第二十話

 巨大な蜘蛛型の魔物が苦しむような声を上げる。手足は断ち切られ胴体からは体液が溢れ出ていた。


「スキニー! ラスト一本だ」


「任せろ! オラァ!」


 バフで強化されたスキニーがジャイアントスパイダーの背後に周り、残された最後の手足を切り裂く。怨嗟の声を響かせ反撃しようとする魔物であったが、その毒牙がスキニーに届くことはなかった。


「ホーリーランス!」


 輝く光の槍がジャイアントスパイダーの胴体を貫く。的確に急所を突いたことで大蜘蛛は完全に沈黙。決着の瞬間であった。


「ハァ、ハァ……どうだ、ウチの小隊長の魔法はよ。完全にくたばっただろ?」


「厄介な相手だったが何とかなったな……」


 周囲には激しい戦闘の痕跡が残されている。ジャイアントスパイダーの蜘蛛糸や体液が散乱し、吐き出した溶解液により草木は溶け異臭を放っていた。


「……余裕そうだね? もう諦めたのかな?」


「諦めるだと? それは自らが無知であると認める愚かな行為に等しい。……望む結果は得られなかったか」


 強敵であることに変わりはないが誰一人重傷を負うことなく勝利したルーク達。

 ヨルンに関しては補助に徹するのみで余力を残している。それを理解しているはずのロヴィンズだが焦る様子は見られない。


「お前達はユニゾンリンクの起源を知っているか?」


「はぁ? 何訳の分からないこと言ってんだ? 誤魔化そうとしても無駄だ!」


 状況からすれば追い込まれているのはロヴィンズの方である。だが、何故か言い表せない不安をルークは感じていた。


「異なる魔力の波長を合わせることで超常的な力を得る。多くの者が認識している事実ではあるが、それを再現出来る者は限られている。何故だか分かるか?」


「……完全に魔力を同調させるのは単純に難易度が高い。そして性質上、一人ではどう頑張っても不可能だから、かな」


「最低限の知識は持ち合わせているか。そう、いくら個が優れていたところで奇跡ユニゾンリンクは成り立たない。――だから俺は研究を繰り返した」


 杭が怪しく光り何が這い出てくる。二メートル近くある魔物の死骸のようであった。


「これはラギアス領で討伐されたブリーズイタチの死骸だ。保存状態は悪いが研究材料としては優れていた」


「ブリーズイタチだと? ……大き過ぎる、異常種か?」


 所々が白骨化している魔物。致命傷は魔法によるものだったのか、毛は抜け落ち皮膚には凍傷の痕が見られる。


「奇跡の再現に魔力器官は必須。俺は魔物の繁殖や培養を繰り返すことで、より大きく強力な個体を作り上げた」


「何言ってんだこいつ? 追い込まれておかしくなったのかよ……」


 魔物を利用した実験により強力な個体を生み出す。それが第一フェーズだったと説明するロヴィンズ。


「いかに優れた個体でも檻の中では成果の確認が出来ない。だから俺は作り上げた魔物達を野に放った。は色々と都合が良かったからな」


「……どういう意味だ? 何故ラギアス領という言葉が出てくる?」


「ラギアス領主は無能であり、誰も彼もが関心を示さない領地。被害が多く出たところで話題になることもない。……思い当たる節があるんじゃないか?」


 ラギアス領は国一荒れた領地として有名であった。毎年のように魔物の被害があり領主が動くこともほとんどない。それに加えて圧政もあり人々からは蛇蝎の如く嫌われていた。


「……質問に答えろ。ラギアス領で何をしたんだ?」


 剣を握る手に力が入るルーク。

 頭に浮かぶのは口が悪く不機嫌そうな表情をした親友。常に罵詈雑言で他人を見下し否定しているが、何だかんだで周囲に気を配り大勢の人々を救ってきた。

 ラギアス領で魔物の被害が大きく減少したのはジークが数年の月日をかけて行動してきた結果であることをルークは知っていた。


「ラギアス領で実験を繰り返した。俺が作った魔物が既存の生態系にどのような影響を与えて変化するのかを。ラギアスの領民にもしてもらう形となった」


「話が見えないな。つまり、貴方は何を得たんだい?」


「魔物でありながらを扱える個体の発見だ」


 ジャイアントスパイダーの亡骸が漏れ出した溶解液により朽ちてゆく。異臭を放ちながら体躯は腐敗を続ける。そして現れたのはのような見た目をした何かであった。


「ひ、と……? 人を、人間を喰わせたのか?」


「違うな。これは融合だ。人をより高みへと導く神聖なる実験だ。……人間ベースで調整していたが、結果的には呑まれてしまったが」


「イカれてやがる……」


 言葉を失うルーク達。ロヴィンズの言葉を理解することが出来ない。

 

「魔物がユニゾンリンクを使えるなら、人と魔物のユニゾンリンクは成立するのか。人と魔物、異なる種族間でのユニゾンリンクは通常と違いどのような変化が起きるのか。考え出したら止まらない。そうは思わないか?」


「……思わない。貴方は……人の命を何だと思っているんだ? 貴方の言う実験でどれだけの人々が犠牲になったんだ?」


「排斥されてきたラギアスの領民がいくら傷付こうが『鍵』であるお前には関係ないだろう? 居場所を失った王都の元冒険者達を有効活用して何の問題がある?」


 ロヴィンズの身勝手な発言と常軌を逸した思想に怒りを露わにするルーク。

 現領主はもちろん歴代のラギアス領主がこれまで敷いてきた圧政が許されることはない。多くの領民が苦しんできた事実が消えて無くなることはないのだ。……だがそれを変えようとしている、変えようとしてきた親友の存在をルークは知っている。


「彼がどんな気持ちで戦ってきたか、貴方に分かりますか? 独りでずっと……戦ってきたんだ。ボロボロになりながらも、誰からも称賛されなくても……」


 冒険者活動の一環、金集めのついで、というのがジークの口癖であり建前であった。

 ラギアス領内で魔物の被害が多く出ている地域を優先的に周り魔物を討伐してきた。しかし、その活動の裏には人がもたらした悪意が存在していた。


「ジーク・ラギアスか。計画の障害となる異分子であり、俺の魔物を多く殺した罪人か……」


「謂れのない罪をジークに押し付けるな! ――貴方を拘束する。全てを証言してもらいます」


 ラギアス領が荒れる原因の一つとなったロヴィンズ。

 親友の力になる為にこれまで行動してきたが、今回やっと恩の一つを返すことが出来る。


「悪いがその予定はない。


 魔法陣から新たな魔物が姿を現す。蜂型の巨大な魔物、ジャイアントビーである。


「今度は蜂かよッ! だが結局は同じだ!」


「同じだと? これを見ても同じことを言えるか?」


 ロヴィンズの身体に浮かぶ術式が光り出す。淡い緑の光を放ちながら自身とジャイアントビーを包んでゆく。


「……何のつもりだいそれは?」


「これが俺の研究の成果……人魔融合ユニゾンリンクだ」


 人と魔物、ロヴィンズとジャイアントビーの姿が重なり一つとなる。

 淡い緑の輝きが消えた後にその場にいたのは、人のような魔物の姿をした何かであった。


「蜂人間……?」


「魔物と融合した、のか?」


 ロヴィンズの面影があるのと同時にジャイアントビーの特徴も表れている。頭部には触覚があり、背中には羽が生えている。そして目を引くのは腕と一体になった鋭利な針。遠目から見ても分かるその凶悪な武器に危機感を抱く。


「なるほど、意識はしっかりとある。そして感じる異なる魔力の波長。実験は成功したようだ」


 羽音を響かせながら宙へ浮き上がるロヴィンズ。スキニーの言うように見た目は完全な蜂人間であった。


「飛べるのかよッ! ナハル、バフだ!」


「任せろ。やるべきことは変わらない」


 ナハルが魔力を紡ぎ補助魔法を行使する。

 援護により活力を得るスキニー。剣を傾けロヴィンズの元へ駆け出そうするが何故か姿が消えている。気が付けば不快な羽音もなくなっていた。


「何処に行きやがった……は?」


「……な、に?」


 足元が赤く染まり遅れて感じる痛み。腹部は鋭利な針に貫かれ血が滴り落ちている。不快な羽音は目の前から発せられていた。


「勢い余ってしまったか。修正が必要だな」


 針を抜き元いた場所へ戻るロヴィンズ。腕や触覚を動かす様子は言葉通り修正をしているようである。


「スキニー! ナハルッ!!」


 ルークの悲痛な叫びが木霊する。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 スキニーとナハルがゆっくりと倒れてゆく。その様子をルークは眺めることしか出来なかった。

 気が付けばロヴィンズはスキニー達の前にいて、腕と一体になった鋭利な針で二人を貫いていた。


(何で……二人が血塗れなんだ?)


 身体が動かない。頭が回らない。脳内に鳴り響く警報音は未だ止まらない。

 油断はなかった。常に警戒していた。だが目の前の現実が結果となって重くのしかかる。


「グラヴィティ!」


 背後からヨルンの声が聞こえる。

 ヨルンが得意としている多属性魔法によりロヴィンズは地面に押し付けられる。重力に抗い宙に浮いていた人魔は自由を失っていた。


「ルーク! ぼさっとしない! 回復魔法で応急処置くらい出来るでしょ!」


(回復魔法? 応急処置? ……何を言っているんだ?)


 二人から流れ出る赤い液体は止まることなく広がってゆく。地面には色鮮やかな赤い花が咲いていた。


「流石に魔法を専門に修めているだけのことはある。だが軽いな」


 無理矢理身体を起こし魔法から逃れようとするロヴィンズ。重力の影響を受けながらも少しずつ立ち上がろうとしていた。


「参ったねホントに……その膂力は何処からくるのさ?」


「恥じることはない。人間一人が出来ることなどたかが知れている」


 ヨルンは何度も魔法を重ね掛けするが、得られる効果は段々と薄くなっていく。耐性を得ている証拠であった。

 不快な羽音を鳴らし上空へと舞い上がるロヴィンズ。拘束から逃れ自由を手にしていた。


「かなり余力があるようだ。下手に近付けば二の舞だ」


「それは……二人のことでしょうか?」


「……ルーク。前に言ったことを覚えているかい? 時がきてしまったんだよ」


「⁉︎」


 頭をよぎるのは二年前の入団試験。

 止め処なく続く魔物の襲来により命の選択を迫られたルーク。今もまたその時なのだとヨルンは無慈悲に告げる。


「アレを無視して重症の二人を治療するのは不可能だ。僕達のどちらかが相手をして片方は治療に専念する必要がある。けどね……見た通り半端な回復魔法じゃ応急処置にしかならない」


「だからといって見捨てることは出来ません」


「ルーク、騎士や魔術師をしていればいつかはこんな日が訪れることになる。分かっていたはずだ」


 頭を必死に回転させても名案が浮かばない。アドバイスをくれる同僚は何処にもいない。


「治癒魔法を僕は修めていないし、その様子から君もそうなんでしょ? なら、選択肢はもう一つだ」


 二人でロヴィンズを対処する。即ちそれは、スキニーとナハルを諦めるということ他ならない。


(どうしてこうなるんだ。僕はいつも肝心な時に)


 過去にジークに言われたことを思い出す。


「他人を当てにするな。負傷したなら自分で治せ。最低限の治癒魔法は扱えるようにしておけ」


「言葉の使い方がおかしいよ。最低限も何も、治癒魔法は回復系統の上位じゃないか」


 後悔が募る。こんなことになるならジークに言われた通り、治癒魔法を習得しておくべきだった。そうなれば失うものは何もなかったのだから。


「⁉︎ 不味いッ! しまった!」


「つまらないな。これでは成果の確認が出来ない」


 風を切り裂くように猛スピードで移動してきたロヴィンズ。突風の煽りを受けヨルンは後退を余儀なくされる。残されたのはルークだけであった。


「ルーク・ハルトマン。宣言通りお前の『鍵』を頂く。最後に言い残すことはあるか?」


「……」


 頭の中に鳴り響く警鐘は最大となる。今すぐ行動しなければならない。戦わないといけない。だがルークの身体は動きそうになかった。


(すまないスキニー、ナハル。僕のような半端者が君達の小隊長で。全て僕の責任だ)


 鋭利な針が迫るがルークは見ていることしか出来ない。ゆっくりとスローモーションのように迫る巨大な針を眺めることしか選択肢は残されていなかった。


(ジーク……君を助けられる存在になりたかったよ)


 目を閉じる。最後の訪れを待つ為に。


「「オラクルシールド!」」


 ロヴィンズの針がルークを貫くその直前。虹色の光に彩られた結界がルークと倒れ伏すスキニー達を包み込む。全ての攻撃を拒絶する結界によって鋭利な針は弾かれる。


「大丈夫かルーク?」


「…………どうして、父さんが?」


「話は後だ。……シュトルク」


「既に組み込んである」


 虹色の結界と重なるように優しい治癒の光がスキニーとナハルに降り注ぐ。シュトルクによる治癒魔法が少しずつ二人を治療していた。


「ユニゾンリンクに治癒魔法の重ね掛け。そうか、お前達が騎士団の二枚看板か」


「久しぶりに聞いたな、その恥ずかしい肩書きを」


「……娘に聞かれる訳にはいかん」


 ルーク達を守るように前に立つブリンクとシュトルク。その身体はとても大きく、頼もしく見える。かつて夢に見た存在が目の前にいた。


「豪華な救援ですね。今回ばかしは危なかった」


 二人に合流するヨルン。服はボロボロではあるが大きな外傷はないようだ。


「ヨルン連隊長。礼は後ほど。アレは何だ?」


「ロヴィンズ・クルトール。考古学調査機関の副所長。彼が人工ダンジョンをこの地に作り上げた大罪人だ」


 概要を端的に説明するヨルン。


「そうか。なら手を抜く理由はないな」


「……ブリンク、前に出過ぎるなよ」


「俺の人魔融合ユニゾンリンクとお前達の連携。どちらが優れているのか楽しみだ」


 ――どさっ。


 何が落ちる音が聞こえ、続け様に液体が滴り落ちる。

 ロヴィンズの腕と同化していた鋭利な針。その片腕が斬り落とされていた。


「ぐッ⁉︎ 魔物の身体も、痛覚はあるのか……」


 輝く光剣。その場を動くことなく振り抜いたブリンクの魔法剣は人魔を捉えていた。


「私の大事な息子を……よくも傷付けてくれたな。覚悟は出来たか?」


 人魔となったロヴィンズと三人の連隊長の戦いが始まる。

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