第二十二話

 顔を背ける程の眩い光が収まった後、視界に入ったのは倒れ伏すロヴィンズと剣を納刀するルークの姿であった。


「ここまでのようですね。おとなしく投降してください」


「……とんだ食わせ者だなお前は。力を隠していたのか?」


 魔物との融合が解け元の姿に戻ったロヴィンズ。ブリンクによって断ち切られた片腕は失ったままであった。


「僕には何も分かりません。あなたの言う『鍵』のことも。ですから、全てを話してもらいます」


 真っ直ぐな視線をロヴィンズへ向けるルーク。その力強い瞳に迷いの色は浮かんでいなかった。


「『鍵』を持つ者はどいつもこいつも……面倒な奴が多いようだ。その為のということか……」


「……報告にもあったね、その代替案とやらも。もう拘束するよ」


 魔法で生み出した縄で拘束するヨルン。縄がうねる様に広がってゆき数珠つなぎに縛りあげていた。


「あっちもどうやら落ち着いた様だね」


 離れた位置にいるシュトルクから合図が入る。最低限の治療は終えたのだろう。その様子を見てルークは安堵していた。


「ヨルン連隊長。あの杭は……初めから


 ブリンクの視線の先には大地に突き刺さっている巨大な杭。ロヴィンズの身体に現れていた術式と同じものが浮かび、今も尚妖しい光を放ち続けていた。


「やはり鋭いな。だが


 杭を中心に激しい振動が起こる。

 揺れと同時に杭は明滅を繰り返し、表面に浮かんだ術式は地面へと広がる。


「これは……! 外に向かっているのか」


 地面を這うように術式が二方向に展開され、木蔦で覆われた空間の外部へと進む。


「何故俺を殺さなかったのか、理解に苦しむ。その甘さがやがて罪となる」


「貴様何をした⁉︎」


 肩で息をするロヴィンズ。

 力の行使には体力を多く使うのだろう。体の至るところから出血していた。


「パリアーチが作った魔法陣をばら撒いた。二年前の王都郊外に現れた物と同じだ」


「王都郊外……まさか入団試験のことかッ⁉︎」


 ランダムに現れ、魔物を呼び続ける悪魔的な仕様の魔法陣。それを森の東西に設置したとロヴィンズは説明する。


「魔法陣を消しても無駄だ。効果が切れるまでは持続する」


「……僕達を袋の鼠のように叩く算段かい?」


「違うな。魔物はより多くの人間を襲うようにコントロールされている。……ここから近い街は何処だったか」


 白々しく語るロヴィンズ。口元には小さな笑みを浮かべている。


「僕達が立ち寄ったウェステンと森を挟んだ先にあるオーステン、か。……どうしてこんなことをあなた方は」


精霊の力は絶対的だ。だが、対象が多過ぎれば不具合が生じる恐れがある。……ゴミは掃除するものだろう?」


「ルーク、時間の無駄だ。こいつの言っていることは嘘ではないらしい。かなりの数の魔物だ。それが一斉に街を目指している」


 索敵により魔物の気配を探るブリンク。その表情は険しい。


「パリアーチ……あいつは本当に性格が悪いな。さぁどうする? 今から両方を救うことは出来んぞ!」


「くっ、シュトルク! 話は聞いていたな! 直ぐにここを出る。二人はどうだッ⁉︎」


「命に別状はない。だが直ぐには動けん。二人は待機だ」


 明滅を繰り返していた杭からは輝きが消え、色を失っていく。終いにはパキンと音を上げ術式は崩壊してしまう。


「⁉︎ ガハッ! 俺の命も、残り僅か、か」


 杭と連動するようにロヴィンズからも術式が消える。


「……最後に何か有意義な情報を残す気はあるか?」


「俺は、一時的に……消える、だけ。世界が、巻き戻されれば、また……」


 その言葉を最後にロヴィンズは口を開くことはなかった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「始まったようだな」


 森に突然現れた異様な気配に足元を揺らす地響き。魔物の進行が始まっていた。


「尻尾を巻いて逃げ出すか? 情けない奴め」


 異変と同時にデクスとフェルアートを幾何学模様の術式が包む。ファルシュ遺跡跡でパリアーチが使ったものと類似している。


「何とでも言え。同胞が命を賭してまで齎した結果だ。俺達は必ず門を……」


 言葉の途中で姿を消すデクス達。


「……バカが。死ねばそれで終わりだろうが」


 ジークは森の西へと進んでゆく。





✳︎✳︎✳︎✳︎




「もう死んでいる。見張りの必要はないようだな」


「ああ。……スキニーとナハルは待機だ。それ以外はここから出る。続け!」


 シュトルクを先頭に駆け出すブリンクにルーク、そしてヨルン。巨大な木蔦で形成された空間を出ると、森の東西それぞれの方向が騒がしく感じる。


「この音からして、木々をなぎ倒しながら進んでいるようだな」


「そのようだ。……移動手段が必要になるが」


「僕達が乗って来た馬が四頭。巻き込まれてなければそちらを使いましょう」


 索敵の状況からして脚の速い魔物はどんどん遠ざかってゆくことが分かる。ほぼ同じ速度で東と西に分かれて進む魔物達。東のオーステンと西のウェステンを目指しているようだ。


「僕のせいだ。僕が……トドメを刺さなかったから」


「……ルーク。今お前を慰める時間は我々にはない。頭と身体を動かせ」


「君が責任を感じても仕方がないでしょ。誰がどの立ち位置でも結果は同じだった。――さて、どちらの街をするかだけど」


 ヨルンが言うように選ばなければならない。どちらの街を救い、見捨てるのかを。


「……魔法陣から湧く魔物を叩くのは」


「その魔法陣はこの広い森の何処にあるんだい? 都度索敵から予測して探し回るのはナンセンスだよ。それに……もう多くの魔物が街を目指している」


 西の方角を見つめるヨルン。どこか悲しげな表情をしていた。


「魔物の進行を追いながら、いち早く街に情報を伝達する必要がある。四人しかいないから別れるのは無し。まぁ、どちらにせよ魔物の方が速い。僕達の役割は被害をより少なくすることだね」


「楽観的な考えだが街の兵士達に期待するしかない。我々は魔法陣の効果が切れるまで戦い続ける、か。まさに外道だな」


 どちらかの街に絞り救援に向かう。道中魔物の足止めをしながら街を目指し、防衛戦線に合流する。ルーク達の取れる手段は限られていた。


「ウェステンに向かう。条件がほぼ変わらないならルーク小隊の立ち寄ったウェステンを選択する。――全ての責任は私が取る」


 言いきるブリンク。

 誰かが責任を取る必要がある。それは全員が理解していた。


「いえ、ブリンク連隊長。……ここはオーステンに向かうべきです」


 待ったをかけるヨルン。


「ここに来る前に支部の人間達には注意喚起をしておきましたから。場合によっては魔物の進行があるかもしれないと」


 ルーク小隊の調査結果からダンジョンの発生を予測していたヨルン。最悪、ダンジョン暴走ダンジョンアウトによって魔物が溢れ出す可能性を支部に報告していたと説明する。


「ヨルンさん。ウェステンは貴方の……」


「そうだよ。だから多少は聞き入れられたんだ。でもオーステンは違う。何の準備もしてないはずだ」


 魔物の襲撃を想定した防衛戦線を張るには時間が必要となる。通常の都市ならそれが可能でも、この付近にある街にはそれがない。


「平和ボケの代償なんだろうね、きっと。――さぁ行きますか」


 全員に補助魔法を施すヨルン。その後森の出口に向かって駆け出す。ルーク達はその背中を追うしかなかった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 王都から離れた場所に位置する地方都市ウェステン。

 国境からは離れ、魔物の被害は年間ごく僅か。戦いとは無縁と言ってもいい彼ら住民達の危機管理意識は決して高くはなかった。

 そんな彼らが武装をして街を守るように構えているのは魔術師団連隊長からの注意喚起があったからである。

 

 この街の出身であるヨルン・グリン。

 多彩な魔法を使いポスト賢者とまで言われている実力者。普段は飄々とした性格で、いい加減な態度は良くも悪くも有名であった。


「ルーク小隊から報告があったと思うけど……魔物の襲撃があるかもしれない。兵を集めて防衛戦線を張るんだ」


 不真面目な言動が目立つヨルンが真剣味をおびた表情で残した言葉。それを受け街の人間達は訝しがりはしたものの、普段と違うその様子から何かを感じ取り兵を集めた。


「何も……起きないな」


「ああ、やっぱり連隊長様にハメられたんじゃないか?」


 立場の違いはあるが昔からよく知るウェステンの人間。その警告を信じて街の外で待機していたが特に何も起こらない。集まった兵の数は全体の半分にも満たないが、よく集まった方だと兵士の中心人物は内心思う。


「あの野郎。このまま何もなければ酒代を徴収する」


「そいつはいいな。何も無かったって安心しながら飲める酒の方が美味そうだしな」


 緊張感は薄まり世間話を始める兵士達。

 王都の騎士や魔術師のように練度や意識が高くなければ、国境沿いを守る常在戦場の心持ちでいる兵士とも異なる。戦いとは無縁に近い彼らに戦果を求めるのは無理があった。


「あと一時間だ。それで何もなければ撤収する」


「はぁ? もういいだろ、時間の無駄だ」


 だれてきたのか兵士達からは不満の声が上がる。地べたに座り込み休憩をする者までいる始末だった。


「仕方ないだろ。上からの命令なんだからな。……うん? 何だあれは……」


 兵士が見つめる先。真っ直ぐ伸びた地平線の先に砂煙のような靄が舞っているように見える。


「風か? おい、索敵はどうした?」


 促され渋々魔法で索敵を行う兵士。態度からやる気のなさが前面に表れていた。


「……? ……⁉︎ な、何だあれはッ⁉︎ どうなってやがる⁉︎」


「何を言ってる? もっと分かりやすく……言、え?」


 平原の先で舞っていた砂煙は黒い荒波へと姿を変える。

 探知も索敵も魔法も必要なかった。ただ目にしただけで分かる程の脅威が迫っていた。


「嘘だろ……あれは魔物か?」


「あの大群の全てがか……?」


 荒れ狂う災厄の波がウェステン目掛けて押し寄せてきている。戦闘に疎い彼らでも直ぐに理解出来た。あの数の魔物を自分達だけで……否、街総出で立ち向かったとしても簡単に飲まれてお終いだと。


「今直ぐ伝えてこい。急いで住民の避難だ。……間に合わないだろうがな」


「ふざけるなよあの野郎! 防衛戦線なんて不可能だろうが!」


 街に非常事態を伝えるために走り出す兵士。戦闘装備を整える者。魔法を準備する魔術師。

 彼らに共通して言えることは一人一人が恐怖に呑まれパニックに陥っていることである。


「どうするんだよこんなの⁉︎」


「知るかよ! 戦うか逃げるか決めるんだな!」


 遠くに見えた魔物の姿がはっきりと視界に映るようになる。かなりの速さで進んでいることが分かった。


「くそ、もうあんな所まで……ん? 何だあれは、人か?」


 魔物の大群の進路上、兵士達の前方に突如現れた人影。貴族風の男性が一人佇んでいた。


「おい! 何やってんだあんたッ⁉︎ 早く逃げろ!」


 兵士が大声で叫ぶが青年が応じる様子はない。声を無視して魔物に目を向けている。


「ふん、前にも似たようなことがあったな」


 青年の呟きは誰にも届かない。届く必要がない。彼が欲しているのはただ一つの結果だけなのだから。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「アイスアイズン」


 魔法の効果により、ジークの前方へ氷の大地が広がってゆく。魔物の進行スピードにも劣らない速さで足元が凍てつく。この世界には存在しない銀盤のようだと初めて魔法を見た時に浩人はそう感じていた。


 突然現れた氷の大地に魔物は対応出来ずに転倒してしまう。それが一体、また一体と伝播するように増えていく。後方から来た魔物はその転倒に巻き込まれ更に周囲の魔物を巻き込んでいた。

 初手は浩人の狙い通りの結果となっていた。これが空を飛ぶ魔物がいれば結果は異なっていただろうが、魔物の発生源は深い森の中。多くの樹木に覆われた空間に態々飛行する魔物を召喚するとは思えない。先を知っているからこそ取れる戦法であった。


「チッ、やり口が汚い。あのガキの仕業か?」


 初手は足止めには有効であるが、根本的な解決とはならない。後方からくる大型の魔物は転倒した魔物を踏みつけ、その加重から銀盤を砕き進み続ける。

 当初から予想していたことではあるが、浩人が注目したのは別。踏み潰され死亡した魔物の方であった。


「魔物が魔物を呼ぶか。よく考えられたものだな」


 死した魔物に現れる術式。それが空へと投影され魔法陣となり、新たな魔物が召喚される。翼を持った機動力のある鳥類魔物であった。


「アイスジャベリン」


 間髪入れずに氷の槍を鳥類魔物へ投擲し撃ち落とす。

 息絶えた魔物からは魔法陣が発生することなかった。つまり、森の方角から押し寄せる魔物の大群を倒し、新たに召喚される同数の魔物全てを蹴散らせば問題は解決となる。

 至ってシンプルな解決策が頭に浮かんでいた。それしか浮かばなかった。


「クソが。数が多過ぎる……」


 背後をチラリと見るジーク。

 後方の離れた位置にいる武装した兵士達。一度も顔を見たことがなければ会話もなく面識もない。原作に登場することすらなかった所謂モブキャラ。


「アイシクルレイ!」


 ジークというたった一人の最終防衛ライン。ここが突破されれば背後の街はまず助からない。上手く逃げ果せたとしても故郷を失い、職を失い、居場所を失う。それはこの命の軽い世界では死刑宣告に等しい。元いた世界とは何もかもが違う。


「フローズンガイザー!」


 分からなかった。何故自分は独りでこのようなことをしているのか。

 ウェステンの人間が死んだところでシナリオには何の影響もない。浩人の目的にも何の関係もない。見捨てたところで自身には何の非もないのだ。にも関わらず身体は動き続ける。動いてしまう。意味が……分からない。


「アイスプロジオン!」


 森を挟んだ反対側の街オーステン。そちらにも同様の危機が迫っているだろう。同じように何の価値もない人間が沢山いる。そして、それを救おうとしているメインキャラがいる。

 

 この先の立ち回りを考えれば、無意味な人間達は放置してメインキャラに手を貸すべきである。無価値な命よりも優先されるべき命がある。だからこそ自分が取るべき行動は決まっている。そのはずなのに。


「デルタストーム!」


 騎士になるんだと夢を語る少年がいた。

 一緒に冒険者活動をすると引かない少年がいた。

 仕組みを変えてみせると宣言する騎士がいた。


 どれもこれもどうでもいい記憶。生き残る為には必要のない出来事。不要なゴミ。くだらない日常。


「サウザンドソード!」


 顔を見せる必要はない。あちら側で湧く魔物をただ機械的に処理して終わり。その後国を出てシナリオから脱却する。それでいい。もうそれでいいじゃないか。――背後にいる全ての人間を見捨てても。


「勘違いするなよ。俺は……」


 積み上がった魔物の屍を乗り越えるように迫ってくる巨大なオーガ。通常よりも倍近い体躯の大鬼がジークに向かって拳を振り上げる。

 

 その様子を背後で目にする兵士達は息を呑む。掠っただけでも重症、まともに受ければ即死に至る強拳。誰もが最期を連想したが訪れたのは別の結末。

 

 腕に足に頭部。全てが斬り刻まれ切断されたオーガの姿が目に入る。鮮血が舞い辺りに赤い雨を降らせる。

 

 そこには剣を抜いたジークの姿があった。


「知らんゴミ屑共に落胆される程、俺は廃ってはいない」


 体全体を覆うように魔力の障壁を張る。青く光る魔力を纏うその姿は、天から降る彗星を思わせる輝きである。


 災厄の大波へとジークは独り突っ込んでゆく。

 

 誰かを守る為に戦うという初めての感情に戸惑いながら。

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