第十三話
ラギアス領の隣に位置するレント領。王都のように人で溢れかえることがなければ、農村の如く過疎化しているわけでもない程良い環境と呼べる領地。その街の一つにグランツ達は移動していた。
ヴァン達はエリスの回復魔法による治療を受けたが、身体が負傷した事実までが消えた訳ではない。大事を取って休息する為にここまできていた。
「ふ〜ん、王都と比べれば静かだけど中々いいところね」
「住みやすい土地といった印象ですが活気もあります」
「当然よ! 今最も勢いのある冒険者協会と言えばレント領支部だもの」
行き交う街の住民の中には冒険者と思しき姿も確認出来る。業物と思われる剣や豪勢な鎧を身に着けている。
それらは太陽の光に照らされ細かな傷が目に入る。見た目だけの張りぼてではない。経験と実績を積み重ねてきた冒険者であることが窺い知れる。
「エリスさんからすればレント領は冒険者のイメージが強いのですね。私としては有名な騎士の親子を思い浮かべます」
「……騎士の親子? 誰?」
無機質な声でグランツに質問するアトリ。感情の起伏が少ないところは昔から変わらない。
「もしかして……ルーク・ハルトマンのこと? それなら私も知っているわ。最年少騎士だって王都で話題になったもの」
「その父親であるブリンクさんともよく仕事をしたものです。……時の流れは早いですね」
懐かしそうに目を細めるグランツ。当時のことを思い出すかのように遠くを見つめていた。
「……誰?」
「アンタは何にも知らないのね……。いい? ルーク・ハルトマンは最年少で騎士団入団後、たった二年で小隊長に昇格した天才なのよ」
エリスが得意気に説明する。王都在住の彼女は国のトレンドに敏感なのであった。
「人柄も誠実で凄くイケメンなのよ。ファンクラブもあって任務で王都を出る時は見送りがあるくらいよ」
「……あなたもファン?」
「優等生ってイメージのイケメンだけど私はちょっと物足りない気がするわ。アウトローな感じが欲しいわね!」
歳の近い同性と話が出来て嬉しいのか。テンションが上がり自然と熱が入るエリス。だからなのだろうか。アトリが小さく呟いた’危険……排除’という発言に気が付くことはなかった。
「ふむ……そろそろヴァンさん達が目を覚ましている頃かもしれません。一度宿へ戻りましょうか」
二人が休んでいる間に街を回っていたグランツ達。エリスは単純に街を見たいという思いがあったがグランツには別の目的があった。
「そうね。観光はいつでも出来るわね」
✳︎✳︎✳︎✳︎
ヴァン達が休養の為に利用している宿に戻ってきた一行。部屋に入るとベッドから身を起こすヴァンの姿が目に入る。
「ヴァン目が覚めたのね。良かったわ。……それでフェルアートはどうしたの?」
「……さあな。気が付いたらいなかったな」
力無く答えるヴァン。
傷は癒えているが身体が重い。頭に靄がかかるような感覚。悔しさ、惨めさ、恥ずかしさ。色々な感情が混ざり合い分からなくなる。
「やっぱり変よ。アイツ何かを隠してるわ」
「……おかしいのはジークだろ。あいつは何も説明せずに俺達を拒絶したんだ」
二年振りにジークを見た。当時よりも背が伸び雰囲気も大人びていた……当たり前のことではあるのだが。
ジークの見た目や挙動に言動。全てが気になってしまう。意識せずにはいられなくなる。つい言葉を荒らげてしまう。
「確かに説明はなかったわ。でも攻撃された訳でもない。先に仕掛けたのはヴァン、アンタの方よ」
二年前も今回もそうであった。これまでの全てを否定される。それが許せなかった。
「じゃあ何もしなければ何を言ってもいいのかよ? 大切なものを否定されて、はいそうですねってなるのかよ?」
「ヴァン、アンタの言い分は口喧嘩に負けた子供と一緒よ。よく考えてみて。アイツは口は悪いけどその分行動で示しているわ」
エリスが王都襲撃時の出来事を話す。
大勢の市民が魔物に襲われそうになったところを単騎で制圧したこと。魔物を前に逃げ出す高ランクの冒険者が多くいる中で一人で対処してみせた。それ以外にも多くの市民からの証言があったのだ。黒髪の少年に助けられたと。
ヴァン自身も身に覚えがあった。目の前で魔法陣の贄にされていた人々をジークは救っていた。
「善意で動くような奴じゃないだろ。……あいつはラギアスじゃないか」
「ヴァン、アンタは……」
苦し紛れの言い訳。
本当は分かっていた。頭では理解していた。だがそれを認めることが出来なかった。
「何か裏があるから噂が出回る。だからあいつは一人でいるんだろ。あいつは誰も信用しないし必要ともしていない」
「何でアンタがジークを語るのよ? 勝手に決めつけて否定するならアンタが言っていることと変わらないじゃない」
「皆さん、この場は一旦お開きにしましょう。冷静になって考える時間が必要でしょう」
グランツの一言により空気が緩む。エリスは不満気ではあるが矛を収めるようである。
グランツに先導され全員が部屋から退室する。アトリは一言も発することはなかった。
一人部屋に残され力無く項垂れるヴァン。
「俺はどうすればいいんだ。俺は……どうしたいんだ」
昔はただ純粋に剣を振ってきた。強さに憧れ何かを守れる人になりたいと考えていた。最強の剣士と謳われた祖父の背中をただ追いかけてきた。だが、その祖父は病に倒れ剣を持つことさえ困難な状況に陥っている。最強の座は霞みつつある。
「教えてくれよ……爺ちゃん」
✳︎✳︎✳︎✳︎
王室特別区に構えられた公爵家の邸。存在感を大きく放つその建物をジークは訪れていた。二年前から何だかんだで何度も足を運んでいた。
「珍しいですね。貴方が人払いをしろと言うのは」
「俺からすればどちらでも構わんがな」
ラギアスダンジョンの攻略を終え数日。浩人なりに考えた結果、やはり選択肢は一つしかないという考えに至りアステーラ公爵家を訪れていた。
「これを貴様に渡す。どう扱うかは貴様次第だ」
「……現代の技術で作られた物ではありませんね」
懐から取り出した物体。金色の光を放つ正六面体はジークの手を離れるとふわふわとその場で浮く。
魔法的な仕掛けもなくジークが操っているわけでもない。物体そのものが異質な力によって宙に浮いているのだ。
「これが奴らが代替案と呼ぶものの根幹。鍵の設計図だ」
「――『スペアライズ』。文献に残されていたことだけは把握していますが、まさか本当に実在するとは」
王家と公爵家が長年調査し追い続けてきた物。『鍵』に『導き手』、そして『スペアライズ』。ジークは短期間でその一つ手にし戻ってきた。
アクトルからすれば国を騒がしている敵対勢力よりも脅威に感じていた。
「ありもしない物に時間を割いていたのなら、貴様らはただの間抜けで終わっていた……良かったな」
「……間違っても王の前でそのような発言はしないでくださいよ」
少しずつではあるが、何かが動き出そうとしている感覚にアクトルは危機感を覚える。
「これで鍵を複製する。そうなればあの女を含めた『鍵』を態々集める必要はなくなるわけだ」
「敵からすれば選択肢を増やすことになる。これの破壊は無理なのですか?」
ジークという強力な存在がシエルについている。だから敵はシエルを諦め代替案として『スペアライズ』に目を付けたのだろうと容易に想像出来る。ジークが急いでラギアスダンジョンに向かったのもそれが理由なのだろう。
「それが出来るのなら貴様に用はない」
「……やはりそうですか。ですが、皮肉めいていますね。ラギアス領でそれが見つかるとは」
ラギアスとの関係性を考えれば『鍵』にしても『スペアライズ』にしても良い顔は出来ないであろう。それをどういう真意で確保しこの場に持って来たのかアクトルは測りかねていた。
「ハッ、なら貴様が代わってやったらどうだ? 俺にその気はない。それで……貴様はこれをどうする気だ?」
「ラギアスである貴方が持つことは得策とは言えないでしょうが、私が持つのも……」
己の実力を過信するつもりはない。それなりに武の心得はあるが敵の全容が見えない以上、自身が矢面に立つ考えもない。
「戦力として期待出来る人物はいますが……人間性が難というか」
「……好きにしろ。アレは貴様の部下だろうが」
アクトルの指す人物を直ぐに察したのか顔を顰めるジーク。自分は関わるつもりはないという意思が伝わってくる。
席を立つジーク。もう用がないのかこの場を離れるようである。
「少しお待ちを……。貴方の耳に入れておくべき情報があるのですが」
「さっさと述べろ。俺は貴様と違って暇ではない」
相変わらず口が悪いと内心辟易するアクトル。
「貴方の友人である例の小隊長についてですが、少々厄介な任務に赴いているようです。出る杭は打たれるということでしょうか?」
「ハッ、頭が狂ったか? 俺に友人など存在しない。他人と馴れ合うつもりもない」
そのまま部屋を後にするジーク。
残されたアクトルは『スペアライズ』に目を向けながら独りごちる。
「……後悔しても知りませんよ」
✳︎✳︎✳︎✳︎
太陽の日が傾き出し街は次第に茜色へと染まり始める。ゆっくりとした時間が流れるレント領の街を見てグランツは少し懐かしく感じていた。
「考えが纏まらない時は散歩に出るのも悪くないですよ」
「……散歩なんかする時間、俺には無かった」
塞ぎ込むヴァンを連れ出したグランツ。エリスやアトリはこの場にはいない。
街を行き交う人々。仕事終わりの住民や冒険者、買い物帰りの母親とその子供、巡回する兵士達。この街の日常が視界に入る。
「行商で各地を回っていたとのことでしたね。……もうお体は大丈夫ですか?」
「大袈裟なんですよ。大した傷じゃなかった」
ヴァンを見る限り無理をしているようには見えない。エリスの治療もあったのだろうが、ジークが手加減したのだろうとグランツは判断する。一方で姿を消したフェルアートに対しては容赦がないと感じてはいた。
二人の歩く反対側を親子と思われる男性と少年が駆けてゆく。少年は純粋無垢な笑顔を浮かべ父親を見ていた。その様子を見てヴァンは何を思っているのか。悲し気な表情をしていた。
「……俺に説教でもするつもりですか? 俺は何も悪くない」
「ほっほ、年寄りになれば色々と言いたくなるのが人間の性ですよ」
「言う程年寄りでもないんじゃ……」
ヴァンの祖父であるマスフェルトと比べればグランツは幾分若く見える。
「孫を持つという意味では私も爺ですよ。さて、着きました」
「? ここは……空き地か?」
グランツに案内され、たどり着いた先は小さな空き地であった。人影はなく何の変哲もない空き地。そこをグランツは進む。
「ここは偶に兵士が訓練で使う場所のようです。既に使用許可は頂いてますのでご心配なく」
「使用許可って……一体何をするんですか?」
笑顔を浮かべ魔法を構築するグランツ。すると手の平に球体が現れ、そこへ躊躇うことなく手を入れる。
鞄から何かを探すような仕草の後に取り出されたのは、訓練用の刃が潰された剣であった。
どうぞとグランツからヴァンへ放るように渡される剣。グランツも同じ物を手にしていた。
「いや、待ってくれ。何をするんですか?」
「見ての通り立ち合いをと思いましてね」
言葉は理解出来るが何故という感情がヴァンを支配していた。経験談から何かを言われるのだろうと考えてはいたが、まさか剣の試合とは思いもしなかった。
「だからおかしいだろ。グランツさんは魔術師なんだろ? 何で剣で……」
「ふむ、魔術師相手に剣では勝負にならないと?」
朗らかな笑顔でヴァンに尋ねるグランツ。申し訳なく感じるが下手に本気を出して怪我をさせる訳にもいかない。ヴァンは正直に話すことにした。
「そうですか。しかしヴァンさん。貴方は――丸腰のジークさんに斬り掛かったではありませんか」
その一言でヴァンの感情は激しく乱れる。手に握る剣には自然と力が入る。
「……そうかよ。なら手加減はしない」
「はい、構いません。お先にどうぞ」
グランツの合図と共に素早く踏み込むヴァン。反撃の隙を与えない、速さに重きを置いた一太刀。
本職である剣技で魔術師のグランツに負けるはずがない。鼻を明かすつもりで一気に勝負を決める。否、決めたはずだった。
「――えっ?」
「勝負有り」
相手の剣を弾くつもりで振り抜いたはずが、逆に自分の剣が弾き飛ばされていた。ヴァンの鼻先にはグランツの剣が向けられている。
「ヴァンさん。魔術師が魔法しか扱わないという考えは大間違いです。魔力は有限ですからね」
ヴァンの目の前には朗らかに笑うグランツの姿はなかった。表情の引き締まった戦士がそこにはいた。
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