第二十一話

 羽音を轟かせながら縦横無尽に飛び回るロヴィンズ。浮上からの急降下や鋭い切り返しで三人の連隊長を翻弄する。


「不意打ちは正解だったようだな。……人の動きではない」


「確かに。……ですが耐久性には疑問があります。彼の言うユニゾンリンクに時間制限があるのなら」


 ロヴィンズからは時折虹色の淡い光が漏れ出していた。原理は不明だが人が扱うユニゾンリンクと同じであれば長時間の維持は難しい。それは三人も理解していた。


「ちッ! 堅いなお前の盾は!」


「当然だ。お前のような不届き者から国を守る為に我々は存在する」


 ロヴィンズの攻撃をことごとく弾くシュトルクの盾。堅固な守りと堅実な剣術。そこに魔法を合わせることで戦術は更に手堅くなる。シュトルクの戦闘スタイルは騎士団一安定していると王国内では有名であった。


 魔法で展開された盾が鋭い突きで貫かれるが、新たな盾を展開することで攻撃を防ぐ。完全に防ぐのではなく、時に受け、逸らすことで相手の時間とスタミナを奪う。


「返すぞ……これは二人の分だ。リフレクトガード」


 受けた攻撃を基準に衝撃波を相手に浴びせるカウンター技。宙に浮くロヴィンズはまともに煽りを受け吹き飛ばされ、木蔦で形成された壁にぶつかり鈍い音を上げる。

 二年前、領主会談の護衛として陣頭指揮を取っていたシュトルク。敵の狙いは王を含めた会談の襲撃が目的だと踏んでいたが、実際に狙われたのは王都全域。

 苦汁をなめる結果となった出来事をシュトルクは一度も忘れたことはなかった。


 激しい攻防を繰り広げる実力者達。その様子をルークは結界の中から眺めていた。


(シュトルク連隊長が的確に守り、ヨルン連隊長の魔法による援護、そして父さんの攻防一体の剣技)


 国トップクラスの実力者。連隊長である三人が揃い戦う機会はそうそう無いと言える状況。それでも乱れることなく組み合わさった連携は流石としか言いようがなかった。


(騎士二人に魔術師が一人。構成は僕達と同じなのに……何もかもが違う)


 悔しさと不甲斐なさから拳を強く握る。

 小隊長である自身の実力不足から二人は重症となり命の危機を迎えていた。シュトルクの治癒魔法がなければ最悪の結末を迎えていたかもしれない。


 治癒の光を浴びるスキニーとナハル。二人の傷口は少しずつではあるが着実に回復している。このまま結界が持ち三人の連隊長達が勝利すれば、全てが元通りとなる。


(そう、このまま何もせずにいれば……解決する)


 幼い頃からの夢である騎士。その夢を叶える為に必死に努力してきた。前に進んできた。苦しい経験を乗り越え、やっと騎士になった。


(夢を叶えたその先がこれ。僕は何を勘違いしていたのだろうか)


 騎士になり、僅か二年で小隊長への昇格。それは異例であった。

 多くの思惑が絡んでいることを頭では理解していたが、心の中では浮かれていたのかもしれない。遥か先にいる親友に追いつくことが出来たのではないかという甘い幻想に囚われていた。


「何が「仕組みを変えてみせる」だ。僕は何も出来ない子供のままじゃないか……!」


 夢である騎士になること。親友の取り巻く環境を変えること。叶った夢と新たな目標を胸に進んできた。進んできたつもりであった。だが目の前の現実は残酷であり、ある意味では平等だった。


 膝をつくルーク。感情の起伏により視界が霞み、それを受けまた感情が乱れる。

 救われた命を無意味に散らすこと。それは親友に対する裏切り行為に等しかった。


「ジーク。君ならこんな時はどうしたんだ? 君ならどうやって……」


 ルークの問いかけに応える親友はいない。

 


「何、ぶつぶつ、言ってんだ? うるせえぞ……」


「⁉︎ スキニーッ!」


 小さな声。途切れ途切れの声ではあるが確かに聞こえた。確かに耳に入った。


「意識が戻ったのか⁉︎ 待っていてくれ! 今シュトルク連隊長を呼んで……」


「馬鹿野郎かお前は……。アイツを抑えている戦局が、崩れちまう、だろうが」


 ハッとなるルーク。スキニーの発言は至極当然である。そんな当たり前のことすら理解出来ない程にルークは追い詰められていた。

 二人の傷は少しずつ回復はしているが重症であることに変わりはない。ナハルは依然意識を取り戻していなかった。


「すまない、スキニー。僕に力がなかったからこんなことに……」


「あ、ん? 何言って、やがる? お前は俺達を、馬鹿にしてんのかよ」


 薄っすらと開いた瞳で睨まれるルーク。弱々しくも力強さを感じる不思議な感覚であった。


「俺達はお前の部下かもしれねえが、保護対象じゃねーぞ。勘違いするな」


「⁉︎ スキニー……」


「お前が、責任を感じて……ナヨナヨしてる時点で、俺らを侮辱してんだよ」


「違う……僕はそんなつもりは」


「なら、さっさと行けよ。やるべきことが、あるんだろ?」


 顔を動かさず視線だけを戦場に向けるスキニー。それにルークも続く。


 連隊長達の戦いは今もなお継続している。激しく空中を飛び回り一撃離脱の戦法を繰り返すロヴィンズ。

 反撃を狙う連隊長と防御の裏をかこうとする人魔。戦局に変化があれば一気に流れは変わるだろう。


「このまま、日和見か? それでお前は納得出来んのかよ?」


「……二人を守るのが僕の務めだ」


「――っ! 笑わせんなよ! そんな腑抜けたツラの奴に何かを変えられんのかッ! 変えたいと本気で思ってんのかよッ! ――グフッ⁉︎」


 血を吐きながら咳き込むスキニー。それでも口を閉じることはない。


「俺はな、俺達はな……あの時お前に助けられたからここにいるんだよ! お前にもがいるんじゃねーのか⁉︎ そいつが今のテメェのようなツラをしてたらどう思う? ガッカリするだろうがよ!」


 スキニーの言葉が胸に溶け込む。靄のかかった思考に光が灯る。止まった時間が再び動き出す。

 まだ

 何故なら自分の親友はどのような逆境でも立ち止まることはないからだ。

 冒険者時代に二人で挑んできた数々の依頼。凶悪な魔物と何度も戦闘してきたが、どのような状況でも弱音を吐くことがなかったジーク。そんな親友の姿を見て憧れた。いつか自分もそうなりたいと思っていた。対等になりたいと、隣に立っていたいと心から願った。


「……行けよルーク。ダチの敵なんだろアイツは。だったら思いっきり殴って、分からせてこいよ」


 親友の敵を討つ為。そして何より、目の前の仲間の期待に応える為にも、ルークは負けられない。


「…………ありがとう。スキニー」









『フォース・オブ・グランデ』


 聖なる光に包まれるルーク。

 スキニーには文字通り希望の光に見えていた。二年前に見た輝きよりもずっと強く。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「何だ……これは?」


「ルーク?」


 突然現れた輝きに目を奪われ、激しい戦闘を繰り広げていた者達の手が止まる。

 光が一段と強く輝き、収まった時には目の前にルークが現れていた。


「ルーク……なのか?」


「すみません。遅くなりました」


「全く、その通りだよ。……さて、シュトルク連隊長。申し訳ないですが、二人の治療に専念して頂いても?」


「……そうか、前に話のあった」


 聖なる光を纏ったルーク。神々しく輝くその姿は見た目以上の存在感をあらわにしていた。


(随分と……大きくなったな)


 昔は自分の腰にも満たない背丈で、騎士になるんだと玩具の剣を振っていたルーク。よく笑い、よく泣き、元気に走り回る姿を今でも覚えている。

 未知の病によって一時は命が危ぶまれたが、幸運な出会いにも恵まれルークは奇跡的に快復した。


(まだまだ子供だと思っていたが)


 先を進む圧倒的な存在を追いかけながら、夢である騎士をただひたすらに目指す姿を見てきた。決して楽な道ではなかった。それでも挫けることなく進み続け、夢を叶えた。


「それは何だと聞いているッ!」


 声を荒げながら迫るロヴィンズ。羽音を轟かせ猛スピードで突っ込み対象を貫かんとする。――だがルークに届くことはなかった。


「オラクルシールド」


 ブリンクとシュトルクがユニゾンリンクで形成した結界とは異なり虹色の光はない。それでも強度は同等であることが窺える。人魔の刺突を完全に防いでいた。


「馬鹿な! ユニゾンリンクに頼らず単独で……」


 異なる複数の魔力を重ねることでより強力な力を発揮するユニゾンリンク。魔法であれば一つ上の階級へ昇華させることも可能となるが、理屈上では術者の技量次第で単騎で再現することも不可能ではない。

 連隊長クラスが二人必要な結界術をルークは一人で発動していた。


「無知からくるその傲慢さ……だったかな? 気付いているかい。さっきから魔力が。――ミストフィールド」


 水気を含んだ霧が周囲を包み視界が悪くなる。


「⁉︎ 撹乱が狙いかッ⁉︎」


 堪らず空中へ飛び退避するロヴィンズ。広範囲へ広がったヨルンのミストフィールドを辛くも抜け出す。――だが霧を抜けた先には光を纏う騎士がいた。


「馬鹿な⁉︎ 何故俺の速さについて来れる⁉︎」


 宙を飛ぶロヴィンズを光の軌跡を描きながら追うルーク。必死に引き離そうとするがそれ以上のスピードをルークは手にしていた。


「そうか……銀の聖女と同じ。お前も『鍵』を目覚めさせていたか!」


「……もういい。もう静かにしてくれ」


 スピードを更に上げロヴィンズを追い越し上を取るルーク。

 輝きを増した聖なる光を剣に乗せる。

 託された想いがある。成し遂げたい目標がある。それを忘れない限り光が消えることはない。


(子供扱いは今日でもうお終いか。……ルーク、思いっきり、いきなさい)


 薄暗い天然の空間が光によって照らされる。

 悪を討つ正義の光。防御不可の聖剣が振り下ろされる。


「ヘブンスキャリバー!」


 悪行を重ねた人魔に裁きが下された瞬間であった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 森の奥から発せられる輝き。天から振り下ろされた神の鉄槌を思わせる光はジークの目にも入っていた。


「ふん、世話のかかる奴め」


 光を見つめるジーク。悪役のその瞳には何が映っているのだろうか。


 ジークの周りには意識を失ったフェルアートとボロボロになったデクス。装備していた甲冑は粉々に砕かれ戦意を消失していた。


「勘違い……するなよ。俺達の目的は、お前を倒すことじゃねえ……」


「そんなことは分かっている。


「⁉︎ 織り込み済みかよ。だが全ては止められねぇぞ」


 だろうなと小さく呟くジークであった。

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