第十二話
剣を抜き一気に距離を詰め鋭い一撃を振り下ろす。
先手を取ったのはヴァンであった。
「何ッ⁉︎」
振り下ろされたヴァンの剣は空を斬り地面を砕く。
先に動いたのはずのヴァンよりも速くジークは移動している。その標的はヴァンではなくガントレットを構えたフェルアートであった。
「どうした? お得意の術式は使わないのか?」
「⁉︎ テメェには渡さねーよ!」
ガントレットを振り抜くがそれを素手で受け止めるジーク。続けざまに放つ打撃も防がれる。
「随分と軽い拳だな? 慣れない武器の使用は止めておけ」
「ふざけるなよ……世界の異分子が!」
両手をガッチリと組み合う両者。フェルアートが必死に引き剥がそうと足掻くが微動だにしない。
「貴様の所のゴミ屑に伝えたはずだが? 邪魔をするなと」
「その言葉そのまま返すぜ。お前らラギアスみてえな奴がいるから世界が歪むんだよ」
取っ組み合いとなり膠着する二人。そこにヴァンが迫る。
「フェルアート! そのまま押さえてろ……火炎斬!」
ヴァン得意の飛ぶ炎の斬撃がジーク目掛けて放たれる。空気を斬り裂く炎の刃は轟音を響かせる。二年間の修行の成果を見せつけるかのような勢いである。
だがその攻撃はジークの脅威となり得ないのか、視線を向けることなく魔法で生み出した氷壁により阻まれる。眼中にないと言わんとばかりの態度に腹を立てるヴァン。
「これ以上は時間の無駄だな」
「ならお前が死ね! ――⁉︎ ぐはっ」
掴んだフェルアートを先程生み出した氷壁に叩きつけるジーク。フェルアートを振り回すように連続で叩きつけ、終いには膝蹴りをかます。衝撃により氷の壁は砕け散りフェルアートは気を失っていた。
「フェルアート! ジークお前は……!」
「……本当に救われないな貴様は」
ヴァンの怒りに呼応するかのように刀身が赤く輝き熱を持つ。渾身の斬撃をジークへぶつけるが容易く素手で受け止められてしまう。
「な、んで……こっちは剣なんだぞ」
「武器の所為にするなよ。これが貴様の現状だ。一からやり直せ」
「何なんだよお前は……。どうしたらそうなれるんだ」
ヴァンは動揺しながらも剣から手を離すことはない。魔力を込め続けて抵抗する。この意思だけは途絶えさてはならない。一度折れればもう二度と立ち上がれない。そんな思いがヴァンの胸中を占めていた。
「爺ちゃんの為に俺は……負けられないんだ!」
「……貴様は一体何をしたいんだ? そのくだらん自尊心に死にかけの老人を使うなよ」
燃え盛る炎は急激に冷やされてゆく。赤く輝く刀身は色を失い青白く変化していた。
「何だこの貧相な魔力は? 剣聖は指導が下手なようだな」
「⁉︎ 体が……」
ジークの魔力に包まれ体の自由を失うヴァン。巨大な魔力を一身に浴び、嫌でも思い知らされる。彼我の差を。
――パキィィン。
ヴァンの剣はジークの魔力に耐えられなかったのか粉々に砕け散る。粉雪が舞うかの如く、儚く散る。
「さっさと神聖術師でも探しに行くんだな。――消えろ」
放心状態のヴァンに添えられたジークの手。
発勁をもろに受け吹き飛ばされるヴァン。グランツの真横を通り過ぎても勢いは止まらず、そのままボス部屋の端まで転がる。完全に意識を失っていた。
「さて……次は貴様だ『導き手』。他にもいるが邪魔をするなら消すぞ?」
ジークから放たれるプレッシャー。この場で対峙したボスモンスターですら可愛く思える程の圧である。
「皆さん……ここはジークさんの言う通りに離れましょう」
「グランツさん……離れるも何も私達は戦う理由がないわ」
「この場に居座るのであれば、彼からすれば同じ意味となるのです」
意識を失い倒れているヴァンとフェルアート。無言で佇むアトリ。彼らに目を向け最後にエリスを見るグランツ。
「負傷した二人に事実上戦闘不可の一人。彼らを守りながらジークさんと戦うのは困難を極めるでしょう」
「だから私はジークと戦うつもりはないって言ってるでしょ!」
大猿の討伐と同時に現れた扉。ジークはその直線上に立っている。誰も通さないという意思が伝わってくる。
「エリスさん、申し訳ございません。……ジークさんいつか事情をお話し頂けますね?」
「ふん、それまで貴様が生きながらえていればな」
魔法を紡ぐグランツ。緻密に練られた魔力に精巧に組まれた魔法陣。それを正確に素早く形としていく。
グランツの転移魔法。その対象はジーク以外の全ての人間であった。
「……賢者。あの出来損ないをどう思った?」
ジークの言う出来損ない。ボス部屋の端で意識を失っているヴァンだと見当が付く。
「一つの事に囚われて視野が狭くなっています。ですが、光る物を感じますね」
「ふん、そう思うのならアレから目を離すな」
五年前までは二度が限界。対象も二人までと実用性に欠ける魔法。それをグランツは五年の月日をかけて昇華させた。ジークに恩を返す為に。何も失わない為に。
「おい……白髪の女」
ジークに呼ばれ顔を上げるアトリ。ハイライトの消えた瞳は相変わらず不気味である。
「バジリスクを探せ。それが剣聖を救うきっかけになる、かもしれんな」
アトリの瞳に再び色が灯る。
ジークの言葉を最後にグランツ達は魔法に包まれ消えてしまう。
✳︎✳︎✳︎✳︎
ダンジョンに一人残された
戦闘により騒がしかったボス部屋も今ではすっかり静まりかえっている。その様子は仲間に囲まれた
(危なかったな。色々な意味で……)
主人公達がラギアスダンジョンに挑む理由は原作ではアクトルの指示によるものであった。アクトルの部下としてではなく取引の一部……マスフェルトを治療する為の神聖術を対価にした取引である。
(ここに来る可能性はあったが……早すぎるな)
原作通りマスフェルトが病床に伏すことは予想がついたが、アクトルの介入なくラギアスダンジョンに挑むとは思わなかった。予想外という訳ではなく、まだ先の話だと考えていたのだ。
(ゲームでは主人公にヒロイン。シエルとセレンにグランツの五人パーティだった……)
この世界でもヴァン達は五人パーティだったがゲームとは顔ぶれが違った。メインキャラ三人はまだ分かるが一人はゲームに出てこず、もう一人は敵キャラであった。
敵は倒さなければいけない。何度もプレイしたことから染み付いた癖、条件反射に近い感覚でついやり過ぎてしまった。気の毒だと多少は思うが、仕方ないと考えてしまう。ゲームのジーク目線で言えば彼らはジークが死亡する要因でもあったのだ。
デクスの時もそうだが死に繋がる可能性があると頭に浮かべば戦闘本能が刺激される。原作さながらのジークのように。
(あいつは分かるが……何でヴァンまで突っかかってくるんだ?)
二年前の王都ではヴァンを激励した。
君は主人公だ!悪役なんか無視して先に行くんだ!と。だが何故かヴァンはジークを気にする素振りを見せ、あろうことか斬りかかってきた。
(ゲームでならともかく、俺は何もしてないのに。やっぱり原作の影響で嫌われてるのか? ……最悪だな)
ヒロインの様子も明らかにおかしかった。鬼気迫る勢いで詰め寄ってきたヒロイン。その後は無表情で虚な眼をしていた。顔が整っている分恐ろしく感じた程だ。
ラギアスとヒロイン。原作でもこの世界でも特別な関係であり、浩人からすれば天敵と呼べる。ゲームでのラギアス夫妻やジークはその関係性や役割を認識しておらず、知らされることもなかった。その結果、死へと繋がった。
(……まぁ大丈夫だろう。ヒントは与えてやったし、アクトルを使ってシエル達も合流させれば)
シナリオの展開とは異なるが、最終的には全員が揃うだろう。
最悪の展開が浮かぶがそれを振り払う。
この場に来た目的を果たす為に頭を切り替える。
ボス部屋に現れた扉を開け先に進む。この部屋に保管されている物。それを手にする為にここまで来た。
(これが鍵の設計図――『スペアライズ』か……)
何も無い空間に浮かぶ立方体。手に収まるサイズをした金色のキューブはゆっくりと回転しながら宙に浮いている。
この『スペアライズ』がシナリオの要となり『鍵』の役目を担う者達の命運を分け、世界の行く末を決める可能性がある。
(俺からすれば正直どっちでもいいんだけどな。確保することに意味がある)
シナリオ通りに進むことが決まっているなら、どちらの選択肢を世界が選んでも関係ない。
ゲームのバッドエンドが浩人にどのような影響を与えるかは分からないからだ。もちろん、分からないからこそヴァン達にはゲームクリアを目指して欲しいし、敵勢力と鎬を削る展開となれば尚良い。共倒れとなり有耶無耶になったとしても何の問題もない。すなわちそれは……シナリオ脱却と言えるからである。
要は浩人的にハッピーエンドとなれば何でも良いのだ。
(問題はこれを誰に託すかだが……)
ヴァン達に預ける選択肢は一番ない。騎士団や魔術師団も得策とは言えず、そもそも信用が得られない。では自分で所持しておくかといえばそれもない。自らシナリオに関わってしまえば本末転倒だからだ。
(となると選択肢は……アクトルか。あいつは陰険で姑息で卑怯だからな。……まぁいいか)
自らの人望のなさに内心苦笑いしてしまう浩人。
ジークの影響もあるだろうが浩人自身、どうしても一歩引いた距離で眺めてしまう。彼らはゲーム世界の住人であり、自分とはそもそも根底が違うのだと。
何も知らないこと。それは無知であると咎められることも場合によってはあるだろうが、今回のケースはそれに該当しない。この世界の者達は何も知らないからこそ自由に生きていくことが出来る。行動に責任が伴わないのだ。
宙に浮かぶ立方体を手に取る
(そういえば……あいつらはどうやってここまで来たんだ? 初期エリアまでは戦闘の跡があったけど)
五年前の続きのエリア、ゲーム本編の探索エリアには人が立ち入った形跡が全くなかった。原作知識を活用して最短で攻略したが、それでも多少時間は掛かったのだ。知識の無い彼らがどのように攻略したのか気になった。
(まぁいいか。もうここに来ることはないからな)
転移魔法を駆使してダンジョンから離脱する。ラギアス邸の自室に戻った浩人は次の動きを確認するのであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
転移魔法によりダンジョンの入口まで戻ってきたグランツ達。たがヴァンやフェルアートは気を失ったままである。
「ヴァンさんはともかくフェルアートさんは重症ですね。早く治療をしないと」
「ソイツは応急処置レベルでいいと思うわ。……何か嫌な感じがするもの」
警戒感を露わにするエリス。ラギアスダンジョン内で見たジークを見るフェルアートの表情は異常であった。
「……エリスさん。貴方の考えを否定するつもりはありませんが、思い込みで行動した結果から生まれる後悔は苦痛となりますよ」
「…………はぁ、分かったわよ。グランツさんに免じて治すわよ」
ヴァンとフェルアートの治療を始めるエリス。二人同時の回復魔法による治療。かなり精度が高くグランツは感心していた。
「……あ、喋れる。……良かった」
ボスのギミックにより声と魔法を封じられていたアトリ。グランツの想定通り、ダンジョンから脱出することで異常は解消されていた。
「一番気がかりだったのはアンタよ。本当に良かったわ」
治療の傍らアトリに視線を向け安堵するエリス。悪質なダンジョンだと長期間続く状態異常もある為心配していたのだが、今回は問題なかったようである。
「……もう大丈夫。元気になった」
「ならアンタも手伝いなさい。ヴァンは幼馴染なんでしょ?」
「……無理。私は回復魔法を使えないから。それに自業自得」
傷付いたヴァンを一目見た後は視線から外すアトリ。興味がないのか空を見上げていた。その様子をエリスは訝しがる。
「……一方的に攻撃を仕掛けたのはヴァンの方。しかも相手の力量を正しく認識出来ずに返り討ち。マスフェルトさんが元気だったら、ばっかもーん! だった」
「その通りだけど、もう少し言い方があるんじゃ……ヴァンが何だか可哀想ね」
「……ジークは最強。最強を前にしたヴァンは最弱。まだまだ子供」
やれやれといったジェスチャーで溜息をつくアトリ。その後は’バジリスクを探せ、バジリスクを探せ’とぶつぶつと呟いている。狂気を感じる。
「ジークさんからお話があったバジリスクについてですが……アトリさん、マスフェルトさんの症状をより詳しく教えて頂けますかな?」
「……どうして?」
「彼が無駄な発言をするとは思えません。神聖術を頼れない可能性があるのなら、他の手段も確立しておくべきです」
グランツ達は一度街へ移動することにした。
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