはなかった。


「ラギアスの立ち位置が民に知れ渡ればディアバレトは批判を浴びることになる。それを危惧した当時のラギアスが’ラギアスは暗君でなければならない’と自らの意識を洗脳したのだ。――その結果、後世のラギアスへ伝承され続けた。これが誓約という名の呪いの正体だ」


 ディアバレトの盟友であったラギアス。世界の為に多くを失い犠牲にしてきたディアバレトが批判されるようなことはあってはならない。

 ラギアスが世界の悪となるなら『番人』という存在も世界から許容されるはずだと、ラギアスは自らが悪となる道を選んだ。


(……俺の知らない内容だ。ゲームでこんな話は出なかった)


「陛下。恐れながら申し上げますが……そこまでご存知なら何故ラギアスを止めなかったのです? 何故ラギアスの真実を国民へ開示しなかったのです? ――救われた多くの命があったはずです」


 ルークが悲しそうにアルデリクを問いただす。王家がラギアスを管理していれば防げた不幸もあっただろうと。


「其方の言う通りだ。ラギアスはもちろん、死ぬと分かっていた命を王である我々なら救えた……救えるはずだったのだ。……だがそれは叶わなかった。もう何度も見た世界だ」


(またこいつは同じことを言ってやがる。……⁉︎ まさか……)


「この世界は。人の生き様から死に様までの全てが決められているのだ」


 ――ああ、またこれか。俺は一体何を恨めばよかったんだ。

 これではフールとノイジーの、歴代のラギアス達の犠牲が報われない。




****




 世界が繰り返されている。その言葉の意味を正しく理解出来ているのはアルデリク本人とジークだけなのだろう。他の者達はピンときていない。


「もう何度目か分からない。私は何度も同じ生を享受してきた。その度に思うのだ。ああ、また始まったのかと」


「どうしたんだよ王様……?」


 困惑しながらアルデリクへ声を掛けるヴァン。


「ヴァン・フリーク。其方の父親は何度もオラシオンを目指した。そして、其方らは何度もエルゼン・フリークを止める為に戦う。どのような横槍が入ったとしてもだ」


 何度もという言葉に違和感を覚える。ヴァン達がエルゼンの悪事を知ったのはつい最近の出来事である。にも関わらずこれまでずっと敵対してきたかのような言い回し。ヴァン達は顔を見合わせる。


「其方らには記憶は継承されない。これはディアバレト王にのみ現れる……言わば呪いだ。――身に覚えがあるはずだ。初対面のはずなのに旧知の仲だと感じたことが」


 アルデリクの言葉の通り、確かにヴァン達には身に覚えがあった。初めましてと言葉を交わす割には何処か懐かしい感覚があったことを。

 大して時間を共有することなく戦術が噛み合い、ユニゾンリンクまで放てる。その異常性に気が付かなかった。


「記憶には無くとも魂に刻まれているのであろう」


「一度きりの人生……ではなく、陛下は何度も」


 言葉の意味を理解したのかグランツが驚愕した表情でアルデリクに尋ねる。


「左様。年老いて命が散ったと思ったらまた幼少期から始まる」


 段々とアルデリクが伝えたいことがヴァン達に広まる。そのようなことが本当にあり得るのかと内心思うが国王が嘘を吐いているようには見えない。


「ハルトマン。先程の質問に答えよう。……私も人の子、失われると分かった命があるなら救うに決まっているだろう。それを見過ごすことを私は正当化出来ん。だが、救うことは叶わなかった」


 どの世界でもそうだったとアルデリクは話す。

 スタンピードにより崩壊する地方都市を守る為に軍を派遣すれば、不慮の事故が重なり進軍はままならなかった。

 ダンジョン暴走ダンジョンアウトを防ぐ為に結界を張れば何故か結界を掻い潜るかのようにダンジョンが発生した。

 変えられる未来も存在したが決して防ぐことの出来ない不幸もあったという。死ぬ人間は必ず死んだ。


「アピオンは呪いに襲われ、ウェステンとオーステンはスタンピードにより崩壊した。サマリスは住民諸共跡形もなく消滅する。全ては決まったことであった」


 国民を救う為に心血を注いだがアルデリクは未来を変えることは出来なかった。何度も死にまた始まり同じ不幸に見舞われる。目の前で起きる惨状に対して行動しようが静観しようが結果が変わることはない。繰り返される世界を前にアルデリクはおかしくなっていった。


「……でも、ウェステンは今もある。サマリスは無くなったけど住民達は生きてる」


「『導き手ミストラーゼ』。その通りだ。今まで変わることのなかった世界、私が変えることの出来なかった未来が初めて変わったのだ」


 白髪の少女が私はアトリと否定する。これもまた変わった未来かとアルデリクがしみじみと呟く。


「皆の者、もう分かったであろうが……ジーク・ラギアス。其方の存在がこの世界を初めて変えたのだ。死ぬはずだった者達を其方は救った」


 全員の視線がジークへ集まる。そのジークは苦々しい表情をしている。


「王都の襲撃は本来起こり得なかった。騎士団の入団試験が魔術師団と合同で行われることがなければ狙われることもなかった。……違うか? 俺の存在により無様に死んだゴミ屑共がいたはずだ」


「確かに。それもまた初めての出来事。……それでもだ。救われた命の数は段違いである」


 アルデリクの知る世界ではイグノート共和国の首都ワーテルは運河の底へ沈んだらしい。それが何故か現在も存在する。その裏には悪徳貴族の影がちらつく。


「騎士団の連隊長シュトルク・ラルク、魔術師団の連隊長ヨルン・グリン、近衛師団の団長バッカス・アブリエートは必ず死んだ。私の娘であるアルニカは『鍵』にされ命を落とす。ハルトマン、其方の父ブリンク・ハルトマンも死ぬことが決まっていたのだ」


「父さんが……。名前の上がった方は今も全員生きている。――つまりジークが救った命」


 他にも沢山いるがなとアルデリクは付け加える。


「これが私の知る全てだ。常に敵対していたジーク・ラギアスが英雄達と共に在る。それが何を意味するのか。永遠と続く因果の終焉となるのか。それともまた繰り返されてしまうのか……。私には分からない」


 大きく息を吐く全てを知る者。余りにも膨大な情報を前にヴァン達は困惑している。――それはジークも同じであった。


「ジーク・ラギアスよ。其方がどのような選択をしても私は尊重しよう。――最後の英雄の選択を」


 黙って席を立つジーク。言葉はなかった。

 部屋を後にするジークを追うルーク。ヴァン達も続く。


 一人になったアルデリクが小さく呟く。


「もしかしたら私の知らぬ世界があったのかもしれない。ジーク・ラギアスもまた『願い人』だったのか」


 ディアバレトの血を引く者にしか扱えないとされている神聖術をジークが行使出来る。それは才能によるモノでなければ偶然の産物でもないのかもしれない。

 マリア教会の枢機卿クラスも神聖術を扱えると世間的には周知されているが、その正体は王家の血を引く子孫であった。

 誓約がある以上、ディアバレトの血がラギアスに混じることなどあり得ない。――ならばアルデリクの予想はあながち誤りではないのか。


「答えを知るには私は永く生き過ぎた。――後は彼らに委ねよう」


 もしかしたら、ジークならこの地獄のような世界を終わらせてくれるかもしれない。

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